27.親子
状況が飲み込めず呆然としている私に「お父さん」と呼ばれた彼が口を開く。
「子供達を助けてくれたこと、礼を言う」
それはとても低く、耳に響く声だった。
そして私に大きな手を差し伸べてくれた。
私はおずおずとその手を取って立ち上がる。
ゴツゴツとした硬い手。……でも、温かかった。
「あ、ありがとうございます」
姿勢を正してお礼を言うと、彼の感情の読みにくい細い目が少し和らいだ気がした。
「良かったねお姉さん! お父さんすっごく強いからもう大丈夫だよ!」
あの時の少年がお父さんの足元で得意そうに言う。
蹴られたお腹はもう平気なのだろうか。
すると、白髪の少女が後ろから彼の頭を軽く小突いた。
「違うでしょ、ラウト。まずはお礼を言いなさい」
「あ、そうだった! お姉さん、さっきはありがとうございました!」
元気いっぱいの笑顔で言われ私の心はほんわか温かくなった。
続いて少女が私をまっすぐに見上げる。その瞳はやはり赤い。
「本当にありがとうございました。見ず知らずの私達に……。そのせいで貴女が大変なことになってしまって」
「ううん! こっちこそ助けてくれてありがとう!」
私が両手を振りながら二人に言うと、彼らはまたにっこりと笑ってくれた。
(かわいい……!)
“闇の民”なんて呼ばれているけれど、彼らもこの国の人と何も変わらない。
それが、なんだかとても嬉しかった。
と、お父さんがくるりと踵を返した。
「ここにいるとまた追っ手が来るかもしれん。戻るぞ。……来い」
最後は私に向けての言葉だ。
瞬間、どうしようかと迷う。
ラグとはぐれたまま彼らについて行ってしまっていいだろうか。
でも彼らなら信じられる気がして、私はついて行くことに決めた。
何より、ここでまた一人になるのは嫌だった。
私が「はい」と返事をすると彼はゆっくりと歩き始めた。
ふと足元に倒れている兵士たちを見ると、どうやら気絶しているだけらしく胸が上下していて少しホっとした。
三人はこの迷路のような町並みをちゃんと覚えているようだった。
ここの住人ではないはずなのに……。
そう疑問に思っていると、先を歩いていた子供たちが狭い小路に入って行った。続いてその道に入ろうとした、そのときだ。
「確か、連れがいると言っていたな」
背後にいたお父さんが低く言った。
「え?」
振り向いた瞬間、彼は持っていた棍棒を振り上げた。
――ガっ!!
そんな音に驚く。
棍棒に何かが深く突き刺さっていた。
私は目を見開く。それは見覚えのあるナイフだった。
「ラグ!」
私は思わず歓声を上げていた。
すぐそこの角にラグが立っていた。
でも彼のその表情を見て、喜んでいる場合ではないと慌てる。
「そいつをどこに連れて行くつもりだ!」
凄まじい形相で怒鳴るラグ。
(完全に勘違いしてるよー!)
棍棒に突き刺さったナイフを見て今更ながらにぞっとする。――彼は、お父さんの頭を狙ったのだ。
私はラグに向かい叫ぶ。
「ラグ、違うの!」
すると釣り上がっていた彼の眉がぴくりと顰められた。
「この人は私を助けてくれたの!」
そのとき子供達が不安げに小路から顔を出した。
それを見て、ラグは更に眉間の皴を深くした。
お父さんは棍棒からナイフを引き抜くと、そんなラグに向かって放り投げた。
それを器用に受け取ったラグが少し迷った後で鞘へと仕舞うのを見て、私はホッと胸を撫で下ろす。――と。
「カノンはいたのか!?」
そんな声と共にラグの後ろから姿を現した人物に私は驚く。
「セリーン!」
辺りは大分暗くなってきていたけれど、その赤毛はとても鮮やかに目に映った。
彼女の瞳が私を確認して安堵したように優しく細められる。
だがすぐにその視線は親子へと移った。
「あの時の、」
「あっ! あの時のカッコいいお姉さん!」
ラウト君がセリーンを指差し嬉しそうに言った。
そして「人を指差しちゃダメでしょ」とお姉ちゃんにまた小突かれてしまった。
私の横でお父さんが短く息を吐く。
「子供達を助けてもらった礼がしたい。……ついて来い」
そう二人に向けて言うと子供達とともに小路に入っていってしまった。
と、こちらに近づいてくる足音に気付いて私は顔を上げる。
「全くお前は……いきなりいなくなるな! どこ見て走ってやがったんだ!」
いつもの怒声が頭上から降ってくる。
でも不思議と、今はそれが怖く感じなくて……。
「無事で良かったじゃないか。そんなに心配なら手でも繋いでいろ」
その隣に立つセリーン。
まさか、もう一度会えるとは思っていなかった。
私が『銀のセイレーン』だと知っても、全く変わらないその態度がとても嬉しくて……。
「だ、誰も心配なんか……って!? お、お前また……っ!」
何より二人が並んだ姿を見て、一気に気が緩んでしまったみたいだ。
いつの間にか私の両目からはぼろぼろと涙がこぼれていた。
「貴様が頭ごなしに怒鳴るからだ。一人で不安だったろうに……」
慌てて涙を拭う私の頭をセリーンが優しく撫でてくれた。
バツが悪そうに舌打ちをするラグ。
……よかった。
また二人に会えて、本当によかった……!
「違うの、ごめん。急に安心しちゃって……。でも、どうして? どうしてふたりが一緒にいるの?」
私はどうにか涙の止まった顔を上げて二人に訊く。
するとラグの表情がぴくりと歪んだ。
「……あの野郎だ」
「え?」
「エルネストという男が私の前に現れたんだ」
「エルネストさんが……!?」




