31.意外な反応
地下室に響いた彼女の強い想いに、一瞬言葉を失う。
でも、徐々に気持ちが高ぶっていく。
……私に、本当にライゼちゃんの言うような力があるかはわからない。
でもひとつだけ、自信を持って言えることがある。
それは、私が歌が好きだということ。
歌は人を楽しませてくれる。
勇気付けてくれる。
そして、時には慰めてくれる。
そんな“歌”を不吉だというこのレヴール。
この世界で本当に歌が必要とされているなら。
もし彼女の言う通り、本当に私の歌でフェルクレールトの皆を救えるのなら……。
「私、」
「冗談じゃねぇ」
私が上ずった声をあげると同時、隣のラグが吐き捨てるように言った。
(え?)
皆の視線がラグに集まる。
「闇の民を救う? そんな大層なことこいつに出来るわけねぇだろ。まだ歌を使いこなせてもいねーんだ」
「うっ」
痛いところを突かれ、高揚した気分が一気に萎んでいく。
……悔しいけれど、ラグの言うことは尤もだ。
歌いたい気持ちはあっても、その度に動けなくなっていたのでは結局また周りに迷惑をかけてしまう。
やはり私には、重過ぎる話なのかもしれない。
「ですが《声》は……」
「それにな、フェルクレールトまで一体どれだけかかると思ってんだ」
そうだ。
ライゼちゃんたちの国はずっと南の方にあると言っていた。
ここからどのくらいの距離があるのだろう。
この世界の船は一体どれくらいの速さで進むのだろう。
私には全く検討がつかなかった。
「やっぱり、一週間以上かかっちゃう?」
「アホか。軽く一月はかかる」
「一月!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
改めてその遠さを知って、私はライゼちゃんに視線を戻す。
(そんなに遠くから、銀のセイレーンを捜しに……?)
「貴様が術で帆に風を送ればもっと早く進めるのではないか?」
セリーンの提案に私はハっとする。
「そうだよ! その手が」
「ふざけんな。お前の前じゃもう術は使わないと言ったはずだ」
「だが、」
「そのことについては問題ありません」
「え?」
ライゼちゃんが微笑みを浮かべていた。
そして、ラウト君が得意げに続けた。
「そうだよ! だって僕たち、3日でここまで来たんだ」
『3日!?』
私達3人の声が見事にハモった。
飛行機などありそうもないこの世界で、一ヶ月かかる距離を3日で……?
そういえば、ラグもどうやってライゼちゃんたちがこの国まで来たのか気にしていた。
やはり、何か裏技的な方法があるのだろうか。
(さっき、ライゼちゃんは空は飛べないって言ってたし……)
ラグが眉をひそめラウト君に訊く。
「船、じゃないのか」
「うん! 船なんかよりずっと速いしカッコいいんだ!」
「カッコいい?」
「快適とは、言えんがな……」
後ろからそんな低い声が聞こえた。ヴィルトさんだ。
彼は目を瞑ったまま何か嫌なことを思い出したように眉間に深く皺を寄せていた。
「?」
「僕は好きだけど、お父さんは苦手みたい」
ラウト君が苦笑いを浮かべてこっそりと私たちに教えてくれた。
……さっぱりわからない。
一体彼らはどんな乗り物でここまで来たのだろうか。
「カノンさんのお気持ちはどうですか?」
「え?」
「私達の国へ、来ていただけますか?」
ライゼちゃんが再び祈るように、その赤い瞳を私に向けていた。
蝋燭の明かりに揺らめくその瞳はとても思いつめた色をしていて。
私は傍らのラグを見上げる。
その視線に気づくと、ラグは小さく息を吐いて目を伏せた。
勝手にしろ、ということだろうか。
もしかしたら彼もその乗り物が気になるのかもしれない。
私は一度ゴクリと喉を鳴らしてから、口を開く。
「ライゼちゃんの期待に答えられるか、正直自信はないけど……私は、行きたい」
途端、ライゼちゃんの顔がぱーっと明るくなった。
それは歳相応の可愛らしい笑顔だった。
「ありがとうございます!」
「やったね、姉ちゃん!」
ラウト君もはしゃいだように声を上げた。
こんなに喜んでもらえて、私もつい顔が緩んでしまった。
でも予想通り、横からは盛大な溜息。
「セリーン、フェルクレールトに行ったことは?」
「あ? あぁ、あるが……」
唐突に声を掛けられセリーンが驚いたように答えた。
「ってことは、あの野郎がいる可能性もある、か」
ラグの呟きを聞いて、思い出す。
(あ、そうか。セリーンが行ったことのある国に、エルネストさんがいるかもしれないんだ)
ということはラグも承諾してくれたということだ。
私はホっと胸を撫で下ろした。
ならお前ひとりで行け、と言われたらどうしようかと思った。
「ありがとう」
緩んだ顔のままお礼を言うと、ラグはびっくりしたようにその瞳を大きくした。
なんでお礼を言われたのか、わからなかったみたいだ。
「あ、そうだ。ライゼちゃんはエルネストさんっていう人知らない?」
私が訊くと、ライゼちゃんは首を傾げた。
「エルネストさん、ですか?」
「うん。金髪の、綺麗な男の人なんだけど……」
でもライゼちゃんは申し訳なさそうに首を横に振った。
そう簡単には行かないかと小さく溜息を吐く。
と、ラグがいつものように不機嫌そうに舌打ちをした。
「長居する気はないからな。無理だってわかったら即諦めろよ」
「うん!」
「大丈夫です。カノンさんのあの歌声ならきっと、フェルクの皆の心も変えられるはずです!」
そんなライゼちゃんの言葉につい照れ笑いをしていると、ラグが呆れ果てたように言った。
「ったく、あの歌がそんなに良かったか? オレには全く理解できないね」
「何を言う。貴様だってあの時しっかり聴き惚れていたではないか」
「なっ!?」
(え?)
背後からの冷静な声に、ラグの顔が真っ赤に染まった。
それは蝋燭の明かりのせいではない。――はっきりと、赤。
その反応が意外過ぎて、思わずポカンと彼を見上げてしまった。
彼がセリーンに怒鳴る。
「何言ってやがる! 適当なこと抜かすな!」
「適当ではない。あの歌にはそれだけの力があった。貴様も私と同じようにあの時動けなかったはずだ。……でなければ、もっと早く助けに入れた」
目を伏せ、少し悔しそうに話すセリーン。
――言われてみれば、歌を歌っている数分間、ラグはいつでも私を止められたはずだ。
なのに、彼が助けに来てくれたのは最後までしっかり歌い終えてからだった。
「~~っ」
赤い顔のまま小刻みに肩を震わす彼をじっと見上げていると、そんな私の視線を完全にスルーして彼はライゼちゃんたちの方へと向き直った。
「で? その速くてカッコいいとかいう乗り物はどこにあるんだ。さっさとそこに案内しやがれ!」
先ほどとは打って変わって行く気満々のラグに、私は思わず噴き出してしまった。




