12.宿屋
「お姉さん、ありがと~!」
その声に顔を上げると、前方の家の戸口でこちらに大きく手を振る少年がいた。ラグの変身後の背格好と同じくらいの子だ。
隣では母親らしき女性がお辞儀をしている。
と、こちらに向かって歩いてきていた人物が振り返り、少年に応えるように手を振った。
少年が「お姉さん」と言っていたから女性なのだろう。でも。
(背、高いなぁ~)
目の前にいる長身のラグとそう変わらないように見える。
こちらに向き直った女性は再び歩き出し、私たちとすれ違った。
「!」
私は思わず振り返り、その女性を目で追ってしまった。
彼女は先ほどの店にいた傭兵たちと同じような格好をしていたのだ。
これまでに見たこの世界の女性と比べて露出度の高い動きやすそうな服。その上に軽そうな防具を纏っていた。
そして、その背には大振りの剣。
しかも暗くてしっかりは見えなかったけれど、かなりの美人だったような気がする。
「ねぇラグ!」
「あ?」
面倒くさそうにラグがこちらを振り返る。
「今の女の人も傭兵なのかな?」
「……だろうな」
ラグが彼女の方を見ながら言う。
「ねぇ、あの人に頼めないかな!?」
自分でも興奮しているのがわかる。
傭兵は先ほどの店にいたような、いかつい男性しかいないと思っていた。
女性で傭兵をやっている人がいるなら是非お願いしたい。……でも。
「は? 冗談じゃねぇ。女傭兵なんて弱ぇに決まってんだろ」
一蹴されてしまい私は肩を落とした。
「さっきの奴等に頼んだ方がまだマシだ」
……確かに、先ほどの男の人たちと比べてしまうのは酷かもしれない。
私が諦めの溜息を吐いていると、ラグが不機嫌そうに続けた。
「オレはなるべくなら術は使いたくねーんだ。だから追っ手やモンスターに遭遇しちまった時、オレたちふたりを守れるくらい強い奴じゃないと意味がねぇ」
「そっか。そうだよね」
(私の歌も、まだ当てにならないもんね……)
と、そこでハタと気付く。
(傭兵を雇ったら、その人にも私が銀のセイレーンだってことは内緒にしてなきゃいけないんだ)
またしても大きな溜息が漏れてしまった。
(宿屋……だよね)
その店の看板には枕らしきものが描かれていた。
「いらっしゃいませ」
中に入るとカウンターの向こうにいた初老の女性が笑顔で迎えてくれた。
女将さんだろうか。
ふくよかな身体に白いエプロンを着けたその姿は、優しいお母さんという雰囲気でなんだか心がほっと安らいだ。
「一室頼む」
「はいはい。旅のお方だね。今日はゆっくりとお休みくださいな」
言いながら女将さんはラグに鍵らしきものを手渡した。
「上がってすぐの部屋だよ」
「あ、はい!」
カウンター横にある階段をさっさと上っていくラグの代わりに私が返事をすると、女将さんはにっこり笑ってくれた。
(やっと休める~)
しかし、ラグの背中を見上げながら階段を半分ほど上ったところで、私はハタと気付いた。
(ちょっと待って。同じ部屋ってこと!?)
今までの人生で家族以外の異性と同室で、しかも二人きりで寝たことなど一度もない私は妙な焦りを感じた。
(で、でも別々の部屋がいいなんて言える立場じゃないし……って、私何考えてるの!)
そうだ。彼は昨日から何度も助けてくれた、いわば恩人。
その彼を変に意識するなんて、自意識過剰もいいところだ。
二部屋取ったらきっと倍のお金が掛かるのだろうし、何があるかわからないこの世界ですぐ側に居てくれるのは寧ろありがたいくらいだ。
(そ、そうだ! 子供の方のラグが本物だと思おう!)
私はそう思い込むことに決め、ラグの後に続いてその部屋に入った。
「ブゥ、もういいぞ」
私がドアを閉めると後ろでラグの声がした。
(あ、そっか。ブゥがいたんだっけ)
すっかり彼の存在を忘れてしまっていた。
……なんだか、ものすごく恥ずかしい。
と、ブゥがふわふわとこちらに飛んできて、私の頭に舞い降りた。
重さは全く感じない。微かに髪の毛から動きが伝わってくるくらいだ。
「お疲れ様。ずっとポケットの中で疲れたでしょ?」
なんだか懐いてくれたようで嬉しくなった私は目線だけ上を向いて話しかける。
ブゥは「ぶ」と一言答えてくれた。「そんなことないよ」とか言っているのだろうか。
そのときラグが驚いたような顔でこちらを見ていることに気付いた。
「何?」
「いや、ブゥが他の奴の頭に乗るのなんて初めて見たから……」
「そうなの?」
それを聞いて更に嬉しくなった私は手を伸ばしブゥの白い身体を優しく撫でた。
「ブゥって何を食べるの? お腹すいてない?」
「そいつはそこらへんに飛んでる虫を勝手に食べるから大丈夫だ」
言いながらラグは手前にあったベッドに背中からダイブした。
「あー、疲れた。今日はとことん寝てやる」
すでに目を瞑っているラグを見て気付く。
そういえば、昨夜彼は気を失っている私を抱えて山の中をずっと歩き通しだったのだ。
改めてお礼を言わなければと口を開きかけた、そのときだった。
「まだ寝ないでくれるかな」
唐突に聞こえたこの場にはいないはずの人の声に、ラグはがばっと起き上がり、私もすぐに声のした方に視線を向けた。
「エルネストさん!」
部屋の奥の窓際に、あの時と同じように金髪の彼が浮いていた。
「良かった。無事に脱出できたようだね」
優しく微笑むエルネストさん。
その綺麗な笑顔に一気に胸がいっぱいになる。――しかし。
「テメェ……! 何が良かっただ!!」
凄まじい怒声に驚き見ると、ラグが実態のない彼を今にも掴みかからんばかりの形相で睨みつけていた。
ブゥもそんな相棒にびっくりしたのか私の頭から転がり落ちてきて慌てたように肩に留まった。
(な、何!?)




