4.銀のセイレーン
一斉にギラリと光る剣先を向けられ体がガクガクと震える。
流石のブゥも私の頭上をふわふわと浮いたまま動こうとはしなかった。
「逃げてどうするつもりだ」
兵士の中の一人が前に出て厳しい声音で訊く。そのすぐ後ろでは松明を持った兵士が私の顔を照らしていた。
「そのモンスターをどうやって城内に侵入させた」
二度目の質問にも私は答えられなかった。
あまりの恐怖に声が出ない。
ただ震えるだけの私を見てその兵士は呆れたようなため息を吐いた。
「仲間がいるかもしれん。探せ」
背後にいた兵士数人がすぐに動く。そのときだ。
「風を此処に!!」
どこからかそんな鋭い声が上がり、途端凄まじい突風が私達を襲った。
悲鳴を上げる暇もなかった。目を開けることさえ出来ない。
でも今の今まで死の恐怖を間近に感じていたからか、さほど驚きは無かった。
そんな中、兵士たちの酷く動揺したような声が耳に入ってくる。
「魔導術!?」
「なぜ魔導術士が……!」
――まどうじゅつ?
聞き慣れない言葉に眉を寄せたその時、ぐんと腕を引っ張られた。
「走るぞ」
無理やりに立たされる格好になった私は聞き覚えのある声にハっとする。
牢屋で聞いたあの声だ。
しかしまだ強風の中、しかも松明の火が消えてしまったのか辺りは真っ暗で姿までは確認できなかった。
返事をする間も無くそのまま腕を引っ張られ、私は恐怖ですくむ足を叱咤しどうにか走り出す。
「狼狽えるな! 娘が逃げた!」
先ほど一番偉そうだった兵士の十分に狼狽えた声が背後で聞こえた。
とりあえずあの場は切り抜けられたみたいだ。
でもまだ気は抜けない。
感覚でだけだが、おそらく今私たちは城の裏手に向かっている。
何か違和感を覚えながらも私は必死で走る。
いつまでこの風は吹き続けるのだろうと思ったそのとき、ふっとそれは止んだ。
ゆっくりと目を開けていきまず映ったのはブゥの後ろ姿。そして、
(え?)
今自分を引っ張っている手を辿り私は目を見開く。
違和感の正体。自分を誘導しているのは子供――少年だったのだ。
後ろで一つにまとめている黒髪が尻尾のように揺れている。その頭上を相棒だと言うブゥが飛んでいた。
驚きとともに私の中に妙な安堵感が広がる。
子供だからといって頼りないとは思わなかった。現にこうして助けてくれたのだから。
「あ、ありがとう!」
走りながら助けてもらったお礼を言う。だが、
「礼言ってる暇があんなら歌えよ! 銀のセイレーン!」
変声期前の高い声で厳しく言い返されてしまった。
また聞いた『銀のセイレーン』という言葉に半ばうんざりする。
「私そんなんじゃないよ! 勝手に周りが言ってるだけで」
と、急に彼は立ち止まり小さく舌打ちをした。
つんのめりそうになりながら彼の頭越しに前を見ると、こちらに走ってくる新たな追っ手が見えた。
後ろからも「いたぞ!」という声。
横は高い城壁。
私たちは完全に逃げ場を失ってしまった。
「ど、どうするの!?」
私は頼りの少年に訊く。
すると彼は睨むような目つきで私を見上げた。
彼の瞳は青かった。額に布を巻き、その顔つきはやはり10歳程に見えた。
「お前、銀のセイレーンじゃないのか!?」
「違うってば!」
「クソっ、話が違うじゃねぇか!」
吐き捨てるように言った少年は腰から不相応な大きさのナイフを取り出し、私の前に進み出た。
ブゥもそんな彼の頭上で迫る敵に構えているように見える。
でもどう考えたって兵士たちの長剣相手では分が悪すぎる。
「無理だよ! さっきの風のやつ、もう一度出来ないの!?」
確か兵士たちは「まどうじゅつ」とか言っていた。おそらく魔法みたいなものだろう。あの力があればきっと――。
「出来ねぇから焦ってんだろ!」
「うそぉ!?」
私はまたしてもヘナヘナと力が抜けるのを感じた。
――今度こそ終わり!?
「何でもいい! とにかく歌ってみろ!」
「こんなときに歌なんて……」
いつも気が付けば何かしらのメロディーを口ずさんでしまっているほど歌うことは好きだけれど、今は状況が状況だ。
歌なんて歌えるわけが――。
「早くしろ!」
すでに敵は目前。
私たちは追い込まれるようにいつの間にか城壁を背にしていた。
――この城壁を越える事が出来れば。
今、空を飛ぶ事が出来れば……。
その時ふと視界に入ったのは、ブゥの小さな翼。
そう。あんなふうに自分にも翼があれば。
兵士たちに再び囲まれるのと、私の口から小さな歌声が漏れたのは同時だった。
私は今 空へと舞い上がる
高く 高く もっと高く
この壁を越えて あの塔よりも高く どこまでも高く
大きなこの白い翼 羽ばたかせて
幼い頃から歌を歌うこと、そして、歌を作ることが好きだった私。
天使のような純白の翼が生えた自分をイメージして、“飛びたい” そう願いを込めた即興歌を、私は歌った。
兵士たちが驚いたように口を開け私を見る。
少年も、ブゥまでがこちらを振り向き目を見開いている。
一度出した歌声は止まらず、私は更に歌い続ける。
こんな状況下で自分でも不思議だったけれど、とても気持ちが良かった。
背中に熱を感じた。まるで、本当に翼が生えたみたいだ。
飛びたい。――目を瞑り祈るように、ただ強く願う。
私は今 空を駆けていく
遠く 遠く もっと遠く
この山を越えて あの海よりも遠く どこまでも遠く
大きなこの白い翼 羽ばたかせて
そのとき奇妙な感覚にとらわれた。身体が消えていくような、そんな違和感。
不安を覚え目を開けて、私はその違和感の正体を知る。
――私、浮いてる!?
そう、私の身体は地面を離れ宙に浮いていた。
瞬間歌を止めそうになってしまい慌てて続ける。でないと落ちてしまいそうな気がした。
だがその時視界の端に入ったものに危うく声が裏返りそうになってしまった。
髪の毛が、また銀色に輝いていたのだ。
「銀の……セイレーン!!」
誰かが叫んだ。
兵士たちは少しずつ上昇していく私から逃げるように後ずさりしていく。
そんな中、少年が地面を蹴り私の腰辺りに抱きついてきた。重さは感じない。
「このまま逃げるぞ!」
ブゥが少年の頭に乗り、つぶらな瞳で私を見上げた。
自分と同じように空を飛んだ私に驚いているのだろうか。
剣を下ろした兵士達が皆口をぽかりと開けて夜空に昇っていく私たちを見上げている。
決して気を抜かないように私はそのまま歌い続けた。
こうして、私たちは城壁を越えどうにか危機を脱する事ができたのだった。




