40.歌の力
「万物の力を感じろ。信じろ。そして、感謝しろ。……オレが昔、お前と同じように上手く力を扱えなかった頃、言われた言葉だ」
(感じろ。信じろ。そして、感謝しろ)
私はその言葉を心の中で反芻する。
「まぁ、セイレーンは自分の力を歌にするからな。少し違うかもしれねーが」
「うーん、じゃあ私の場合、自分の力を感じて、信じて、感謝しろってこと?」
……いまいち、ぴんと来ない。
まだ万物の力を感じろ、という方が理解できる気がした。
ラグも困ったように頭を掻いている。
「歌のことなんざこっちはさっぱりだからな……。つーかお前の世界じゃ、歌はどんなもんなんだ? 何のために使う?」
唐突にそう訊かれて戸惑う。どう説明したらいいだろう。
「やっぱ、誰かに教えてもらうんだろ?」
「えっと、うん、教えてもらったりもするけど……。なんだろ、私の世界じゃ、色んな場所で歌が流れててね」
今度はこちらが先生になったような気分で、言葉を選びながら説明していく。
「皆で歌って楽しく盛り上がったり……あと、落ち込んだときに聴くと元気が出たりするかな。あ、私の世界じゃ、歌は「使う」って言い方はしないよ。こっちの世界みたいに歌ったからって魔法みたいな不思議なことが起こるわけじゃないし」
「マホウ?」
「あ、えっと、術のこと」
果たして今の説明で理解してもらえただろうか。
ラグは案の定、難しい顔をしていた。でも。
「ふーん。いまいち良くわからねぇが、元気が出たりするんだろ?」
「うん?」
「それは、術と同じようなもんなんじゃねーのか?」
「あ」
言われて私はハっとする。
こちらの世界の術のように、飛ぶとか、怪我を治すとか、はっきりと目に見える不思議が起こるわけではないけれど、楽しい気分にさせてくれたり、元気をくれたり……。
改めて考えると歌は凄い力を持っている。
それはまるで魔法のような“力”だ。
「……うん。確かにそうかも! 歌ってやっぱすごいんだ。うわ、ちょっと感動!」
私はひとり興奮して言う。
そんな私をラグは怪訝そうに見つめていたけれど。
「ありがとう、ラグ! 私、さっきよりももっと歌が好きになった!」
「あ!? あぁ……」
「うん。なんか、今なら出来る気がする! ねぇ、試しに今歌ってみていい?」
私が張り切って言うと、ラグは一瞬ぎくりと顔を強張らせた。
「……こっちに影響出るようなのはやめろよ」
「あ、そうだよね」
何にしようかと考えて、ふっと頭に浮かんだ曲があった。
私は泉の方に身体を向けて、すぅと息を吸い込む。
日本名は「埴生の宿」。
元は「Home, Sweet Home」というイギリスの歌だ。
その詞には、故郷を愛する気持ちが綴られている。
――おばあちゃんの好きだった歌。
そして、私にとってはおばあちゃんとの思い出がいっぱい詰まった歌だ。
ラグの教えてくれた、「力を感じろ。信じろ。そして、感謝しろ」の意味はまだ理解出来ていなかったけれど。
ただ、さっきおばあちゃんのことを思い出したから……。
優しくて、強くて、歌が大好きだったおばあちゃん。
共働きの両親に代わって、いつもそばにいてくれた。
私のことをとても可愛がってくれた。
そして、私にたくさんの歌を教えてくれた。
――水面に映った銀色の髪がぼやけて霞んでいく。
今はもう、お礼を言うことは叶わないけれど。
大好きだったおばあちゃんへ、感謝の気持ちを込めて私は歌った。
「はぁ……」
最後まで歌い終えて、一息つく。
心地よい気だるさが全身を包んでいた。
少し眩暈はしたけれど、立っていられない程ではない。
私はいつの間にか頬に伝っていた涙を拭って、ラグの方を見る。
「ね、立っていられるよ! うまく出来たかな!」
「あ? ……あぁ、そうだな」
はっと気づいたように目を開けたラグを見て、私はムっとする。
「もしかして、今寝てた?」
「ね、寝てねーよ!」
「聴き入っていたんだよね?」
突然聞こえた優しい声音にびっくりして私は振り返る。
泉の上に佇んでいたのは予想通りの人物。
「エルネストさん!」
「……野郎っ!」
私の歓声と、ラグの憎々しげな声とが重なる。
彼は以前と変わらず、にっこりと微笑んでくれた。




