47.セイレーンの謎
子供達が集まるまでの間、私はライゼちゃんの家事を手伝うことにした。
彼女は遠慮したけれど、これから何日かお世話になるのに何もしないわけにはいかない。
昨夜使った敷布をさんさんと真上から降り注ぐ陽の下に干していると、それだけで額から止め処なく汗が伝った。
セリーンも一緒に手伝ってくれたけれど、ラグはそれに参加するはずもなく、木陰で胡坐をかき先ほどから気持ち良さそうに船を漕いでいる。
それを横目で見て少しむっとしたけれど、昨夜遅くまで付き合ってもらった手前何も言えなかった。
それからライゼちゃんはお昼ご飯を作ってくれた。
ラウトくんの提案で皆で外で食べようということになり、私たちは料理や食器をテントの前に運び出した。
そしてライゼちゃんの美味しい手料理を食べながら、私はずっと気になっていたことを皆に訊いてみることにした。
「みんなって、本当に歌を聴いたことないの? 一度も?」
「はい。私はあの時のカノンさんの歌が初めてでした」
「僕も~」
ライゼちゃんに次いで、口をもぐもぐと動かしながらラウト君が答えてくれた。
「でも、この世界にはセイレーンって人たちがいるんでしょ? ラグ」
「あ?」
ラグが料理を取る手を止め私を見た。
「あぁ……。いるっつっても今はほとんどいないようなもんだ」
「どういうこと?」
「歌を使うセイレーンが、普通の街で普通に暮らしていけると思うか?」
「あ」
そうか。
歌が不吉とされているこの世界で、その人たちが普通に生活していけるわけがない。
それは私がこの世界に来てすぐに身を持って知ったことだ。
「でも、『今は』ってことは昔はセイレーンの人たちが普通に歌ってたってこと?」
「らしいけどな。オレも詳しくは知らねぇ」
「だが、今もどこかにセイレーン達が暮らす秘境があると聞いたことがある」
「え!?」
セリーンの言葉に私は驚く。
「それってどこにあるの!?」
「わからない。あくまで噂だ。それをどこで聞いたかも忘れてしまった」
私は知らずのうちに上がっていた肩をゆっくりと下ろす。
(セイレーンの秘境……)
本当にあるのなら、その人たちに会ってみたい。
どんな人たちなのだろう。どんな歌を歌うのだろう。
そして、歌が不吉とされているこの世界をどう思っているのだろう……。
「なんで、歌が不吉ってことになったんだろう」
「だから前に言っただろ。銀のセイレーンが世界を破滅させるって言い伝えがあるからだ」
「でも、昔はセイレーンの人たちが歌ってたんでしょ? それってどのくらい前なの?」
「知るか!」
ラグはイラついたように私から目を逸らし、手にしていた料理を口に押し込んだ。
……これ以上は答えてくれなさそうだ。
「ヴィルトさんも、歌、聴いたことないですか?」
この場で最年長のヴィルトさんにも訊いてみる。だが。
「あぁ。ない、な」
ヴィルトさんの答えに私は小さく嘆息する。
「でも、」
と、そこで口を開いたのはライゼちゃんだった。
「初めてカノンさんの歌を聴いたとき、不思議と、それが“歌”なのだとすぐにわかりました」
「そういえば、そうだな」
セリーンもそのときのことを思い出すように視線を上げた。
「こいつの髪が銀に変わったからだろ」
それに答えたのは不機嫌そうなラグの声。
「あの時、あの場にいた奴は皆、“銀のセイレーン”のことが頭にあったはずだ」
「あ、そっか」
あのとき、ライゼちゃんは銀のセイレーンとして兵士に捕まっていたから。
「でもなんで銀色に変わるんだろ、私の髪」
今は何の変哲もない黒髪をいじりながら呟く。
その問いに答えてくれる者は流石にいなかった。
それを知っていそうな人物は一人だけだ。
(エルネストさんは、どこまで知ってるんだろう)
彼は歌のことも知っているようだったし、それに。
「そうだ。みんな『楽譜』って知ってる?」
「ガクフ?」
皆、怪訝そうな顔だ。
歌は音楽の基本。その歌をこれまで歌ったことも、聴いたこともなかった皆が“楽譜”というモノを知らないのは当然かもしれない。
ラグも知らないようだった。
でもエルネストさんは確かに「その楽譜は僕が持っている」――そう言っていた。
一層、彼の謎が深まってしまった。
……今度はいつ現われてくれるのだろう。
訊きたいことはたくさんあるのに、いざ彼を目の前にするといつもうまく話をすることが出来ない。
むしろ謎が増えていくばかりだ。
私は料理を口に頬張りながら彼の優しげな笑顔を思い浮べていた。




