14.気まずい夜
先ほどの二人の会話から薄々そうじゃないかと思ったけれど、私は大きな衝撃を受ける。
まさかあんなに綺麗で優しげな人がそんなことをするなんて……。
「お前を連れていけば呪いは解くと言ってるが、どうだかな……」
「なんでラグにそんなこと……エルネストさんてどこにいるの?」
「海を渡った先の大陸のどこかだ」
「どこかって……」
「肝心なところを教えやがらねーんだよ、あの野郎は! いつも時間がねぇとかほざきやがって」
確かにあの牢屋でも彼はすぐに消えてしまった。幽閉されていると言っていたから、その関係なのだろうか。
「絶対楽しんでやがんだ。いつもヘラヘラと笑いやがって……胸糞悪ぃ!」
ブツブツと愚痴るラグ。
(ヘラヘラって……あんな素敵な笑顔なのに)
と、ラグがこちらに視線を向けギクリとする。……口に出てしまっていただろうか。
「お前もあの野郎に会ってたんだな」
「え? あ、うん。あの牢屋にいたときに、今みたいに突然現れて」
「どんな話をした」
「えーと、幽閉されてるから助けて欲しいって。それで、助けたら元の世界に帰るための楽譜をくれるって言われて」
「ガクフ?」
「あ、曲のメロディ……流れとかが書かれたものなんだけど、それを歌えば帰れるって」
そうか。歌が不吉とされたこの世界では楽譜自体あまり知られていないのかもしれない。
そう思い簡単に説明すると、彼はハっと笑った。
「よくわからねーが、あんまり期待しないほうがいいぞ。あの野郎がそう簡単に帰すとは思えねーしな」
足元がグラつくのを感じた。
「……でも、ラグが助けに来ることも教えてくれたし」
小さく言う。
なんだか嫌な気分だ。……胸のあたりがモヤモヤする。
「オレは、銀のセイレーンはグラーヴェ城にいるとあの野郎に言われたから行ったんだ。誰かさんのお陰で呪いが解ける前に死にかけたけどな」
再び目を瞑ったラグを見ながら、私は知らずのうちに強く拳を握り締めていた。
そして……。
「お前覚悟しとけよ。あの野郎に会ったら何されるかわかったもんじゃねーからな」
「そんな言い方ないでしょう!?」
私のその大声にブゥが肩から飛び立った。
ラグの青い瞳が大きく見開かれる。
自分でも何でこんな大声が出てしまったのかわからなかった。
ただラグが、あまりにあの人を悪く言うから。
「私はエルネストさんに会って楽譜をもらって、元の世界に帰るの! だから私は彼を信じる。……信じるしかないの!」
いつまた崩れてもおかしくない足元を揺らして欲しくなかった。
エルネストさんはこの世界で見つけた唯一の光だったから。
その光を消して欲しくなかった。
でも、私はすぐに我に返る。
――酷く冷たい、ラグの視線。
途端どうしようもなく恥ずかしくなって、一気に顔の熱が上がる。
「勝手にしろよ。オレはこの呪いが解けりゃそれでいいんだ」
素っ気なく言って、ラグはこちらに背を向けた。
私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
ブゥが、そんな私達を心配そうに見下ろしていた……。
その後、結局一言も交わすことなく私もベッドに横になった。
静けさが訪れて、少し後悔する。
(ラグ、あんなに呪いのこと嫌がってたのに……エルネストさんのこと悪く言ってもしょうがないよね)
私は勇気を出して、まだ小さな背中に向かい「ごめんね」と謝った。
もう寝てしまったかもしれないけれど、明日大きな姿に戻ったラグにはもっと言いづらいと思ったから……。
彼からはなんの反応も返って来なかったけれど、それでも私は少しすっきりして途端沈むように深い眠りに入っていった。
「おい、起きろ!」
その声で一気に夢から引きずり出される。
急いで起き上がるとベッドの足元で朝から不機嫌そうな大きなラグがこちらを睨むように見下ろしていた。
「おはよう……ございます」
気まずいながらも寝起きの掠れた声でとりあえず朝の挨拶をする。
「先に下の食堂行ってるから早く来いよ」
ラグはそう言って、すぐに部屋から出て行ってしまった。
階段を下りていく足音を聞きながら、私は朝から溜息を吐く。
小鳥の囀りが聞こえ、カーテンの隙間からは眩しい陽の光が漏れていた。
――この世界に来て、二度目の朝だ。
「いたっ」
ベッドに腰掛け髪の毛を結っていると、腕に小さく痛みが走った。
袖を捲ってみれば、昨日山の中で出来たものだろうか、小さな切り傷を発見してしまった。
「……こんなのすぐに治る治る!」
今はこんな傷いちいち気にしてなんていられない。
しかし、そこでふと思いつく。
(そういえば、私にも治せるのかな)
昨夜ラグにそんなようなことを言われたことを思い出した。
――怪我を治す歌。
と言えば、昔よくおばあちゃんが歌ってくれたあの懐かしい“まじない歌”しか浮かばなかった。
私は昨夜のラグのように傷口を手で押さえながら小さく息を吸い込む。
「ちちんぷいぷい いたいのいたいのとんでゆけ~」
治らなくても、せめて痛みだけでも……そう願いつつ短く歌い終え、ドキドキしながら手を離してみる。――が。
「……ダメかぁ」
傷は先ほど見た時と何も変わらず、触れれば小さく痛みが走った。
そう上手くはいかないようだ。
髪の毛も銀には変わっていない。
(それにしても、この歌をこんなに真剣に歌うなんて……)
後から恥ずかしさが込み上げて来て、ひとりのときで良かったと苦笑する。
「と、早く行かないとまた怒られる!」
急いで身支度を終わらせ部屋を出ようとして、思わぬところでブゥを発見した。
部屋の隅に置かれた観葉植物の葉の裏にぶら下がっておねむ中だったのだ。
つい笑みがこぼれる。
(和み系だよね、ブゥって)
起こしてしまわないように私は静かに部屋を出た。




