43.迷い
料理を持ってテントを出たライゼちゃんは、そのまま外でラウト君と何か話をしているようだった。
私は口に残っていた料理を飲み込んで立ち上がり、テントの入り口から顔を出した。
「おはよう、ラウト君」
声を掛けるとラウト君はすぐさま飛び切りの笑顔をくれた。
「お姉さん、おはよう!」
「おはようございます、でしょう? もう」
注意するライゼちゃんに小さく笑って、訊く。
「ヴィルトさんの具合はどう?」
昨夜は家に入ってすぐに寝てしまったとラグが言っていた。
大丈夫なのだろうか?
「まだ寝ているようです。あとで私も見に行ってみようと思います」
「そっか……心配だね。あ、ラグは? もう起きてる?」
「うん、起きてるよ! あちー、あちーってずっと言ってる」
それを聞いてすぐに不機嫌そうな彼の顔が頭に浮かんだ。
「……ラウト君、ラグ、怖くない?」
「え? 全然怖くないよ。なんで?」
あっけらかんと言われて、私は答えに詰まってしまった。
「しかし人数が急に増えて大変だろう。確か、港近くに宿や食堂があったと思ったが」
戻ってきたライゼちゃんにセリーンが言った。
(あ、そうだよね。私達がずっとここにいたらライゼちゃんが大変)
でもその時、急にライゼちゃんの笑顔が曇ってしまった。
「……いいえ。宿も食堂も、今はありません。皆さんはお気になさらず、この国にいる間はずっとここに泊まってください。食料も、多くはありませんがブライトが定期的に運んでくれますので心配ありません」
微笑みそう言ってくれたライゼちゃんだったけれど、どう見ても無理をしている感じだ。
私はセリーンと顔を見合わせる。
今は、ということはセリーンの記憶通り、以前はあったということだろう。
「……この国って、今そんなに大変なの?」
改めて訊く。
するとライゼちゃんはとうとう笑顔を失くし俯いてしまった。
――彼女の口からゆっくりと紡がれるこの国の現状は、私が想像していたよりもずっと酷いものだった。
このフェルクレールトは大戦後、ランフォルセの支配下におかれている、という話はすでに聞いていたけれど、驚いたのはこの国の人たちへの扱いだ。
体力のある若者は奴隷として各国へ飛ばされ、残った力の弱い者たちはこの国でしか採れない農作物を採るため、毎日過酷な労働を強いられているのだそうだ。
「私達一家は皆に大切に隠され、どうにか今まで見つからずにいます。こうして、私達のために食料も運んでくれるのです。……皆、生きるのにも精一杯だというのに……」
辛そうに唇を噛むライゼちゃんに、私は言葉が出なかった。
「そこまでとは……」
セリーンが眉を顰める。
「ランフォルセの者は今どれ程この国にいるんだ?」
「ひとつの村に、2、3名です」
「な、なら! その人たち追い返せば!」
ラグとセリーンがいれば、そのくらい簡単に出来る気がしたのだ。
でも私のその言葉に、ふたりは困ったような表情を浮かべた。
「そんなことをしたら、この国の民はもっと酷い目に合う。……最悪、今奴隷として働かされている者も含めて、皆殺しだ」
「!?」
セリーンの低い声に、心臓をぎゅっと鷲掴みにされた気がした。
「今この国には戦える者がいないんだ。下手なことは出来ない。……私達もここにずっといるわけではないのだからな」
「ご、ごめん。私……」
ものすごく軽率なことを言ってしまったのだと自覚して、私はライゼちゃんに謝る。
でも彼女は優しい笑顔で首を振ってくれた。
「いいえ。このような国に無理を言って来ていただいて、謝らなくてはならないのはこちらの方です」
――私に、何が出来るの……?
昨夜、歌のコツが掴めた気がして喜んでいた自分が、急に馬鹿みたいに思えてきた。
倒れずに歌えたことが一体何だというのだろう。
「私、ちょっと外行って来るね」
「カノン?」
心配そうなセリーンを振り返り言う。
「ほら、今日早速歌うかもしれないし、練習しておこうと思って!」
心の動揺を悟られないように笑顔を作って、私はひとりテントを出た。
……ライゼちゃんの顔を見ることが出来なかった。
鬱蒼とした高い木々の隙間から陽の光が注いでいる。
目を閉じて耳を澄ますと、叫ぶような甲高い鳥の声と風にざわめく葉擦れの音が聞こえてきた。
そんなむせ返るような自然の香りを胸いっぱいに吸い込む。
そして、それはそのまま大きな溜息となった。
――勿論、歌の練習というのは口実だ。
ライゼちゃんのいるあの場にいられなかった。
私はきっと、不安を感じながらもどこか簡単に考えていたのだ。
だからこの国の現状を聞いて急に自信がなくなってしまった。
……違う。怖くなってしまったのだ。
昨夜のラグのセリフが蘇る。
――こいつに何が出来るってんだ!? そんなことで変わる世界なら、とっくに変わってる!
あの言葉は、この国の……この世界の現状を知っているから出たもの。
今ならラグがあんなに怒った気持ちが良くわかる。
私は所詮、別の世界の、平和な国で生まれ育った人間。
この世界のことは何も知らない。……知るはずが無い。
そんな私がこの国を救いたいだなんて、とんだ思い上がりだ。
そして結局、こうして逃げ出すように一人テントから出て来てしまった。
「最低だ、私……」
そのとき、ふいに草を踏みしめる音が聞こえた。
顔を上げると昨夜のみつあみの少年――ブライト君の姿があった。




