38.内緒のお願い
(そ、それはマズいよ……!)
ラグもフェルクレールトに着いてからずっとこの暑さを気にしていた。
私たちと同じようにこの泉の場所を聞いて来る可能性はすこぶる高い。
私はそそくさと泉から上がると、ライゼちゃんが貸してくれた服を素早く着込んだ。
それから私たちは今まで着ていた服を泉で軽く洗い、テントに戻ることにした。
心地よい程度に冷えた身体と風通しの良い服のお蔭で、帰りの道のりは行きに比べかなり快適だった。
でも途中、こちらに歩いてくるラグの姿を見つけ変な汗が噴き出した。
「ラ、ラグたちも泉に行くの?」
「ぶぅ!」
頭に乗ったブゥが元気に答えてくれた。
ラグはなぜかこちらから視線を逸らして言った。
「……こっちでいいんだよな」
「うん、ここまっすぐ行ったとこ。すっごく気持ち良かったよ!」
私は内心の動揺を悟られないよう笑顔で答える。
と、後ろでセリーンがふっと笑った気がした。
「残念だったな」
「あ?」
「もう少し早ければ、もっと良いものが見られたものを」
「セリーン!?」
ラグは眉根を寄せていたが、その意味にすぐに気づいたようだ。
「いつ来ようがオレの勝手だろうが! 知るかっ!」
そう怒鳴って私たちの傍らを通り過ぎていく。
「一緒に入りたければあの子の姿で来るんだな」
セリーンの冗談なのか本気なのかわからないセリフを無視して、ラグはさっさと泉の方へと消えてしまった。
思わず溜息が漏れる。
折角さっぱりしたのに妙な汗をかいてしまった。
テントに戻った私たちは幕で仕切られた寝室で横になった。
長旅で身体は疲れていたけれど、今は寝るわけにいかない。
ラグとの約束があるからだ。
私はライゼちゃんとセリーンが寝息を立て始めたのを確認して、ひとりそっと起き出した。
テントを出て辺りを見回すと近くの木に凭れたラグの姿を発見した。
彼も私に気づいて億劫そうにこちらにやって来る。
彼はヴィルトさんの物だろう、少し大きめの服に着替えていた。
いつもしっかりと着込んだ姿を見ているせいか、その涼しげな格好になんとなく違和感を覚えた。
傍に駆け寄ると、普段は隠れている腕や胸元が意外とがっしりと逞しいことに気づく。
(じゃなきゃ、あんなふうに戦えないか)
ふとモンスターや野盗たちと戦う彼を思い出しながら、いつにも増して不機嫌そうなその顔を見上げた。
「もしかして、そっち皆寝るの早かった?」
「あぁ。あの親父は家入ってすぐにぶっ倒れちまうし、あのガキもオレが戻ったときにはもう寝てやがった」
それを聞いて慌てる。
ということは、大分待たせてしまったことになる。
「ご、ごめんね! こっちはふたりともなかなか」
「で? 何だよ、用は」
言い訳を遮られ口ごもる。
(うぅっ……)
今はあまり怒らないで欲しかった。でないと折角の決心が萎んでしまいそうだった。
でも、それではダメだと私は思い切って口を開く。
「私の、先生になって欲しいの!」
「……は?」
私の真剣なお願いに、ラグは思いっきり顔をしかめた。
わかる。彼からしたら、何を突然わけのわからんことを、という感じだろう。
「だからね、ほら、私歌うと動けなくなっちゃうでしょ? だから、そうならないように、術のコツ? みたいなものを教えて欲しいの!」
――ビアンカに乗っている間、ずっと考えていたのだ。
歌う度に動けなくなってしまっては、どう考えてもライゼちゃんの役には立てない。
ライゼちゃんの力になりたい。
彼女のことを知るごとに、その想いは強くなっていた。だから。
「前にラグが、自分も昔そうだったって言ってたから、なんか良い方法知ってるかなと思って……」
「…………」
ドキドキしながら彼の答えを待つ。
やはり「めんどくせぇ」と断られてしまうだろうか。
と、彼は小さく溜息を吐いた。
「そうだな。お前が歌を使いこなせるようにならねーと、こっちも困る」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。ありがとう!」
「だが、なんであいつらには内緒なんだ」
「え? その、……何か練習見られるの恥ずかしかったから」
また降ってくる盛大な溜息。
「なら、場所を変えるんだな。ここで歌ったらすぐにバレるだろ」
「あ、そうだよね。どこにしようか……。あっ、じゃあさっきの泉のとこ!」
そうして、私たちは先ほど行った泉へと向かうことにした。
――そういえば、こうしてラグと二人きりになるのは久し振りな気がした。
(ん? いつもはブゥがいたから、ホントの二人きりは初めてになるのかな?)
ブゥは今森の中をお散歩(お食事?)中のよう。
そう思ったら少し緊張してきた。
先生になって欲しいなんて頼んでしまったけれど、彼はどう考えても優しく教えてくれるタイプではなさそうだ。
(……あんまり怖かったら、小さくなってもらお)
そんなことを考えながら、私はラグの背中を追った。




