44.叱咤激励?
彼もすぐに私に気付いたようだ。落ち着いた足取りでこちらにやってくる。
その手には昨夜と同じく弓がしっかりと握られていて瞬間ドキリとしたけれど、彼に昨夜のような切羽詰ったような雰囲気はなかった。
おそらくライゼちゃんに言われた通り詳しい話を聞きに来たのだろう。
彼は私の前まで来ると深く頭を下げた。
編んだ長い黒髪が背中からこぼれる。
「昨夜は申し訳ありませんでした。ライゼ様の恩人とは知らず……」
「う、ううん! 誰だって急に大切な人がいなくなったら心配するよ」
私は手を振りながら言う。
……正直、今の気持ちで彼と話をするのは辛かったけれど。
ブライト君がゆっくりと顔を上げる。
「はい、ライゼ様はこの国になくてはならない存在……本当に心配しました」
不思議な雰囲気を持った男の子だと思った。
昨夜あんなに取り乱した姿を先に見てしまったからだろうか。
今は喋り方もとても落ち着いていて、笑顔はなくてもその温和な雰囲気がこちらに伝わってきた。
「申し遅れました。私はライゼ様の守り役、ブライトと申します」
「あ、私は華音といいます。よろしくお願いします」
私も慌てて自己紹介し頭を下げる。
でも次に顔を上げた時、彼の漆黒の瞳は真剣なものへと変わっていた。
「失礼ですが、あなた方はなぜこの国に? それに、ライゼ様の恩人というのは一体……」
私は言葉に詰まる。
彼の質問は尤もだ。でも……。
(歌でこの国を救いに来ました、なんて言えるわけ――)
「その話ならお前の主人に訊け」
「!」
突然聞こえてきた声に驚く。
不機嫌そうなラグがこちらに歩いてきていた。
昨夜のことを思い出し、私は気まずい思いで笑顔を作る。
「ラグ、おはよう」
でもその視線はブライト君の方へ向いていた。
「オレたちは頼まれてここまで来たんだ」
「ライゼ様に、ですか?」
ブライト君は訝しむように眉を顰めラグを見返す。
身長差があるために見上げる格好になっているブライト君を見てなんだかハラハラした。
「そ、そう! だから、私が説明するよりもライゼちゃんに訊いたほうがいいと思うんだ」
「……そうですか、わかりました」
ブライト君は私達に一礼するとテントの方へと足を向けた。
ホっとしてそれを見送っていると。
「お前は」
「え?」
心底呆れたようなラグの顔があった。
「つい昨日自分を殺そうとした相手と、よく平気で話が出来るな」
「だ、だって昨日のは誤解だったんだし」
するとラグは大きく溜息を吐いてブライト君の方へと視線を移した。
と、彼の長い髪と一緒に黒い影が揺れた。
「ブゥ、ちゃんと戻ってきたんだね」
「あぁ」
「き、昨日はありがとう」
「……」
答えはない。やはりまだ怒っているのだろうか。
私は俯いてぎゅっと両手を握る。
「ライゼ様、おはようございます。ブライトです」
ブライト君がテントに向かい声を上げるのを聞きながら、私は小さく言う。
「それと……私、この国のこと何も分かってないくせに、軽率なことばかり言って……ごめんなさい」
するとまた溜息。
「で?」
「……え?」
顔を上げると、こちらの気持ちを全部見透かしたようなラグの青い瞳があった。
「どうすんだ? とっとと諦めてこの国を出るか」
その言葉にどくりと胸が嫌な音を立てる。
「オレとしちゃ、その方がありがたいけどな。あの野郎もいねぇってわかったんだ。オレはもうこの国に用はない」
その冷たい視線がブライト君やライゼちゃんの方を向いた。
「別にこの国がどうなろうと、オレの知ったこっちゃねーしな。……あいつらが弱いのがいけねーんだ」
「そんな言い方……!」
反論しかけてはっとする。
(今の私に、反論する資格なんてない……)
何もしないで、何もしないうちからこうしていじけている私には、そんな資格ない。
と、その時テントの入り口からライゼちゃんが顔を出した。
ブライト君に挨拶をして、それから彼女は私を見つけてにっこりと微笑んだ。
その無垢な笑顔を見て、私は下唇を噛む。
「まだ、諦めない」
「……」
ラグが私を見下ろす。
「まだ何もしてないもん。……私に出来る限りのことはするって決めたんだから」
言いながら、私はもう一度強く拳を握り締めた。
「まだ、諦めたくない」
諦めるのは簡単だし、楽だ。
でも、まだ何もしていないうちから諦めることはしたくなかった。
ライゼちゃんは、こんな私を信じてくれている。
そのまだ幼さを残した顔をまっすぐに向けて、彼女が良く通る声で私を呼んだ。
「カノンさん! ブライトに話をしようと思います。こちらに来ていただけますか?」
「うん、わかった。今行く!」
私はそれに笑顔で応えることが出来た。
傍らからは、またしても大きな大きな溜息。
そんなラグの横顔をちらりと見上げ、ふと思う。
(もしかして、励ましてくれたのかな)
叱咤激励という言葉が頭に浮かんだ。
だとしたら、さっきの辛辣な言葉もわざとだろうか。
いや、彼の場合本心からの言葉のような気もする。
本当に冷たい人なのか、実は優しいのか……まだ出会って間もない私には分からなかった。
どちらにしても今、私は迷いが晴れてとてもスッキリしていた。




