22.港町ルバート
兵士たちもやって来る私たちに気づいたのだろう、胸を張りまっすぐにこちらを見据えた。
「なんだ? グラーヴェ兵とは珍しいな。カノン、そんなに怖がることはない。ちょっとしたチェックだろう。最近野盗どもが増えているからな」
セリーンは私が見慣れぬ兵士たちを見て怯えていると思ったようだ。
と、その時ラグがこちらを振り向いた。動揺するなとその瞳は言っている。
小さく頷いて私は足を進めた。
(大丈夫。あの時いた兵士とは限らないんだし)
そう自分に言い聞かせる。
そして、幸いにも彼らはあのとき城にいた兵士ではなさそうだった。
私やラグを見ても彼らは顔色一つ変えず、ただ事務的な台詞を口にした。
「何か身分を証明できるものはあるか?」
瞬間焦る。この世界で身分を証明するものなんて私は持っていない。
でもラグが面倒そうに胸ポケットから小さなバッジのようなものを取り出し見せると、彼らは酷く驚いたように顔を見合わせた。
「こいつは連れだ。それとそいつはセデで雇った傭兵。もういいだろ、急いでんだ」
ラグが不機嫌そうに言うと、兵士たちはひそひそと小さく耳打ちし合った。
「少年」「銀の」そんなような単語が聞きとれて肝が冷える。
(やっぱり、私たちを捜してるんだ……)
手に汗を握る。
と、兵士たちの視線が私に移った。
心臓を鷲掴みにされたような気がした。
「失礼する」
言うと一人の兵士が寄ってきて私の頭をジロジロと見下ろした。
私は俯いてぎゅっと目を瞑る。
酷く早いこの心臓の音が聞こえてしまうのではないかと気が気でなかった。
だが兵士は思いのほかすぐに私から離れ「よし、入れ」と偉そうに道を開けてくれた。
私はなるべく平静を装いラグに続いて兵士たちの前を通り過ぎた。
――まだ胸がドキドキとしている。
「貴様、ストレッタの術士だったのか……どうりで」
そのときセリーンが低い声で言った。
(ストレッタ?)
ラグは前を向いたまま何も答えない。
どこかで聞いた覚えがあると思ったら、数日前のあの野盗の頭がその名を口にしていたのだ。
――俺様はあのストレッタ出身の魔導術士なんだからな!
そしてラグがその野盗にキレたことを思い出す。
(ストレッタって何?)
そう訊きたかったけれど、なんとなく訊いてはいけない雰囲気だ。
ひとつわかったのは、やはりラグは凄い魔導術士らしいということ。
あの兵士たちの驚きようからして、おそらく相当に。
「しかし、あいつらはなんだったんだ? カノンの髪など気にして」
怪訝そうに言うセリーンに私は「さ、さぁ」と曖昧に答える。
「あぁ、そういえば銀のセイレーンが現れたとか噂になっていたな」
ドキーっと心臓が飛び上がった。
まさかセリーンの口からその言葉が出てくるとは思わなかった。
「それで兵が出ていたのか。嘘か本当か知らないが、迷惑な話だ」
溜息を吐いたセリーンに私は苦笑することしか出来なかった……。
大きな門を抜けて、まず人の多さに驚いた。
ここ数日ほとんど人気のない生活を送っていたせいか、驚くというよりその人口密度に圧倒されてしまった。
門からまっすぐに走る大通りにはいくつもの露店が軒を連ね、道行く人々を呼び込む声が盛んに響いていた。
買い物に勤しむ女性達、何やら言い合いをしているおじさん達、そしてその間を縫うようにして走り回る子供達。
あの城下町も同じくらい人が多かったが、城下町だけあって上品で落ち着きがあった気がする。それに比べ、このルバートはまるで祭りの最中のような活気があった。
先ほどの緊張も忘れて思わず感嘆の溜息が漏れる。
「大きな街だろう。ここには近隣諸国から人が訪れるからな。貿易の街とも呼ばれているんだ」
「へぇ~」
「観光に来たわけじゃねーんだ。さっさと行くぞ」
ラグに促されキョロキョロとさせていた視線を正面に戻し、私は目を見開く。
海が見えた。元の世界と変わらない、青い海だ。
ほぼ白で統一されたこの街の建物とのコントラストがとても美しく、そして眩しかった。
おそらく向こうに港があるのだろう。
何度目か露店の主人に明るく声を掛けられ、つられて笑顔になりながらもそそくさと通り過ぎる。
(貿易の街っていうより、商人の街って感じ……)
魚を焼いている露店の前を通ったときにはその美味しそうな香りにお腹がぐるぐると反応してしまった。
焦ってお腹を押さえたけれど街の喧騒に紛れ二人には気づかれずに済んだようだ。
(早く何か食べたいよ~。海鮮料理かぁ)
美味しそうな海の幸を思い描いて私はゴクリと唾を飲み込んだ。
しかしラグの言うとおり、ゆっくりしている時間はなさそうだ。
私達を捜している兵士達。
おそらく「異国の服を着た銀髪の少女」と「魔導術士の少年」の二人を捜しているのだ。
もしあの時ラグが少年の姿だったら危なかったかもしれない。
そして、私の髪が銀色になるのは歌ったときだけだとあの兵士たちが知っていたら……。
また胸がドキドキとしだして、私は自分を落ち着かせるために深呼吸をして潮の香りを体いっぱいに吸い込んだ。
――そんなときだ。
人ごみの向こうでただならぬ叫び声が上がった。
びっくりして視線をやると、その一角に人だかりが出来ていた。
なんだろうと気にはなったが、ラグが全く気にする様子なく進んでいくので私は仕方なくその場を通り過ぎようとした。
しかし、その直後耳に入ってきた悲痛な叫び声に私の足は止まった。
「違います! 私は銀のセイレーンなどではありません!」




