52.幼馴染
胸がぎゅうっと締め付けられる感覚。
同じ神導術士であるお母さんを亡くしたライゼちゃん。
とても悲しく、寂しかったに違いない。
でもきっと彼女は、神導術士としての立場を優先させたのだ。
「ライゼちゃんは、強いね」
「はい、とても……。でもそんなライゼ様を見ているのは辛かったです」
――ブライト君の言っている意味がわかったような気がした。
ライゼちゃんが時折見せる威厳に満ちた表情。あれが神導術士としての彼女の顔。
そして今日見せてくれたような可愛らしい笑顔。あれが、本来のライゼちゃんなのだろう。
私はテントの方を振り返る。
あの歳で、ひとりでこの国の皆を支えようと頑張っているライゼちゃん。
(それだけでも凄いのに……)
「ライゼちゃんね、言ってた。自分は皆に守られている存在で、そんな自分が歯がゆいって」
ブライト君が寂しそうに睫毛を伏せる。
「私にも話してくださることがありました。最近は、特に……。ですからライゼ様が急にいなくなられて、もしやと思ったのです」
と、彼は姿勢を正しまっすぐに私を見た。
「ライゼ様はカノン様にお会いしたことで答えを見つけられたのだと思います」
「え?」
「今朝、カノン様の歌を聴いて欲しいと仰られたライゼ様の笑顔、本当に嬉しかった。もう一度あの笑顔を見ることが出来るなんて……。ですから、カノン様には本当に感謝しています」
そしてもう一度、ブライト君は私に向かい深く頭を下げた。
私は今日のライゼちゃんの笑顔を思い出しながら、彼に言う。
「ライゼちゃんも、ブライト君を信頼していたからこそ思い切ってこの国を出られたんじゃないのかな」
ブライト君が驚いたように顔を上げる。
「お互い信頼し合ってるなんて、さすが幼馴染だね!」
途端、彼の顔が夜目にもわかるほど真っ赤に染まった。
「そ、そんな、幼馴染なんて恐れ多いです! 確かに幼い頃は良く遊ばせていただきましたが……」
しどろもどろになっている彼に私はにっこりと笑いかける。
「頑張ってね、ブライト君!」
「え? 頑張るって……」
呆けたように棒立ちになっている彼に手を振って、私はその場から立ち去った。
(信頼か。いいなぁ)
夜の森を進みながら、知らず溜息が漏れていた。
――私にとって、今この世界で一番身近な存在である、ラグとセリーン。
私はふたりを心から信頼しているけれど、きっと一方通行だろう。
信頼関係を結ぶにはそれなりの時が必要になる。でも私はいつこの世界からいなくなるかわからない。
そんな相手を信頼するのは、普通に考えて難しいだろうから……。
だから、固い信頼関係で結ばれているふたりが少し羨ましく思えたのだ。それに。
(幼馴染、か……)
と、そのときだ。
「ぶ~っ!」
虫の声に紛れて微かにそんな声が聞こえた気がした。森の奥の方からだ。
そちらの方を向くと白いほわほわした物体がこちらに飛んでくるのが見えて、思わず歓声を上げる。
「ブゥ!」
私は飛んできたブゥを両手で優しく受け止めた。
「そっか、もう起きてる時間だもんね。ひとり? もうご飯食べた?」
「ぶぶぶ~」
何を言っているかは勿論わからなかったけれど、ちゃんと答えてくれて私は嬉しくなる。
「ブゥは、私のこと信頼してくれてる?」
「ぶ?」
手のひらに乗ったブゥは不思議そうに私を見上げた。
と、ブゥが飛んできた方向から草を踏みしめる足音が聞こえてきた。
暗闇の中からゆっくりと姿を現したのはラグだった。
水浴びしてきたのだろう、無造作にまとめられた黒髪が濡れている。
――瞬間、先ほどセリーンから聞いた話がよみがえった。
でも思ったとおり、彼に対して恐いとかそういう感情は湧いてこなかった。
私は、昔の彼のことは知らない。
私が知っているのは、短気で口が悪くて誰に対しても偉そうで、でもいつも私を助けてくれる、そんな今の彼だ。
何でここにいるんだと言いたげに眉を顰めた彼に、私は言う。
「丁度良かった! 今ね、ラグに会いに行こうと思ってたの」
「何だよ」
相変わらず素っ気ない返答。
でも私は笑顔で続ける。
「お礼を言いたくて」
「あ?」
そして私はぴんと背筋を伸ばす。
「ラグのお蔭で、今日ちゃんと皆の前で倒れずに歌えました。ライゼちゃんにも喜んでもらえたし。だから、ありがとうございました!」
先ほどのブライト君のように深く頭を下げる。
本当に心から感謝していたから。
彼にとっては色々と複雑だろうこの国に、こうして一緒に来てくれたことも含めて。
――でも、この後の彼の言葉に私は耳を疑うことになる。
「なら、もう気は済んだんだな」
「え?」
溜息交じりに彼は続けた。
「明日、朝一でこの国を出るぞ」




