33.空飛ぶモンスター
「そんな見たこともねぇモンスターに乗って行くなんて冗談じゃねー!」
ラグがすかさず怒鳴った。
いつもならそんな彼の態度にはヒヤヒヤさせられるが、今回ばかりは私も同意見だ。
ビアンカの赤い瞳が私達をまっすぐに捕らえて離さない。
まるで品定めでもされているようで、なんとも居心地が悪かった。
ライゼちゃん達の助けになりたいという気持ちが、またもしおしおと萎んでいく。
なんだかいきなり壁にぶち当たってしまった気分だ。
でも。
「なんで? お兄さんだってモンスターと仲良いのに」
「!?」
ラウト君にきょとんとした顔で言われ、ラグは慌てたように後ろ髪に手をやった。
ブゥのことだ。いつからバレていたのだろう。
私は後ろのセリーンが気になった。彼女にはまだブゥのことを話していない。
「その子なんていうの? 名前あるんでしょ?」
目を輝かせてラグに近寄っていくラウト君。
「ねぇ、いつになったら起きるの?」
「こ、こいつは……」
ラグもちらちらと横目で背後を気にしている。
と、セリーンが小さく溜息を吐いた。
「なんだ? 私が気づいていないとでも思ったか?」
呆れたように言われラグは拍子抜けしたような顔をした。
(セリーン、気付いてたんだ……)
面白がるように彼女は続ける。
「私が斬りかかるとでも思ったか? モンスターだからと言って人に危害を加える者ばかりではない。まぁ、名前まで付けて可愛がっている人間は、そうはいないがな」
「ぐっ……」
顔を引きつらせ言葉に詰まるラグ。
(ひょっとして、ラグがブゥのことをセリーンに黙ってたのは、モンスターと仲が良いってことを知られたくなかったから……?)
「ねぇお兄さん! その子、なんて名前?」
ラウト君がこちらの会話などお構い無しにラグの服をぐいぐいと引っ張っていた。
「こ、こいつは……ブゥだ。ブゥ、もう起きていいぞ」
そのヤケクソ気味な声にブゥはすぐに反応した。
ゆっくりと状況を確認するように翼を広げ、ラグの髪の毛からふわりと飛び立った。
「ぶ?」
ブゥは「いいの?」とでも言っているかのようにラグの頭上をゆっくりと旋回した。
「うわぁ、可愛い! ブゥっていうんだ。ブゥ、おいで!」
ラウト君はブゥに向かって両手を伸ばした。
だがブゥはその手から逃げるようにしてラグの頭の上に乗ってしまった。
「ラウト、その子怖いって。もう少し慣れてからにしなさい」
「はーい」
ラウト君は羨ましそうにラグの頭を見ながらライゼちゃんとビアンカの元へ戻っていく。
「あんた、もしかして……こいつの言ってることがわかるのか?」
ラグがライゼちゃんに訊ねた。
その声は少し上ずっていて。
(誰だって可愛がってる動物の声を聞くことが出来たら嬉しいよね)
私はそんなラグを見てこっそりと微笑む。
「はい。大抵のモンスターの声は聞こえます。それが神導術士の力ですから。その子は、とても貴方のことが好きなようですね」
でも、ライゼちゃんはなぜか悲しそうな目でブゥを見つめた。
「元々、術士は万物に好かれる存在です。それを、その力を、あなた方魔導術士は、……いえ、すみません。今この場でする話ではありませんね。失礼しました」
ライゼちゃんが申し訳なさそうに瞼を伏せる。
ドキリとした。
ライゼちゃんのその言い方は、ラグを……魔導術士を嫌っているように聞こえたから。
最初に顔を合わせたときもそうだった。
ライゼちゃんはなかなかラグと目を合わせようとはしなかった。
同じ術士でも、ひょっとして“魔導術士”と“神導術士”は仲が悪いのだろうか……?
ライゼちゃんの魔導術士を非難するかのような言葉に、ラグは何の反応も示さなかった。
彼のことだから、何か言い返すのではと思ったけれど……。
その横顔からは何の感情も読み取れなかった。
「で、どうするんだ? カノン」
セリーンに言われ、私の思考は途切れた。
そうだ。ラグとライゼちゃんの間に流れる不穏な空気は気になるけれど、今はまず、ビアンカのことを考えなければならない。
「えっと、その……ビアンカ? 落ちたりしない?」
彼らからしたら随分マヌケな質問だったかもしれない。
でもライゼちゃんはにっこりと笑ってくれた。
「大丈夫です。鱗をしっかりと握っていれば落ちたりしません」
「う、うろこ……」
「それに、万が一落ちてもビアンカはすぐに対応してくれます」
ライゼちゃんの笑顔に私はハハと空笑いで応える。
と、ラウト君が私の元へ来て言った。
「お姉さん、高いところ平気?」
「え? うん。まぁ……」
「なら大丈夫だよ! 風がとっても気持ち良いんだ!」
確かに、高いところが苦手な人だったら絶対に無理だろう。
その後ラウト君は同じことをラグとセリーンにも訊いた。
セリーンは「平気だ」と一言。
先ほどビアンカに対してあんなに否定的だったラグも溜息を吐きつつ頷いていた。
ブゥのことがバレ、文句を言い辛くなったのかもしれない。
「良かった! ……じゃあ、ダメなのお父さんだけだね」
「え!?」
何気なく出たラウト君の言葉に私は思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。
ちらりと背後を見ると、すでにヴィルトさんは気分悪そうに口元を押さえていた。
……人は見かけによらないとはこの事だ。
「父さん、大丈夫?」
「…………」
娘であるライゼちゃんに気遣われ、ヴィルトさんは無言でゆっくりその手を離した。
失礼ながら、そんな彼の姿を見ていたら急に私の中に勇気が湧いてきた。
(ヴィルトさんごめんなさい。でも、ありがとうございます)
そう、心の中でお礼を言って。
「ビアンカ。よ、よろしくね!」
精一杯の笑顔で……かなり引きつっていたかもしれないけれど、ビアンカに声をかけてみた。
すると彼女は、返事するように蛇特有のあの割れた赤い舌をチロリと出した。




