32.乗り物
ぴちゃん……ぴちゃん……。
足音の他に響くのはそんな水の落ちる音と低い潮騒。
私たちは潮の香りが充満する湿気た洞穴を一列になって進んでいた。
先頭を行くラウト君が手にした松明の灯りだけが頼りの穴の中は、二人がどうにか並んで歩ける程度の幅しかなく、天井も私が手を伸ばせば届く高さにあった。
この中で一番背の高いヴィルトさんは若干屈んで進んでいる。
足元も壁も酷くぬかるんでいて、雨上りの道を歩いているようだった。
(それにしても凄いなぁ……)
そう思いながら視線を巡らせていると。
「おい、ちゃんと足元見て歩けよ。また転ぶぞ」
そうラグに釘をさされてしまった。
実はつい先ほど足を滑らせ転びそうになったところを後ろにいたセリーンに支えてもらったばかりだ。
そのまま転倒していたら今頃服はドロドロになり非常に情けない思いをしていただろう。
「しかし、よくこんな長い穴を掘ったものだな」
背後のセリーンが感心したように呟いた。
(ほんとだよね……)
なんとあの地下室には更に隠し扉があり、この洞穴に繋がっていたのだ。
この洞穴は戦争時に掘られたもので、あの地下室は当時使用されていた偵察基地だったらしい。
そしてこの洞穴は港から完全に死角になった場所へと通じているのだという。
詳しくは行けばわかるとラウト君がまた得意げに教えてくれたけれど、ルバートに住む人たちが未だに気づいていないのだ。余程わかり難い場所なのだろう。
その場所に、その速くてカッコいいという乗り物があるのだそうだ。
「もうかなりの距離進んだだろう。まだ着かないのか?」
ラグがイラついたように前を行く親子に訊いた。
確かに、この圧迫感の中をかれこれ一時間以上は進んでいる気がする。
方向感覚はとっくに失われていた。海の方へと向かっているのは確かなのだろうけど。
「もうすぐだよ。もうすぐ出口だから頑張って!」
ラウト君から無邪気に応援されて、流石のラグも小さく舌打ちしただけでそれ以上は何も言わなかった。
――そして、それから更にどのくらい進んだだろう。
「出口だ!」
ラウト君の歓声が洞穴内に響いた。
その直後、目の前が真っ暗になった。
「や、やだ!」
私は驚いて悲鳴を上げる。
すると前方からライゼちゃんの怒った声が聞こえてきた。
「こらラウト! 下りる前に松明渡しなさい!」
「あ。ごめん、忘れてた!」
そして再び視界が明るくなってほっとする。
松明がライゼちゃんからヴィルトさんに渡るのを見た。
「気を付けろ。そこまで高くはないが、ここには梯子がない」
ヴィルトさんがこちらを振り向き教えてくれた。
と、ライゼちゃんの姿が消え、タンっという足音が聞こえた。
次にヴィルトさんが消えて瞬間また暗くなったが、すぐに松明で洞穴の中を照らしてくれた。
ヴィルトさんの頭が私達の腰ほどの位置にある。
出口の向こうは広くなっているのか、ライゼちゃんとラウト君の声が反響していた。
「お待たせー! 寂しくなかった?」
「遅くなってごめんなさい」
何やら誰かに話しかけているようだ。まだ仲間がいるのだろうか?
疑問に思っていると、いつの間にかラグが目の前からいなくなっていた。
「ほら、早く来い。支えてやるから」
「う、うん」
私は伸ばされた手を取ってそこから飛び降りた。
着地した場所はゴツゴツとした岩肌だった。
「わぁ……」
ラグから手を離し辺りを見回して私は感嘆の声を上げた。
そこはおそらく天然の洞窟だった。
天井は高くドーム状になっていて、広さも学校の教室ほどあった。
そして向こうにぽっかりと空いた岩の隙間からは夜の海が覗いていた。
月が出ているのか海面が波に揺れキラキラと輝いている。
そんな幻想的な風景につい見とれてしまった。
――しかし、最後にセリーンがこちらに飛び降りヴィルトさんが松明の灯りをこちらへと向けた瞬間だった。
「ひゃああぁぁ!?」
私は思わずそんな悲鳴を上げてしまっていた。
ライゼちゃんたち姉弟の前でとぐろを巻き、どっかりとそこに寝そべっていたのは、大きな大きな白蛇だったのだ。
しかも、ただの蛇ではない。
その背には胴と同じ真っ白な翼が生えていた。
その翼は鳥のそれではなく、ゲームなどに登場する“ドラゴン”の翼に近い。
背後で金属音が響く。セリーンが剣を抜いた音だ。
見るとラグもいつでも抜けるように腰のナイフに手を触れている。
――そう、どう見てもそれはモンスターだった。
この世界に来てから何種類かのモンスターを見てきたけれど、こんなにも巨大なモンスターは初めてだ。
白蛇がゆっくりとその頭をもたげる。
それだけでライゼちゃんたちの背を軽く超してしまい、瞬間二人ともそのまま飲み込まれてしまうのではないかと思った。
なのにライゼちゃんたちは全く恐れる様子がない。
それどころかライゼちゃんはまるで馬にするように、その白蛇の首を優しく撫でた。
「大丈夫です。彼女は人を襲ったりはしません」
にっこりと笑って言うライゼちゃん。
(か、彼女……?)
彼女というからには、メスなのだろうか。
でも私はその彼女に近づく気にはなれなかった。
「そうだよ。そんなに怖がらないで。ビアンカはとっても優しいんだ!」
「ビアンカ……?」
もしかしなくても、その白蛇の名前だろうか……?
「そう。ビアンカ。カッコいいでしょ?」
自慢するように続けたラウト君に、私は頷けなかった。
同じ、名前の付けられたモンスターでも、ブゥとはまるで違う。
ブゥは見た目可愛くてモンスターだと言われてもピンと来なかった。
でも彼女、ビアンカはどこからどう見ても“モンスター”そのものだ。
そんな彼女と親しげなライゼちゃんたち。
そういえば、さっき二人は誰かに話しかけているようだったけれど、まさか……。
「まさか、そのモンスターが乗り物ってんじゃねぇだろうな」
ラグが唸るような低い声で訊ねた。
……私も、同じことを考えた。
ラウト君が「カッコいい」と自慢していた乗り物。
ヴィルトさんの「快適とは言えない」という小さな呟き。
そして、ドラゴンを思わせる、その白く大きな翼。
まさか、まさか……!?
「そうだよ! 僕たちはビアンカに乗って、ここまで空を飛んで来たんだ!」
得意満面で胸を張ったラウト君を見て、私は大きな眩暈を感じた。




