42.逢引
「カノン、そろそろ起きろ」
セリーンの声に私はパっと目を開ける。
「ご、ごめん! おはよう」
なかなか寝付けなかったせいで起きるのが遅くなってしまったみたいだ。
私は慌てて起き上がる。
服の下はじっとりと汗をかいていた。
それでもこの暑さの中眠れたのは、このテントが風通しの良い構造になっているからだろう。
昨夜心地よい夜風の入ってきた地面との隙間から、今は陽の光が入ってきていた。
寝室にライゼちゃんの姿は無い。
「ライゼちゃんは?」
「あの娘なら……」
「おはようございます、カノンさん。良く眠れましたか?」
ライゼちゃんが幕をめくり笑顔を覗かせた。ほぼ同時、空腹を刺激するいい香りが鼻をくすぐった。
でもそれよりも、私は彼女の格好の方に釘付けになってしまった。
その身に、昨日とはまるで違う素敵な衣装を纏っていたからだ。
この国の民族衣装だろうか。この暑さにも関わらず露出を控えたデザイン。そして黒を基調とした色味が、より彼女の素朴な美しさを引き立てていた。
それはまさに、“神導術士”という名に相応しい姿だ。
「カノンさん?」
「う、うん、おはよう!」
「朝食が出来ましたのでこちらへどうぞ」
「え!? ありがとう!」
にっこり笑って幕の向こう側へ戻っていくライゼちゃん。
(本当にしっかりしてるなぁ……)
感心しながら寝癖の付いた髪の毛を束ねているときだ。
「カノン、昨夜は楽しかったか?」
「え?」
セリーンがなんだか悪戯っぽい目で私を見ていた。
「あの男と逢引していたのだろう?」
(あいびき……?)
その、あまり聞き慣れない言葉に一瞬思考が停止して。
でもすぐにとんでもない勘違いをされていることに気付く。
「ちっ、ちがっ……!」
「なかなか戻らんから探しに行こうかとも思ったのだが、邪魔をするのも悪いしな」
しかし、そこで急にセリーンは眉を寄せた。
「しかしカノン、あの男はどうかと思うぞ」
「違う違う! 違うの!! そ、そんなんじゃなくて、その……術のことを教えてもらってたの!」
「……なんだ、違うのか」
途端つまらなそうな顔をするセリーン。
(セリーンて、意外と恋愛話とか好きなのかも……?)
そういえば、昨夜もライゼちゃんの婚約者の話に反応していた気がする。
少し火照った頬に手を当てて、そこでふと疑問が浮かんだ。
「セリーンは小さいラグが好きなんでしょ?」
「あぁ。大好きだ」
真剣な顔つきでセリーンははっきりと答えた。
「大きなラグには全然興味ないの? 実は彼女いたりとかして……」
今はこうして一緒に旅をしているラグだけれど、ひょっとしたらどこかに帰りを待っているような相手がいるかもしれない。……でも。
「全く持って興味が無いな。や、むしろあの男は大嫌いだ」
やはりきっぱりと言われ、思わず苦笑してしまう。
彼女の中では完全に別の人物として認識されているようだ。
「そ、そうなんだ……。そういえば、ラウト君は? 丁度小さなラグと同じくらいの歳だし、ラグみたいにぎゅーってしたくならないの?」
「あぁ、可愛いとは思うぞ。しかしあの子には到底及ばないな。あの可愛くないところが最高に可愛いんだ! とか言っていたら会いたくなってきてしまったではないか! ……はぁ」
肩を落とし盛大に溜息を吐くセリーン。
(相当ツボだったんだなぁ、小さなラグが)
セリーンに抱きしめられ嫌がるラグを思い出してつい笑いがこみ上げてきてしまった。
「また会えると良いね」
「あぁ。いっそのこと本気であの男に斬りかかろうかと思うのだが。死の危険が迫れば流石に奴も術を使うだろう」
「ややや、それはやめてね! お願いだから……」
そんな冗談だか本気だかわからないセリーンの言葉に冷や汗をかきつつ、私達はその部屋を出たのだった。
藁を編んだ敷物の中央に料理が並べられていた。
私たちはライゼちゃんに促され、その料理を囲むように腰を下ろす。
クレープのようなパリパリの薄い生地と、魚のすり身らしきもの、生野菜がそれぞれの器に乗せられていた。
見様見真似でまだ温かいその薄生地に魚のすり身と野菜を挟み、独特な香りのあるソースを付けて口に入れる。
「美味しい!」
「ん、美味いな」
「お口に合って良かったです」
「いつもこうやって自分で料理してるの?」
「はい」
にっこりと頷くライゼちゃん。
目の前の料理を改めて見下ろして、私はほうと溜息を吐く。
(私中学の頃、料理なんてほとんどしたことなかったなぁ……今もだけど)
そんな自分がなんだか恥ずかしく思えた。
「ヴィルトさんとラウト君は? ご飯どうしてるの?」
「多分、そろそろ……」
と、丁度そのときだった。
「姉ちゃんおはよー! お腹減ったーー!」
外から聞こえてきたその大声に、ライゼちゃんは恥ずかしそうに苦笑した。




