35.フェルクレールト
ルバートを発ってから4日後の夜、私達はフェルクレールト上空に到着した。
フェルクレールトはとても暑い国だそうで、ここまで来る間にどんどん気温が上昇していくのがわかった。
予定よりも遅くなってしまったのは、私達が途中何度か街に下りて休憩をとったからだ。
流石にビアンカの上で眠ることは出来ず、食事のついでに昼間から開いている宿で仮眠をとったりもした。
勿論、ビアンカが下りる場所は街から少し離れた人目の付かない場所。
地上に降りる度、ヴィルトさんは真っ青な顔でその場に横たわってしまい、その姿を見ていると、ラウト君がルバートで危険を冒してまで薬を買いに行こうとした気持ちがわかる気がした。
一方、ブゥが空の上を怖がったのはあの時だけで、キャルムの町を飛び立つときにはもう、いつものようにラグの頭に乗って風を楽しんでいるようだった。
それを見たラウト君は、「またお父さんだけになっちゃったね」とこっそり呟いていた。
ビアンカが緩やかに高度を下げていく。
眼下には深い森。その先、森が途絶えたところに点々と灯りが見えた。
あれが、ライゼちゃんたちが住む街なのだろうか。
(な、なんか緊張してきた……)
「あそこに見えるのが私達の家です」
ライゼちゃんが指差したのは灯りのある方ではなく、森の方だった。
確かに森の中にぽつんと、上空からでないとわからないような円錐状のテントのような建造物が見えた。
そしてビアンカは木々の合間を上手く縫うようにして静かに森の中に着地したのだった。
虫の声が煩いくらいに響く鬱蒼とした森の中。
高い木々によって月明かりは遮られ、辺りは不気味なくらいに真っ暗だった。
私達はライゼちゃんたち姉弟に案内され、先ほど見えたテントに向かっていた。
湿気を帯びた、むっとした暑さに服の下がすぐに汗ばんでくる。
元々涼しそうな格好のセリーンが羨ましかった。ラグはさっさと上着を脱いで腰に巻き付けている。
ヴィルトさんは私達の後方をゆっくりと歩いていた。
暗いせいでその表情はわからなかったけれど、家に着いたらすぐにでも寝込んでしまいそうだなと思った。
そんな私達の横をビアンカの巨体がズルズルと這って進んでいる。先ほどまでその上に乗っていたとはいえ、改めてその姿を見てゴクリと喉が鳴ってしまった。
と、先行くライゼちゃん達が足を止めた。
まだテントは見えないのにと疑問に思っていると、その場にぽっかりとほら穴が開いているのに気がついた。
そのほら穴の前には何かを捧げるような台が置いてあり、鳥居こそないもののまるで神様を祀った祠のような厳かな雰囲気があった。
「ビアンカ、本当にありがとう。ゆっくり休んでちょうだい」
ライゼちゃんがビアンカの首辺りを摩りながら言う。
「ありがとー!」
ラウト君も元気良くお礼を言うとビアンカは二人に返事をするようにチロチロと舌を出した後、その暗い穴へとズルズルと入っていった。
……ひょっとして、ここがビアンカの棲処なのだろうか。
私も遅れて「ありがとう」と声を掛けたけれど、もうその姿は見えなくなっていた。
「ねぇライゼちゃん。もしかしてビアンカって、なんか凄いモンスターなの?」
我ながら間抜けな質問だと思ったが、ライゼちゃんはにっこり笑って答えてくれた。
「はい。ビアンカは私達フェルクの民にとって神聖な存在です。彼女を代々祀るのが神導術士の役目でもあるんです」
代々、ということはビアンカは相当長生きしているのだろうか。
そして、そんな神聖な存在に跨ってしまって本当に良かったのだろうかと、私は今更ながらに心配になった。
「本来なら、こんなふうにビアンカをこの国から連れ出すことなどあってはならないことなのですが……ビアンカは私の願いを聞き入れてくれたんです」
嬉しそうに話すライゼちゃんを見て、私も自然と笑顔になっていた。
「もうすぐだよ、僕達の家!」
ラウト君がはしゃぐように言った。――そのときだ。
「!?」
私はいきなり誰かに後ろから突き飛ばされた。
突然のことに対応できるわけもなく、私はそのまま地面に倒れ込んだ。
同時、トスッという音がすぐ近くで聞こえた気がした。
「な、何?」
「起き上がるな!」
鼻を押さえながら体を起こそうとすると、ラグに怒鳴られた。
さっき私を突き飛ばしたのもおそらく彼だろう。
彼は素早くナイフを抜き、セリーンもすでに大剣を構えていた。
何事かと先ほど音のした方を見上げて、私はひゅっと息を呑んだ。
すぐそこの木に、「矢」らしきものが突き刺さっていた。




