29.秘密の部屋
その白い家の中はがらんとしていた。
家具も何一つ無いところを見るとやはり誰も住んでいないようだ。
もちろん照明器具もなく、ドアが閉まると一瞬視界が真っ暗になった。小さな窓がひとつだけあったけれど外も暗いせいでほとんどその意味をなしていない。
「こっちだ」
お父さんの声が奥の方から聞こえた。
家具がないからか元々低いお父さんの声が反響してまるで地の底から響いてきたかのようだった。
私はおっかなびっくりラグの背中についていく。
奥の部屋にはひとつだけ家具が残されていた。それはボロボロになった絨毯だ。
その絨毯の端を先に部屋に入っていたラウト君が捲っていた。
何をしているのだろうとラグの横について目を凝らし見ていると、床に小さなへこみがあることに気がついた。
お父さんが腰を屈めそこに手を入れて引き上げる。
(隠し部屋!?)
石同士が擦れる音と共に床が四角く開いていきドキドキと胸が鳴った。
「地下があるのか」
セリーンも驚いた声を上げる。
「そうだよ。でも絶対内緒だからね!」
ラウト君が得意げに笑ってその開いた穴に両足をぶらつかせた。
「ほら、早く行きなさい」
「はーい」
お姉ちゃんに促されラウト君が体を反転させる。
おそらく梯子か何かあるのだろう、鈍い金属音を立てながら彼は闇の中に消えていった。
その次にお姉ちゃんが下りていく。
「俺は最後にここを隠す。先に行け」
こちらを振り返って言ったお父さんに、ラグが不機嫌そうに訊ねる。
「なぜオレ達に教えた」
尤もな疑問だった。いくら子供達を助けたからと言って、こんな秘密を会ったばかりの私達にばらしてしまって良いのだろうか。
でもお父さんは「下で話す」と言ったきり口を開かなかった。
ラグは短く息を吐いてから穴に近付きその中を覗き込んだ。そしてこちらを振り向き言う。
「セリーン、そいつを頼んだぞ」
「あぁ」
――ラグはまだお父さんを警戒しているみたいだ。
彼はセリーンが頷くのを確認すると子供達と同じように地下へと下りていった。
私は穴に近づきそれを見下ろす。
そこは更なる闇が広がっていて、ラグがその中に呑まれていくようでごくりと喉が鳴ってしまった。
でも丁度その時、下がぼんやりと明るくなった。
子供達が灯りをつけたのだろう。私は少しホッとする。
そしてラグが階下に下りきるのが見えた。その部屋を軽く見回してから彼がこちらを見上げる。
「いいぞ、下りて来い。落ちるなよ」
「う、うん」
私は十分に注意しながら梯子に足を掛けた。
よく見るとその梯子は随分と錆び付いていた。
かなり前からここに取り付けられていたのだろう。
折れないことを祈りつつ一段一段慎重に下りていき、なんとか私も地下の部屋に下り立つことが出来た。
そこは上の部屋と同じくらいの広さがあった。
しかし床も壁も上とは違って土がむき出し。
そして上の部屋には無かった家具がいくつか置かれていた。
天井まである木棚。テーブルと椅子。どれも酷く埃っぽい。
テーブルの上には火のついた蝋燭が置かれていて、子供達の影がゆらゆらと揺れていた。
そしてその地下室は外と同じ潮の香りがした。
セリーンは梯子を下りきるとそのすぐ横の壁にもたれた。
石の扉を閉める鈍い音がしてほぼ同時、テーブルの上の蝋燭が大きく揺らいだ。
ぎしぎしと音を立てて下りてくるお父さんをラグは横目で確認している。
と、そのときだ。
「ねぇ、お兄さん術士なんだね。さっき飛んでるとこ見たよ!」
ラウト君が無邪気な笑顔でラグを見上げていた。
ラグはびっくりしたように顔を引きつらせてから「あ、あぁ」と小さく頷いた。
そんなラグを見て、私はこんな状況だというのに危うく笑いそうになってしまった。
(ラグって、子供苦手そう)
ラウト君はにーっと笑って続ける。
「姉ちゃんもね、術士なんだ! お兄さんみたいに飛べたりはしないけど」
ラグはテーブルの向こうにいるお姉ちゃんの方を見た。
でも彼女はその視線に気付くとすぐに目を逸らしてしまった。
(あ、あれ……?)
私は頭に疑問符を浮かべる。
ラグも怪訝そうに眉をひそめた。
よく見ると彼女はとても綺麗な顔立ちをしていた。
蝋燭の仄かな光がそんな彼女の美しさを更に浮き立たせている。
きっと将来はかなりの美人さんになるだろうと想像出来た。
(彼女の方がきっと銀のセイレーンっぽいんだろうな……)
ラグが銀のセイレーンは絶世の美女だと言っていたことを思い出して、ふとそんなことを考える。
と、ラウト君が何も言わないラグの顔をじっと見上げているのに気がついて私は慌てた。
「へぇ! そうなんだ。すごいね!」
ラグの代わりに私が答えると、ラウト君はまた得意そうに笑った。
彼はお姉ちゃんのことが大好きなのだろう。それがすごく伝わってきて自然とこちらも笑顔になっていた。
……そういえば、セリーンは小さなラグと同じ年頃のこの少年には興味がないのだろうか。
ふと気になって背後のセリーンを見ると、ばっちり目が合ってしまった。
「ん? なんだ?」
「ううん! な、何でもない」
と、梯子から下りたお父さんにラグは再び訊く。
「で、オレ達に何の用だ。ただ礼がしたいってわけじゃねーんだろ?」
彼の、目上の人に対しても全く変わらないその失礼な物言いにハラハラする。
だがお父さんは無言でその漆黒の瞳をお姉ちゃんの方へと向けた。
その視線を受けたお姉ちゃんの赤い瞳が私達を見つめる。
「私が、全てお話します」
小さく驚く。その真剣な表情は先ほどまでの“少女”のものではなかった。
そこには思わず息を呑む、威厳のようなものが確かに在った。
「申し遅れました。私はライゼと申します。弟のラウトと父のヴィルトです」
「あ、私は華音です」
なんとなく吃ってしまった。
彼女の瞳が私だけに向けられる。
「カノンさん……。貴女が『銀のセイレーン』」
その目が眩しそうに細められたのを見て、私はなぜか緊張を覚えた。
そして、彼女――ライゼちゃんの次の言葉で私は更に驚くことになる。
「私は、私達は貴女に会いにこのランフォルセまで来たのです」




