30.少女の願い
「え、……えぇ!? 私に!?」
驚く私にライゼちゃんはしっかりと頷いた。
「わざわざフェルクレールトからか」
ラグが疑わしげに言う。
「フェルクレ……?」
「こいつらの国の名だ」
「え? だって、ずっと南の国だって……。じゃあ、もうそこまで私のこと伝わっちゃってるってこと!?」
私のことを捜しているのは、てっきりこの国だけなのかと思っていた。
すでに他の国にまで伝わっているとしたら、結局海を渡っても気は休まらないということになる。
(でも、いくらなんでも早すぎる気が……)
ネットで瞬く間に世界中に情報が拡散される向こうの世界ならわかるけれど。
と、ライゼちゃんは首を横に振った。
「いいえ。銀のセイレーンが現れたという話はフェルクでもまだ、私たちしか知りません」
言われて少しほっとする。
でも新たな疑問が湧く。
「じゃあ、ライゼちゃんたちは何で……?」
「《声》が、聞こえたのです」
「声?」
私が訊き返すと同時。
「神導術士、か」
ラグのその低い声にライゼちゃんの肩がびくりと震えた。
「しんどう……?」
「聞いたことがある。白髪に赤い眼……術士の中でも特殊な力を持った者」
淡々と言葉を紡ぐラグ。
私は首を傾げる。
「ラグとは違うの?」
「……術士は万物の力を借りるが、神導術士はその万物の《声》が聞こえる希少な術士、だな」
最後はライゼちゃんに確認するようにラグは言った。
万物の声が聞こえるということは、例えば「木」や「風」の声が聞こえるということだろうか……?
だとしたら確かに凄いことだ。
でも、そんな彼女はやっぱりラグの目は見ようとせず、ただ小さく頷いた。
「そんで、確か短命のはずだ」
さらっと続けられたラグの言葉に、私は目を見開く。
(短命……?)
髪と瞳以外はごく普通の、弟想いの少女。
とてもその命が短いなんて思えない。
表情を強張らせた私に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「短命と言っても、30までは生きられます。私の母も神導術士でしたが、34まで生きましたから」
あどけない笑みを浮かべ話すライゼちゃん。
でも私は返す言葉が見つからなかった。
と、彼女の視線が初めてラグへと向けられた。
その表情からは笑顔が消えていて。
「貴方は、魔導術士……ですね」
「あぁ。それも、ストレッタのな」
唇の端をわずかに上げて言うラグ。
それは挑戦的な笑みにも、自嘲的な笑みにも見えた。
(ラグ……?)
「そう、ですか……」
なぜか苦しそうに睫を伏せるライゼちゃん。
――また出た、ストレッタという名。
「ラグ、ストレッタって何? それも国の名前?」
私は思い切って訊く。
と、その答えは背後から返ってきた。
「ストレッタは、魔導術士の養成機関だ」
振り返ると、セリーンの鋭い視線がラグの背中に向けられていた。
(魔導術士の養成機関?)
「おそらくその男は、その中でも……」
「オレの話はいい! ――で? その神導術士のあんたがこいつに何の用だ」
ラグが苛ついたように捲し立てた。
ライゼちゃんはゆっくりと顔を上げて、再び私に真剣な瞳を向けた。
「フェルクレールトを、……私の国を助けて欲しいのです」
私は目を瞬く。
(国を、助ける……?)
それが、魔導術士であるラグではなく、傭兵であるセリーンでもなく、私に掛けられた言葉なのだと理解するのに少しの間を要した。
「え? わ、私……?」
自分を指差しながら言うとライゼちゃんは強く頷いた。
「はい。銀のセイレーンである貴女にしか出来ません」
さすがに焦る。
国を助けるなんて、私にはどう考えても不相応過ぎる。
「で、でも私、迷惑かけるだけの役立たずだし、銀のセイレーンかどうかも実は怪しいし」
「自分で言うな」
すかさずラグから溜息交じりのツッコミが入る。
でもライゼちゃんは首を振り続けた。
「いいえ。貴女は間違いなく、伝説の銀のセイレーンです」
自信たっぷりのその言葉に私はなんだか顔が熱くなるのを感じた。
「なに赤くなってんだ」
「え? や、別に……」
半眼で見下ろされ、私は慌てて少し火照った頬に手を当てる。
ラグは呆れたようにもう一度大きな溜息を吐いてライゼちゃんに視線を向けた。
「あのな、銀のセイレーンは世界を破滅させる存在だ。あんたもそのくらい知ってるだろう」
「……私も、カノンさんとお会いするまではそう思っていました。ですが実際にお会いして、あの《声》の本当の意味がわかったのです」
そして、ライゼちゃんはゆっくりと話し始めた。
***
ご存知の通り、私の国フェルクレールトはあの大戦によってこのランフォルセの属国となりました。
民はそれからずっと、酷く苦しい生活を強いられています。
そんな中でも私は神導術士として、皆から大切に守られています。
……代々、神導術士とはそういうものなのです。
ですが、私に出来るのは「嵐が来る」など、聞こえた《声》を皆に伝えることだけ。
私はそんな己をとても歯がゆく思っていました。
そんなときに、いつもとは違う《声》が聞こえたのです。
このランフォルセに、銀のセイレーンが現れたと……。
私は居ても立ってもいられなくなり、国を飛び出してきました。
***
そこで一旦息を整えるように間を置き、ライゼちゃんは続けた。
「……はじめは、この世界を破滅させると云う銀のセイレーンを滅することが私の使命なのだと思いました」
「えっ!?」
ドキリとする。
背後でセリーンが剣に手を掛けるのがわかった。
「ですが、今は違います! カノンさんにお会いしてわかりました。《声》が私に何を伝えたかったのか」
ライゼちゃんの声が興奮したように高くなる。それは、悲痛な叫び声のようにも聞こえた。
「貴女なら、皆の荒んだ心を変えられる! あのグラーヴェ兵を見て確信しました。どうか! 貴女の歌でフェルクレールトの皆を救ってください!」




