3.かわいい相棒
「……消えちゃった」
また一人になってしまった私は今の今まで彼が浮いていた空間を見ながら呟く。
――とりあえず、もう一度頭を整理することにしよう。
彼と話してわかったのは、やはり此処はつい先程まで私がいた世界とは、異なる世界だということ。
そして、元の世界に戻るには帰るための楽譜が要るということ。
その楽譜は金髪の彼、エルネストさんが持っていて、でも幽閉されているという彼を助けなければその楽譜はもらえない。
「って、これだけ?」
結局、まだまだわからないことだらけだ。
この世界は一体どういう世界なのか。
『銀のセイレーン』とは何なのか。
そして、何で私の髪の毛が銀に変色したのか。
(消えるの早過ぎだよ……)
どうせなら全部わからないことを訊いておけば良かったと、今更ながらに後悔する。
しかし彼も無謀過ぎる。
これだけこの世界について何もわかっていない私に「助けろ」だなんて……。
しかも助けてくれと言った本人が一体どこにいるのか、教えてはくれなかった。
でも、彼は消える直前「これからよろしく」と言っていた。
それはこれからも今のように現れてくれるということなのだろうか。
(それなら、その時にまた色々訊けばいいけど)
とにかく何もわからないこの世界で自分のことを解ってくれる人がいたのだ。
今の私には、それだけでとても心強かった。
もうすぐ助けが来る……今はその言葉を信じるしかない。
(どんな人が助けてくれるんだろう)
こんな陰湿な場所で一人ただ待っているのも気が滅入るだけなので、私はその人物を勝手に想像してみることにした。
(男の人? それとも、意表を突いて女の人? ……怖い人だったら嫌だな。エルネストさんみたいに優しそうな人だといいなぁ)
「銀のセイレーン、聞こえるか?」
「!?」
唐突に頭上から降ってきたその無遠慮な声に、私は思わず悲鳴を上げそうになってしまった。
例の天井近くの小窓からのようだ。私は立ち上がり天井を見上げる。
ここは地下。おそらくあの窓は地上に通じている。ということは外にいる誰かの声だ。
しかしその窓は小さすぎてここからは何も確認出来なかった。
そろそろ外も暗くなる時間だろう。そういえばここに入ってきた時よりも肌に触れる空気が冷たくなった気がする。
壁に取り付けられた蝋燭がゆらゆらと揺らめいて、目を凝らしてもやはり何も見えなかった。
「おい。誰もいないのか?」
再び小窓から聞こえた、先ほどより少しイラついた声。
「はい、います!」
答えてから声が大き過ぎたかと慌てて口を塞ぐ。
「今相棒をそっちにやる。扉が開いたときを狙ってそこから逃げろ」
(相棒?)
あの小さな窓からどうやって入ってくるというのだろう。
喋り方からして男の人らしいけれど、その声はまるで変声期前の子供のようだった。
反響しているせいだろうか……?
訝しんでいると、何か小さなものがゆっくりと落ちてきた。
いや、“落ちて”きているのではない。
ふわふわと目の前まで“降りて”来たそれに、私は目を丸くした。
白い毛玉のような小さな体と、体の割に大きな黒い翼。そして小さなつぶらな瞳と特徴的な豚鼻。
「……コウモリ?」
呟くと、思わず広げた手のひらにそいつはちょこんと降り立った。
そして私を見上げて「ぶ」と鼻を鳴らした。
「えっと、」
見た目とても可愛らしいこの蝙蝠もどきに、一体何ができるのだろう。
ものすごく不安になった私の頭上から再び声が降ってくる。
「ブゥ、頼んだぞ」
その声に答えるようにもう一度「ぶ」と鼻を鳴らす蝙蝠もどき。
声の主は去ってしまったのかそれきり何も言わなかった。
「お前、ブゥって言うの?」
「ぶ」
……一応、こちらの言葉は理解しているようだ。
この「ブゥ」に何が出来るのかさっぱり予想がつかないけれど、とりあえずこの密閉された部屋で話せる相手が出来たことは嬉しかった。
「よろしくね、ブゥ」
そう笑いかけたときだ。
ガチャンと扉の鍵が開く音がして私はびくりと身を固くする。
開いた扉の向こうには私をここまで連れてきた兵士の一人が立っていた。
「尋問室へ移ど……」
だがその兵士の目がブゥを捉え大きく見開かれる。
「モンスター!?」
「え?」
この子には全然似つかわしくない物騒な言葉に私の方が驚く。
視線を下ろすがもう手の中にブゥはいなかった。
「ぎゃあ!」
直後聞こえた兵士の叫び声に視線を戻すと、腰の剣に手を掛けた兵士の顔面にブゥが張り付いていた。
そのまま後ろに倒れていく兵士。どさっという音と同時ブゥが顔から離れ飛び立った。
恐る恐る近づいて見下ろすと、兵士の顔にはまるでハンコを押されたように豚鼻の形の跡がくっきりと残っていた。
瞬間死んでしまったのかと思いドキドキしたが目を回しているだけで息はしているようだ。
「お前、すごいのね」
呆気に取られながらもそう言うと、ブゥは私の肩に留まり得意げに「ぶ」と鼻を鳴らした。
その後もブゥは驚くほどに活躍してくれた。
地下牢を抜け出した私たちは当然見張りの兵士たちにすぐに気付かれた。
でもその兵士たちは今、身体のどこかに豚鼻の跡を付けて昏倒している。
先ほど兵士はブゥのことを「モンスター」と呼んだ。
可愛い姿からは想像できない脅威。それを「化け物」と呼ぶのなら確かに納得せざるを得ない。
次々倒れていく兵士を見てちょっと恐怖を覚えてしまったのも事実だ。
そのブゥを「相棒」と言った先ほどの声の主。
(どういう人だろ……)
出口を求め階段を上りながら、思わず恐ろしいイメージが浮かんでしまい私は頭を振る。
あの優しそうなエルネストさんの知り合いだ。そんなに怖い人ではないだろう……と願いたい。
思いのほか早く出口らしき扉を見つけ、この建物が複雑な構造でなくて良かったとホッとする。
扉を開けて外の空気を感じた、次の瞬間。
「!!」
私はその扉に手を掛けたまま、地べたにへたり込んでしまった。
目の前に十数人の兵士たち。
――私たちは完全に包囲されていた。




