55.まさかの訪問者
「なぁ、クラール! 起きろよ!」
クラール君の傍らに膝を着き何度も何度も呼びかけるラウト君。
でもクラール君は目を閉じたまま、何の反応も示さない。
「何度呼んでも目開けないんだ、どうしよう。お姉さん、クラール死んじゃうの?」
今にも泣き出しそうな顔で、ラウト君がまだ突っ立ったままの私の方を見上げる。
私はしっかりしなきゃと頭を振って、ラウト君の隣に膝を着いた。
「前に会ったのはいつ? そのときはどんな様子だったの?」
「えっと、えっと、前に会ったのは、ビアンカに乗る少し前だから、一週間くらい前だよ。その時も元気はなかったんだ。でもこんなふうに寝てなかったし、ちゃんと話も出来たんだよ」
「そう……あ、クラール君のお父さんとお母さんは?」
「お母さんは、戦争のときに死んじゃったって言ってた。それで、お父さんはどこかに連れて行かれちゃったって……」
ライゼちゃんが言っていた話を思い出す。
戦争後、体力のある者は奴隷として各国へ送られたという話。
(ということは、クラール君は戦争が終わってからずっと、ひとりで暮らしてたってこと……?)
ぎゅうと拳を握り締める。
「誰か、クラール君の面倒を見てくれている人とか知らない? おばあちゃんとか、親戚の人とか」
「わからない。僕が来るときクラールいつもひとりだったから」
「そう……じゃあ、お医者さんは? この村にお医者さんはいないの?」
「お医者さんは」
ラウト君が言いかけたそのとき、外で物音がした。
私たちはハっと顔を見合わせて、息を潜める。
こちらに一歩一歩近付いてくる足音。
そして気付く。クラール君の傍らに置かれた蝋燭はまだ新しいものだ。
こんな状態のクラール君が自分で火を付けたとは思えない。ということは、やはり彼を看ている誰かがいるのだ。
(ど、どうしよう。隠れるところもないし、といって今更逃げるわけにも……)
焦って頭がうまく働いてくれない。
その時ラウト君が私の腕をぎゅっと掴んだ。彼の動揺が腕を通して伝わってくる。
入口の布に手が掛けられた。
咄嗟に私はラウト君の前に出る。――彼を隠さなくてはと思った。
「え?」
聞こえたのは、そんな間の抜けた声。
「え?」
そして私も、入ってきた人物を見て同じように間の抜けた声を出してしまっていた。
「ブライト、くん?」
「カノン様? え、なんで……」
そう、入ってきたのはつい先ほど別れたばかりの三つ編みの少年だったのだ。
口をぽかんと開けたまま呆然と私を見つめる彼の手には、水の入った器が握られていた。
「ブライト!」
「ラ、ラウト様!?」
私の背後から飛び出したラウト君を見て、その顔は一気に焦りへと変わった。
「な、なぜラウト様がこのような場所に……!」
「クラールどうしちゃったんだ!? 治るよね、ねぇ!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい! どういうことです? なぜラウト様がここに、なぜクラールを知っているんです?」
「僕の友達なんだ! ねぇブライト、クラールを助けてよ!」
「友達って……」
噛み合わない会話。
混乱した様子のブライト君の服を掴み、ラウト君はただ必死に助けてと叫んでいる。
「ラウト君とクラール君、前から時々会ってたんだって」
見かねて私は言う。
私の口から彼らの秘密を話すことは少し気が引けたけれど、この状況ではそうも言っていられない。
「今日、子供達が集まったときにクラール君がいなくて、ラウト君心配になって、それで私と一緒にここまで……」
私のたどたどしい説明を、ブライト君は複雑な表情を浮かべながらも真剣に聞いてくれた。
「そう、でしたか」
「ねぇブライト、クラールどうしちゃったんだ? まさか、死んじゃったりしないよな?」
先ほどよりいくらか落ち着いた声でもう一度、ラウト君は訊く。
でもブライト君は辛そうに顔を歪め、すぐには答えない。
「ブライト?」
「……彼にはもう、生きる気力がないのです」
「え?」
クラール君に視線を向け、ブライト君はゆっくりと続ける。
「ここ5日程、食事を一切口にしません。水も、ほとんど飲んでくれません。このままだとあと3日、持つかどうか……」
それを聞いたラウト君はブライト君から力なく手を離し、夢でも見ているかのような虚ろな表情で友達を見つめた。
「そんな……でも、一週間前にラウト君が会った時にはまだ元気だったって」
「10日程前、彼の父親が亡くなったと言う知らせが、彼に届いたのです」
ハっとラウト君の表情が強張った。
「それから、彼はみるみる元気をなくしていきました」
小さな拳を強く強く握るラウト君を、私はただ見つめることしか出来ない。
初めてクラール君を見た私でさえショックを受けたのに、友達の憔悴しきった姿を見るなんてどんなに辛いだろう。
「……ラウト様、ライゼ様の元へお戻り下さい。クラールは私が看ていますから」
「もう、嫌だ」
「え?」
小さく、でもはっきりと聞こえた彼の言葉に、私とブライト君の声が重なる。
「もう、こんなのは嫌だ!!」
そう叫んだ彼の顔は怒りと悲しみに満ちていた。
止める間もなく、彼はブライト君の横をすり抜け外へ飛び出していってしまった。
「ラウト君!」
「ラウト様!?」
私たちはラウト君の後を追ってすぐさま家を出る。
闇夜の中を駆けていく少年の後姿はどうにか見つけることが出来た。
でもその向かう先は森ではなく、
「まさか……!」
ブライト君が酷く焦った声とともに走り出した。
私もそれを追いかける。
「ラウト様いけません! お戻り下さい!」
大きな声で叫ぶブライト君。
しかしラウト君の足は止まらない。
「ラウト君、どこに向かってるの!?」
ブライト君はその行き先に検討がついているようだ。
「おそらく、ランフォルセの駐在員の所です!」
「! で、でもラウト君その場所知ってるの?」
戦争が終わってからずっとライゼちゃん達と共に森の奥に隠れ住んでいるラウト君。
戦争後に出来たであろうその場所を知っているのだろうか。
「クラールに聞いたのでしょう。以前その場所は、子供達の遊び場でしたから」
悔しげな声。
――もう嫌だ。そう呟いていたラウト君。
それはこの国の現状のことを言っていたのだろうか。
でも彼がその場所へ行っても、ただその身が危険なだけだ。
他の子たちと違い、まだしっかりとした体つきをしたラウト君。
そんな彼をランフォルセの人が不審に思わないわけがない……!




