20.旅の仲間
それから間もなくして陽が沈み、今日はその場で野宿ということになった。
夜活発になるモンスターがいるため暗くなったらなるべく動かない方がいいのだそうだ。
そして明日は陽が昇ったらすぐに出発。
これまでの日常からは考えられない生活スタイルだが、これから慣れていかなくてはならないだろう。
(地面で寝るのも慣れなきゃなぁ……)
私は足元の土を何とはなしに踵で弄りながら溜息をつく。
野宿なんて、勿論初めての体験だ。
幸い今ここは過ごしやすい春のような陽気で陽が沈んでも昼間に比べて少し肌寒い程度だ。
ふと空を見上げると地球と変わらない月と、無数の星達が煌いていた。
灯りは無くても、その優しい光のお陰で前にいる相手の表情くらいは確認できた。
ラグは無事元の姿に戻り、セリーンも今は元のクールな彼女に戻っている。
ただ先ほどからラグを見ては大きな溜息を漏らしていて、その度ラグのこめかみ辺りがピクピクと痙攣していた。
「文句があるならさっさとセデに戻れよ。オレは解雇だと言ったんだ。勝手についてきたって金なんか一切払わねーぞ。ったく、セデで払った分も返してもらいたいくらいだ」
片膝を立て、携帯用の食料である乾し肉を齧りながらラグが念を押すように言う。
「心配無用だ。カノンはこれからも精一杯守る。それに報酬など、あの子にまた会えるのなら……」
私の傍らで胡坐をかいて座っているセリーンが淡々と続ける。
「寧ろくれてやるからあの子に会わせろ」
「ふざけんな」
そんな会話にまたも苦笑しつつ、私もラグからもらった干し肉を齧っていた。
何の肉かは敢えて訊かなかったが噛むたびに濃い味が染み出てきて一日中歩いて空腹だった私には十分な食事だった。
欲を言えばもう少し量が欲しかったけれど、ルバートに着くまでの辛抱だと自分に言い聞かせる。
「ねぇラグ、ルバートまではあとどのくらいかかりそう?」
「あー、この辺は目印になるもんがねーからなぁ。明後日あたりには着くんじゃねぇか?」
「明後日……」
ということは明日の夜も野宿決定だ。
またも口からこぼれる溜め息。
「早く着きてぇのはオレも同じだ。明日はもう少し急ぐぞ」
「うえぇ~」
我ながら情けない声を上げる。
昨日のようにマメが潰れるほどではないものの、まるで自分のものではないように足が重かった。
明日にはこの疲れが取れているといいけれど、ベッドもないこんな地面に座ったまま寝て、それは到底無理な気がした。
(あれ? そういえば……)
ブゥがまだ起きてこないことに気がつく。確か昨夜は今頃の時間にはふよふよと飛んでいたはずだ。
ちらりとラグの髪の結び目を見ると、やはりまだ翼をたたんでオネム中のよう。
もしかしたらいつもとは違う人の気配に気付いて警戒しているのかもしれない。
この世界でブゥのように人に懐くモンスターは珍しいのだろうか。
セリーンはまだその存在に気付いていないようだけど、気付いたら彼女はどうするだろう。
まさかいきなり斬りかかったりは――。
「っと、ちょっと離れるぞ」
急にラグが立ち上がって驚く。
「え? どこ行くの!?」
「……用足し」
半眼で言われて私は赤くなる。
「あれは、どこの術士だ?」
ラグの姿が草原の中に消えてすぐ、セリーンにそう訊かれて焦る。
「え? ど、どこって……?」
ラグがいない中、下手なことは言えない。
「いや、知らないならいい。……スマン、気にするな」
そしてセリーンはそれ以上口を開かなかった。
その後、戻ってきたラグの髪の毛にブゥの姿はなかった。きっと放してきたのだろう。
こんな草原ならブゥの食料になる小さな虫がたくさんいそうだ。
虫を追いかけるブゥを想像して私は小さく微笑んだ。
「おい、オレが先に寝るが、いいな」
「あぁ、眠くなったら容赦なく叩き起こすからな」
(あ、そうか。皆で寝ちゃったら危ないもんね)
「私も起こしてね」
自分だけずっと寝ているのも悪いと思い二人に言う。
「いいからお前は寝てろ。お前が見張りなんておちおち寝てらんねぇよ」
「うっ……」
「カノン、これが私の仕事だ。ゆっくり休め」
セリーンに優しく言われて、私は二人にお礼を言った。
……この二人と一緒でよかった。心からそう思った。
流石に一日中歩いたからか足を抱えて顔を埋めていると間もなくして睡魔がやってきた。
そして、私は安心して眠りに落ちたのだった。
――翌朝。
陽の光と、頬に当たる爽やかな風で私は自然と目を覚ました。
顔を上げ目を擦り擦り昨日と変わらない喉かな風景を眺めていると、「おはよう」 と声がかかった。
すぐ傍らに昨夜と変わらず胡坐を組むセリーンがいて、そのことにほっとする。
「おはようございます」
「良く眠れたようだな」
「あ、はい。お陰様で……。セリーンは眠れましたか?」
「あぁ。問題ない」
「ラグは、……まだ寝てるんだ」
寝ている彼に気付き小声で言う。
意外に思い私は頬杖をついて横になっているラグの寝顔を見つめた。
「明け方に一度代わったからな。もう少ししたら起きるだろう」
「そう、ですか……」
髪の結び目にはちゃんとブゥが逆さにぶら下がっていた。明け方戻ってきたのだろうか。
――そういえば、こんなにまじまじと彼の顔を見るのは初めてだ。
どちらかと言えば出会ってから顔よりもその背中をよく見ている気がする。
(へぇ……)
ここぞとばかりにじろじろと見る私。
まずその伏せられた睫毛が意外にも長いことに驚いた。眉は男らしくきりりと上がっているし、鼻筋は通っているし……。
お世辞でなく十分にイケメンなことに気づく。
(いつもあんなふうに怒ってばかりいなければいいのに……)
本人が聞いたら余計なお世話だとまた怒鳴られそうなことを考える。
それに今はいつも眉間に寄っている皺がないせいか、なんとなくあの可愛らしい少年の面影が見えた気がした。
きっとラグも子供の頃はあんなふうに可愛かったのだろう。
(あれで本当の子供みたいに無邪気に笑ったりなんかしたら、セリーンがまた大変なことになっちゃうんだろうな)
想像して私は小さく笑ってしまった。
と、ぱっとその青い瞳が開いてドキリとする。
「お、おはよう」
「……起きたんなら起こせよ」
開口一番、半眼で文句を言われてムっとする。
起き上がって伸びをするラグを見ながら私はぼそりと呟く。
「少しくらい笑えばいいのに」
「あ?」
「なんでもな~い」
私はそ知らぬふりで視線を逸らした。
風に揺れる草原風景を眺めながら、その時ふとエルネストさんの笑顔が頭に浮かんだ。
(うん。エルネストさんの笑顔はすごく素敵)
そこでラグが同じように笑った顔を想像しようとして、すぐに断念する。
(笑顔が想像できないって、ある意味すごいかも。……そういえば、エルネストさん昨日は出てきてくれなかったな)
やはりセリーンがいるからだろうか。
少し寂しく感じて、私は小さく息を吐く。
……でも、彼は私達を見守っていると言っていた。
その言葉を信じ、私は今日も頑張ろうと気合いを入れたのだった。




