41.エルネスト再び
「とても素敵な歌だったよ、カノン」
その穏やかな声に、一度緩んでしまった涙腺がまた決壊しそうになる。
彼の笑顔とその声はいつも私を不思議と安心させてくれる。
まだ数回しか会っていないのに、なんでこんなにも胸があたたかくなるのだろう。
それは歌っているときの気持ちに良く似ている気がした。
「さすがは銀のセイレーン。出来るなら、ずっと聴いていたいくらいだ」
――そうだ。
もしさっきの歌が、“銀のセイレーン”として何らかの効果をもたらしたのだとしたら、それはきっと自分自身にだ。
故郷を想う歌によって、きっと私は軽くホームシックにかかってしまったのだろう。
だからさっきから、こんなにも泣きたい気分になっているのだ。
「――あ、ありがとうございます!」
すぐにでも崩れてしまいそうな顔を隠したくて、頭を下げる。
今泣いたら止まらなくなってしまう気がした。
私はぎゅっと目を瞑って下唇を噛む。
「ねぇ、ラグ。君もそう思っただろう?」
「うるせぇ! ふざけたこと抜かす前に、いい加減てめぇがどこに居るのか教えやがれ! 言うとおりにこうして大陸を出てやったんだ!」
あの時と同じでラグがすさまじい剣幕で怒鳴る。
……お蔭で、零れそうになっていた涙は引っ込んだけれど。
なのに怒鳴られている当の本人は全く動じていないよう。
それどころか、彼は可笑しそうに小さく肩を震わせた。
「そうだね。驚いたよ、まさかいきなりフェルクレールトに来ちゃうなんてね。……でも残念。この国に僕はいないよ」
「ならどこにいやがんだ!」
ラグがイラついたようにもう一度怒鳴る。
私もゴクリと喉を鳴らし彼の答えを待った。
「僕が今それを答えたら、君はどうするつもりだい?」
「決まってんだろ。すぐにでもこいつ連れてそこまで行ってやるよ」
「だろうね……」
ふっと笑って彼は続けた。
「なら、まだ教えてあげない」
「んだと!?」
「そんなに早く答えがわかっちゃったら、面白くないだろう?」
「てっめえ……!」
にっこり笑って答えた彼にラグはわなわなと拳を震わせる。今にも飛び掛っていきそうな勢いだ。
私も驚いていた。
やっぱり彼はただ優しい人、というわけではないようだ。
そして気づく。
金色の月が映る水面に、同じように映るはずの彼の姿は無かった。
「ヒントはいくつか出してあげているんだ。あの赤毛の彼女も、僕のことを知っているようだしね」
と、彼が再び私の方を向いた。
その瞳はやっぱり優しくて、私にはなぜかラグのような怒りが全く湧いてこなかった。
私だって早く彼の元へ行って、早く元いた世界に……うちに帰りたいはずなのに。
「ごめんね、カノン。僕はね、君にもっとこの世界を見て欲しいんだ」
「え?」
(この世界を……?)
「本当は、君を早く元の世界に帰してあげたい。僕も早く此処から出たいしね。……けど、僕も君の歌を聴いて、もっと聴いてみたくなった。君がこの世界で何が出来るのか、何を変えられるのか……見ていたくなった」
その真剣な眼差しに顔の熱が上がる。
ライゼちゃんにも同じようなことを言われたけれど、また違う。
なんて答えて良いのかわからない。
とにかく、全身が熱かった。
でも。
「どいつもこいつも……っ」
大きな舌打ちが聞こえて私はびくりと肩をすくめた。
「こいつに何が出来るってんだ!? そんなことで変わる世界なら、とっくに変わってる!」
(ラグ……?)
慣れてきたと思っていたのに、私は久し振りに彼を――ラグを、《《怖い》》と思った。
ふぅ、とエルネストさんが溜息を吐く。
「ラグ、カノンが怯えているよ」
「!」
一瞬、ラグと目が合った。
でも彼はすぐに視線を外すと、もう一度小さく舌打ちをした。
「さて、そろそろ僕は消えるよ。カノン、頑張ってね」
「は、はい!」
なんとか返事だけすると、彼はそんな私ににっこりと微笑んでいつものようにスーっと消えていってしまった。
――そしてまた、ラグと二人きり。
「……」
「……」
とても気まずい沈黙が流れて、耐えられなくなった私は思い切って口を開いた。
「あ、ありがとう、ラグ。術のコツ教えてくれて。もう戻ろっか」
精一杯明るく言うと、彼はさっさと背を向け歩き出してしまった。
……こちらを見てもくれない。
私はぎゅっと両手を握り、彼の背中に向かって言った。
「私も、自分に何が出来るって思ってるわけじゃないけど、この国でライゼちゃんのために出来るだけのことをしてあげたいの。……ラグにとったら、迷惑かもしれないけど」
と、そこで彼が足を止めた。
「無理だとわかったらさっさと諦める。……そう言ったこと、忘れてねーよな」
「うん、わかってるよ!」
私はしっかりと答える。
ラグはやっぱりこちらを見てはくれなかったけれど、私は少しほっとして再び歩き始めた彼の後ろについていった。
……その夜は、疲れているはずなのになかなか寝付くことが出来なかった。




