28.手掛かり
その名前を聞いた途端、心にぽっと灯りがともったような気がした。
ラグが気分悪そうに私の傍らを通り過ぎ、親子の入っていった小路へと足を踏み入れた。
「ついて行くのか?」
「奴ら闇の民がどうやってこの国に入ったのか知りたい。……この辺りにも詳しそうだしな」
そう言ったラグに私も続き、セリーンがその後ろについた。
この道――隙間と言った方が正しいかもしれない、は一人ずつしか歩けないほどに狭い。
見ると、体の大きなお父さんは肩を少し斜めにして進んでいた。
前にはラグ、そして後ろにはセリーン。
また戻ってきたこの並びが無性に嬉しくて、私は後ろを振り返った。
「でも良かった。もう会えないかと思ってたから……。あの時、助けてくれてありがとうございました!」
兵士から助けてもらったお礼を言うと、セリーンは当然のように鼻を鳴らした。
「フン、言ったろう? どこまでもお前達についていくと……」
――聞くと、あの後セリーンはすぐに私達を追いかけたのだそうだ。
でもこの複雑な町並みのお陰ですぐに立ち往生してしまった。
そんなときにエルネストさんがあの幽霊のような姿で現れたのだという。
「今カノンがひとりで逃げているから助けて欲しいと方向を示してくれた」
言われた通りに進むと、ラグとばったり出くわしたそうだ。
「はぁ、もう少し早かったらあの子の方に会えていたのにな、くそっ」
その言葉を聞いてふふと笑いそうになって、でも今まで彼女に嘘をついていたことを思い出した。
「セリーン、ごめんなさい。私、色々嘘ついてて。その……」
思い切って謝罪すると、セリーンはふっと笑った。
「謝ることではない。まぁ、驚いたがな。まさか、カノンがあの『銀のセイレーン』だとは」
「……セリーンは、『銀のセイレーン』が怖くないの?」
緊張しながら訊く。
私から逃げて行った街の人々。
兵士達も私の歌を恐れていた。
しかし彼女は小首を傾げた。
「怖い? カノンを怖いなんて思ったことは一度もないな。あの歌を聴いたときも、別段怖いとは思わなかった。……伝説はあくまで伝説だ。私は自分の見たものだけを信じる」
それを聞いて胸のあたりがジーンと温かくなる。
でも、彼女は続けて言った。
「それに、銀のセイレーンよりも恐ろしいものを、私は知っている……」
低く潜めた声。
その視線は私を通り越し、ラグの背中を見ていて。
「ラグ?」
私が小声で言うと、セリーンは小さく笑いながら頭を振った。
「いや、何でもない。……そういえば、あのエルネストという男。お前達が捜していると言っていたのはあの男なのか?」
視線の意味は気になったけれど、私は頷く。
「うん。私が元の世界に帰るには彼に会わないといけなくて」
「そして、あの素晴らしい呪いを解ける者、ということか」
「素晴らしいとか言うな! 胸糞悪ぃ!」
ラグがこちらを見もせずに怒鳴る。しっかりと聞こえていたみたいだ。
つい苦笑が漏れそうになった、そのときだ。
「しかしあの男、前にもどこかで見た気がするんだが……」
「えっ!?」
「!?」
勢いよくこちらを振り返るラグ。
「どこでだ!?」
「いや、それが……全く思い出せん」
がくりと肩を落とす。
「私はこれまで様々な国を渡り歩いてきたからな。いちいち細かいことまで覚えていない」
「でもエルネストさん幽閉されてるって! 見たって場所限られると思うけど……」
思わず興奮してセリーンを見つめる。
「幽閉? ……スマン、やはり思い出せない」
「ちっ……! 何か思い出したら即言えよ」
舌打ちをしてラグは前に向き直った。
でもこれは大きな収穫だ。
セリーンが思い出せればそれに越したことは無いけれど、彼女の行ったことのある国に特定できる。
私は高揚した気分を落ち着かせるようにひとつ深呼吸した。
「――と、着いたようだな」
セリーンに言われ前方を見ると、かなり錆びついたドアが開いていた。
その中に背を屈めて入っていくお父さん。
まさかそこが彼らの家――ということはないだろう。
勝手に入ってしまっていいのだろうか?
私達は顔を見合わせて、その建物に向かった。




