5.少年の正体
空は満天の星たちで輝いていた。
この世界にはまだ電気がないようだ。先ほどの城も照明には松明や蝋燭を使っていた。
だからこんなにも無数の星々の光が確認できるだろう。
でも、今はそんな感動に浸っている場合ではない。
自分の身一つで空を飛ぶという初体験の真っ最中なのだ。
眼前には黒い壁のような山々が聳え、月に照らされた部分だけが白く浮かび上がって見えた。
(あ。この世界にも月があるんだ)
ふとそんなことを思う。
足元には底なしのような黒々とした樹海が広がっていて、別に高所恐怖症というわけではないけれど十分に背筋が冷えた。
「山ん中に入っちまえばこっちのもんだ。とりあえずあの辺りに降りられるか?」
少年の指さしたのは山の麓あたりだ。
私は歌いながら頷く。
すると思った通りに身体は前進してくれてホっとした。
でも鳥のように早くとはいかなかった。もしかしたら地面を走った方が早いかもしれない。
……どのくらい進んだだろう。少しはあの山に近づいただろうか。
全身に当たる夜風が冷たくて、だんだんと歌い続けていることが辛くなってきた。
すでに口の中は水分を求めてカラカラだ。
――あそこまでちゃんと歌えるだろうか。
そんなことを考えてしまったのがいけなかったかもしれない。
急に喉の奥がどうしようもなく痒くなってきた。
(やばっ……!)
限界だった。
私は空中で激しく咳き込んでしまった。
ガクンっ
途端、私たちは落下を始めた。
「きゃあああぁぁーー!!」
歌うことなんて完全に忘れて、ただ絶叫を上げることしかできない。
いや、もしかしたら声すら出ていなかったかもしれない。
重力に従い上空ざっと30mからの急降下。
助かるはずがない。
(死ぬんだ、私)
あまりの恐怖と強烈な落下感で次第に薄れていく意識の中、私は今も腰に抱きついてる少年に「ごめんね」と謝った……。
(…………?)
身体が一定のリズムで揺れている。
深い場所からゆっくりと意識が浮上していく。
(私、生きてる……?)
どこかで鳥のさえずりが聞こえる。
いつの間に夜が明けたのだろうか。
私は重い瞼を開けた。
まず見えたのは黒々とした高い針葉樹と白い空。
そしてそれよりも近く。
「!?」
見知らぬ青年の横顔に、私は大きく目を見開く。
(誰!?)
枯葉の混じった土を踏みしめる乾いた音。
自分が今この人に抱えられているのだとわかり焦る。
確か私は少年とブゥと供に空から落ちたはずだ。
どうしてか助かったのはいいけれど、この青年は私をどこに連れて行こうとしているのだろう。
と、微かな身じろぎが伝わったのか彼がこちらを見下ろした。
「起きたか」
短く言って彼は足を止めた。
そして私は少し乱暴に地面に下ろされた。
辛うじてバランスを取った私は彼から距離をとる。
「あ、あなたは?」
「あ?」
私の第一声に彼は眉根を寄せた。
そんなに歳は変わらなそうだけれど、不機嫌そうな顔のせいで大分上に見える。
無造作に結ばれた長い黒髪に額に巻かれた布。
(あれ?)
ふと気付く。
彼の格好には見覚えがあった。
――そうだ。確かあの少年の着ていた服と同じものだ。
訝しがる私を見て彼は大きく息を吐いた。
「ったく……めんどくせぇな」
彼は視線を外しぶっきらぼうに言い放つ。
「さっきのガキはオレだ」
「へ?」
私は首を傾げる。
意味が全くわからない。
そんな私をキッと睨みつけ彼は怒鳴った。
「だから、さっきのガキがオレなんだよ! そんでこっちがオレの本当の姿だ! わかったな!」
そして彼はふんっとそっぽを向いてしまった。
「……ぅ、うっそぉ~!?」
思わず、私は彼を指差し素っ頓狂な声を上げていた。




