48.はじめての歌
「ライゼ様、遅くなり申しわけありません。子供たちを連れてきました」
そんなブライト君の声が聞こえたのは、陽が大分傾いた頃。
昼食の片付けを手伝った後は結局することがなくなってしまい、木陰でうつらうつらしていた私はその声に慌てて立ち上がった。
私と同じく近くで休んでいたラグとセリーンはすでに立ち上がりテントの方を見据えている。
ラウト君とヴィルトさんは一旦家に戻ったのか姿が見えなかった。
「ご苦労様でした」
「フロイデとベレーベントの者達です」
ライゼちゃんがテントから出てくるのが見えて私はそちらに向かう。
そして。
「!?」
私はブライト君の後ろに集まった子供たちを見て、息を呑んだ。
子供たちは全部で10人程。皆ラウト君と同じ、褐色の肌に黒髪と黒い瞳。
でもラウト君と明らかに違っていたのは、皆かわいそうなくらいに痩せ細っていたことだ。
まだ指を咥えている幼い子からラウト君と同じ歳ほどの子までいたけれど、もしかしたら皆見た目よりも上なのかもしれない。
緊張と不安が入り混じったような面持ちでライゼちゃんの方を見つめる子供たち。
ブライト君が挨拶をするようにと小声で言うけれど皆なかなか口を開かない。
でもそんな子供たちに神導術士であるライゼちゃんはにっこりと微笑んだ。
「突然呼び出してごめんなさい。驚いたでしょう。今日は皆にある方を紹介したくて集まってもらいました」
すると子供たちは皆、安堵したような表情を見せた。
ひょっとしたら、こうして子供たちだけがこの場に呼び出されることは今まで無かったのかもしれない。
(もしかして、怒られるとか思ってたのかな)
まるで突然職員室に呼び出された生徒のような反応に思わず笑みがこぼれる。
と、ライゼちゃんが私の方を向いた。
それにつられるように子供たちの視線が私に集まった。
顔が熱くなるのを感じながらも私は精一杯の笑顔を彼らに向ける。
でもその笑顔に応えてくれる子は一人もいなかった。
おそらく一目で余所者とわかる私を子供ながらに警戒しているのだろう。
他国からの支配を受けこんな身体になるほど酷い生活を強いられているのだ。無理もない。
「この方はカノンさん。私がお願いしてこのフェルクに来てもらいました。とても優しくて素敵な方よ」
そんな紹介を受けて気恥ずかしくなりながら、私も思い切って口を開いた。
「初めまして! 私、華音といいます。よろしくね」
すると、ライゼちゃんのお墨付きが効いたのか数人が私に向かって頭を下げてくれた。
そんな些細なことに胸がほんわか温かくなる。でも。
「今日は皆にカノンさんの歌を聴いてもらおうと思っています」
ライゼちゃんがそう言った瞬間、子供たちは不安げに顔を見合せた。
彼女の口から「歌」という言葉が出たことに皆戸惑っている様子だ。
「大丈夫。私はもう聴いたけれど、歌ってとても素敵なものよ。だから皆にも聴いてもらいたいの」
微笑を浮かべ言うライゼちゃん。
「カノンさん、お願いします」
ライゼちゃんに呼ばれ子供たちの前に出ようとしたときだ。
遠のいていく足音に気づき振り向くと、ラグがこちらに背を向け森の方へと歩き出していた。
「ラグ、どこ行くの?」
「……暑ィから水浴び」
「え!? でも」
「別にオレがいなくてもいいだろ」
こちらを振り向きもせずそう言い残し、彼は森の中へと消えてしまった。
そんなに汗をかいてしまったのだろうか。
これから歌う私にとって彼の不在はかなり心許なかったけれど、仕方がない。
私は腹を括って再び子供たちの方を振り返った。
「楽しみにしているぞ」
そんなセリーンの声に後押しされながら私は皆の前へと進み出る。……歩き方が少しギクシャクしてしまったかもしれない。
集まった視線はやはり一様に不安げで。
私はそんな子供たちに笑顔で言う。
「えっと、じゃあまず、みんな座ってもらっていいかな?」
すると、子供たちは地面に腰を下ろし始めた。
皆が座ったのを確認して、私は息を整えてから続けた。
「みんな歌を聴くのは初めてだと思うんだけど、歌ってね、一人で歌ってもあんまり楽しくないんだ。だから今日は、みんなにも一緒に歌ってもらおうと思ってます!」
予想通り、皆とても驚いた顔だ。
中には一緒に歌うという意味がわからなかったのか、ただポカンと口を開けている子もいる。
ブライト君がそんな子供たちの反応を見て焦ったように私の背後へと視線を向けた。
その視線を追って振り向くと、ライゼちゃんも戸惑ったように私を見ていて。
「いいよね、ライゼちゃん」
「は、はい」
それでも頷いてくれてホッとする。
「ライゼちゃんも一緒に歌ってくれたら嬉しいな」
彼女のびっくりした顔を確認してから私は再び子供たちの方に向き直った。
すると子供たちの後ろに新たなメンバーが加わっていた。ラウト君とヴィルトさんだ。
ラウト君がこちらに大きく手を振ってくれて、私はそれに応えてから口を開く。
「歌ってね、基本『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ』の音で出来ているんだ」
分かりやすく音階が上がっていく様を手で表しながら言うと、皆その手を目で追ってくれた。
ここではまだ髪に変化はない。
やはりちゃんとした歌になっていないと変わらないのだろうか。
「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」
それを何度か繰り返しているうちに、私の声に合わせて口をパクパクと動かす子が出てきた。
頃合いを見計らって、思い切って言ってみる。
「じゃあ、今度はみんなの番! 今のマネしてみてくれるかな?」
でも流石にすぐには誰も口を開いてくれなかった。
皆恥ずかしそうに顔を見合わせてしまっている。
だがそのときだ。
「ドーレーミーファーソーラーシードー!」
そんな元気な声が子供たちの背後で上がった。
皆が後ろを振り返る。
――ラウト君だ!
「うん! ラウト君、上手上手!」
パチパチと拍手をしながら言うと、ラウト君は嬉しそうに顔を赤くした。
すると。
「ドーレーミー」
「ドーレーミー!」
子供たちの中からほぼ同じタイミングで声が上がった。
ラウト君と同じ年頃の女の子と男の子だ。
その二人はお互い驚いたように顔を見合わせてから、はにかむようにして笑った。
(笑ってくれた!)
そのことが嬉しくて、私はもう一度『ド』から歌い始める。
それにラウト君と、先ほどの二人の声が加わる。
更には私の後ろからも。
振り向くと、ライゼちゃんが頬をほんのり赤く染めにっこりと微笑んだ。
その笑顔は弟のラウト君にそっくりだった。
三度目に入るころには、殆どの子供たちが一緒に歌ってくれていた。
(楽しい……!)
こんなに楽しいのは久しぶりだった。
私は一旦歌うのを止め、大きく深呼吸する。
そんな私を不思議そうに見つめる子供たち。
そして、私は今までで一番大きな声で歌い始めた。




