23.赤い瞳の少女
――銀のセイレーン……?
「煩い! つべこべ言わずについて来いと言っているんだ!」
男の怒声と共に聞こえてくるのは子供の狂ったような泣き声だ。
「一体何の騒ぎだ?」
セリーンがそちらに足を向けたのをいいことに、私もその後に続く。
人だかりを半ば強引にかき分け進みながら、ドキドキとまた心臓が煩く鳴り出していた。
そして飛び込んできた光景に、私は我が目を疑った。
一人の大柄な兵士が少女の腕を掴み上げ無理やり地面を引きずっていた。
それを阻止しようと、10歳ほどの男の子が泣きながら兵士の足に食いついている。
そのあんまりな光景にも驚いたが、そんな中でも目を引くのは少女の容姿だ。
肌は褐色で白髪――いや、光の加減でそれは確かに銀色にも見えた。そしてその瞳はうさぎのように真っ赤だった。
「姉ちゃんを放せよぉ! 何も悪いことなんかしてないだろー!」
そう必死に叫び声を上げる少年もやはり褐色の肌。でも、髪と瞳は私と同じく黒だ。
そして二人の服装はこの国の人達のものとは明らかに違っていた。元は黒色だったのだろうその服は砂埃のせいですっかり白く汚れてしまっていた。
「闇の民か」
横でセリーンが苦い顔で呟いた。
「闇の、民?」
「あの娘、運が悪かったな」
「え?」
「闇の民は、ここからずっと南の大陸に住む民族だ。なぜこのランフォルセに来たのか知らんが……あの娘、処刑されるぞ」
「なっ!?」
私はセリーンの口から出た言葉に驚愕する。
「なんで! 銀のセイレーン、だから?」
「……闇の民は、昔この国と敵対関係にあった。未だ両国の溝は深い。銀のセイレーンというのは単に口実に過ぎないだろうな」
紡がれる言葉はあまりにも淡々としていて、ドクドクという心臓の音がいやに大きく聞こえた。
視線をゆっくりと少女に戻す。
日本で言う中学生くらいだろうか、まだ幼さを残した顔立ち。そんな少女が叫んでいる。
「だから違います! 私は、銀のセイレーンじゃ……」
「ならこの髪はなんなんだ! えぇ!?」
男は彼女の長い髪を強く引っ張り上げた。そのまま身体ごと持ち上げられた少女は顔を苦痛に歪ませる。
少女にそんな酷いことをしている兵士を誰も止めようとはしない。非難の声すら上がらない。
皆、彼女の運命をわかっているかのように顔に苦渋の色を浮かべ遠巻きに見つめているだけだ。
「やめろよー! 姉ちゃんは銀のセイレーンなんかじゃないよぉー!」
「煩い! 闇の民のガキがぁ!!」
必死に足にまとわり付いていた少年を、兵士は無残にも強く蹴り飛ばした。
――体が勝手に動いていた。
後ろでセリーンが何か叫んだ気がした。
私は少年の小さな体を受け止めようと手を伸ばす。
ドンっと私の胸に少年がぶつかってきた。そのまま地面に背中を打ち付ける。
少し息が詰まったが……どうにか彼のクッションになれたみたいだ。
舞い上がった砂埃のおかげで視界が悪い。
私は瞬きを何度もしながらすぐさま上体を起こして、ぐったりとした少年の体をその場に優しく横たわらせた。
少年はひゅっと息を吸い込み、直後激しく咳き込んだ。
「げほっ……げっ、うえぇ……っ!!」
同時に苦しそうに嘔吐する少年。おそらく胃の辺りを蹴られたのだろう。
(酷い……っ!)
私は溢れそうになる涙を抑えながら必死で彼の丸まった背中を摩っていた。
徐々に視界が開けてきて耳の感覚も戻ってくる。
辺りはシンと静まり返り、皆の視線が私に集中しているのがわかった。
先ほどのお祭り騒ぎは一体どこに行ってしまったのか、少年の咳だけが街に響いている。
だがその沈黙もすぐに破られる。
「娘、何のつもりだ。闇の民を庇い立てするのか?」
兵士の低い声が頭上から降ってくる。
私は答えない。
怒り、悲しみ、恐怖……あまりに色んな感情が交差しすぎて、言葉が出てこなかった。
「ほぉ? その肌の色。お前もこの国の者ではないな。こいつらの仲間か?」
「……ちがい、ます」
すでに胃液だけになったものを吐く少年を気遣いながら小さく口を開く。
「闇の民の味方をするなら、お前も同罪だぞ」
言われて、私は初めて兵士の目を強く見上げた。
「この子たちが、何をしたんですか」
搾り出した声は、掠れていた。
「闇の民が昔ここで何をしたのか、お前は知らんのか?」
「昔のことなんかどーでもいい! こんなに小さいのに……この子たちが何をしたんですか!」
私は怒りに任せて声を荒げた。
喉の奥が酷く熱い。頭が熱に侵されたみたいにガンガンする。
兵士の顔が見る間に赤く染まる。
「何だその口の利き方はぁ!」
その声とともに彼は掴んでいた少女の髪の毛を振り払うと、そのまま腰の剣に手をかけた。
傍らに倒れこむ少女。
ギラリと光る剣先が振り下ろされるのを見て、私はぎゅっと目を瞑る。
ガキーン!!
そんな甲高い音が間近に響いた。
恐る恐る目を開けると、目の前に赤毛の剣士がいた。
「セリーン!」
兵士の剣を自分の剣で受け止めたセリーンは、そのまま気合を吐いて相手の剣を薙ぎ払った。
瞬間バランスを崩しかけた兵士だったが、すぐに立ち直り突然現れた敵を睨みつける。
「……傭兵風情が、国兵に剣を向けたな」
「ふん、彼女は私の雇い主なんでな。守るのが私の仕事だ」
「ほざけぇ!」
怒鳴り声を上げ兵士は容赦なく攻撃を開始した。
「ラウト! ラウトしっかり!」
その声に振り向くと、いつの間にか少女が少年を抱き起こしていた。
少女のむき出しになった足は引きずられた痕で真っ赤だ。
ラウトと呼ばれた少年は少しは楽になったのか、少女に抱きついてわんわん泣き始めた。
周りにいる人たちの視線が剣を交えるセリーンたちの方へ集中している。
それは単に好奇の目だ。
それを見ながら、私の中に再び様々な感情が湧いてくる。
(これが、この世界の常識……)
一見平和そうに見えたこの世界。
しかし違った。
このレヴールにも向こうの世界と同じような悲しい歴史や差別、争いがあるのだ。
(こんなの、嫌だ)
私はゆっくり立ち上がると、スーっと息を吸い込んだ。




