第6話 AIは彼女に「帰れました」と言わせた
天城セイジからのメッセージは、消えなかった。
久我蓮は、画面を閉じた。
それから、もう一度開いた。
――メッセージ――
〉そのログを持っているなら、君もこちら側に来られる。
〉彼女を伝説にしたいなら、黙っていろ。
文字は同じだった。
保存する。
スクリーンショットを取る。
受信時刻を別ファイルに書き出す。
端末ごと複製する。
久我の手順は、いつも通りだった。
怒るより先に、残す。
泣くより先に、復元できる形にする。
消される前に、別の場所へ置く。
それが安全管理の仕事だった。
いや、もう仕事ではない。
久我は解雇されていた。
それでも、やることは変わらなかった。
白河レナの音声ファイルは、暗号化したフォルダに入っている。
『久我さん。私、まだ帰れてない』
再生はしなかった。
何度も聞けば、自分が壊れる。
それもある。
だが、それより大きい理由があった。
この声は強すぎる。
出せば、すべてがそこへ吸われる。
泣き動画になる。
切り抜きになる。
怒りの燃料になる。
偽物だと叩かれる。
本物だと騒がれる。
どちらにしても、白河レナの声は証拠ではなく商品になる。
彼女は、まだ帰れていない。
それを、また消費させるわけにはいかなかった。
久我は音声ファイルを閉じた。
その三分後、オーロラゲート公式チャンネルが配信待機枠を立てた。
タイトルは短かった。
白河レナ追悼配信。
*
追悼配信の待機画面は、白かった。
白河レナの名前。
生年。
探索者登録番号。
所属事務所。
代表的な攻略実績。
その横に、彼女の写真が映っている。
笑っている写真だった。
戦闘中ではない。
控室でもない。
事務所のスタジオで撮られた、きれいな宣材写真。
光の当たり方が柔らかい。
髪の流れも整っている。
白い探索スーツには、汚れひとつない。
同時接続者数は、開始前から五十万人を超えていた。
コメント欄は、ゆっくり流れていた。
――コメント欄――
《レナ様ありがとう》
《まだ信じられない》
《帰ってきてほしかった》
《泣いてる》
《仕事休んだ》
《全員で見送ろう》
《久我だけは許さない》
《今日は名前出すな》
《でも許せない》
《レナ様を返して》
久我はコメント欄を切った。
見なくても分かる。
配信開始時刻になった。
画面が切り替わる。
黒い背景。
白い花。
中央に天城セイジ。
天城は、昨日の会見と同じ黒いスーツを着ていた。
目元は赤い。
声は抑えられている。
「本日は、白河レナを偲ぶためにお集まりいただき、ありがとうございます」
間があった。
短い。
計算された短さだった。
「彼女は、最後まで探索者でした」
昨日も聞いた言葉だった。
「仲間を先に帰し、自分は最後に帰ろうとした。白河レナが大切にしていたものは、勝利ではなく、帰還でした」
久我は画面を見ていた。
言葉は間違っていない。
だから気持ちが悪かった。
間違っていない言葉を、間違った場所に置いている。
天城が軽く頭を下げる。
続いて、仲間探索者たちの追悼コメントが流れた。
涙をこらえる者。
言葉に詰まる者。
短く「ありがとう」と言う者。
何度も鼻をすすりながら、レナとの思い出を語る者。
そこに嘘はなかった。
少なくとも、泣いている人間の涙は本物に見えた。
だから余計に、周囲の整い方が目立った。
映像の切り替えが滑らかだった。
字幕の出方がきれいだった。
写真の選び方に迷いがなかった。
背景音楽は泣かせにきているが、泣かせすぎない。
追悼映像として、完成度が高すぎた。
事故から、まだ二日も経っていない。
久我は再生バーを見た。
配信は生放送だ。
だが、途中に挟まる映像は明らかに編集済みだった。
白河レナ、初配信。
白河レナ、初の中層突破。
白河レナ、S級認定。
白河レナ、全員生還率一〇〇パーセント達成。
節目の映像が、きれいに並んでいる。
彼女が「帰ること」を語った場面だけが、丁寧に切り出されていた。
偶然にしては、素材の選び方が揃いすぎていた。
久我はメモを取った。
追悼映像、完成度高。
素材切り出し、事故前提に見える。
ナレーション、過去形中心。
公開までの時間、異常に短い。
画面では、スポンサー企業の追悼文が流れた。
探索者支援飲料。
装備メーカー。
通信会社。
ダンジョン保険。
健康管理アプリ。
大型配信の協賛企業。
どれも文面が整っていた。
白河レナ氏の勇気を忘れません。
探索者の安全向上に尽力します。
彼女の意志を未来へつなぎます。
そして、天城が再び画面に出た。
「白河レナの声を、未来に残します」
久我の手が止まった。
天城は、静かに続ける。
「生前の本人許諾に基づき、白河レナの声とメッセージを後世へ残す、AI音声メモリアル企画を開始いたします」
画面に、柔らかいロゴが出る。
[画面]RENA MEMORY PROJECT
[画面]白河レナの声を未来に。
久我は、口の中が乾くのを感じた。
早い。
早すぎる。
画面下部には、限定追悼グッズの告知も出ていた。
白河レナ追悼アクリルスタンド。
メモリアルブック。
未公開写真集。
限定ボイスカード。
収益の一部は探索者安全基金へ寄付。
その中に、小さな告知枠があった。
[画面]AIボイスカード第一弾。
[画面]収録予定メッセージ。
『今日も、ちゃんと帰れましたね』
久我は、その文字を見た。
白河レナが言いそうな言葉だった。
彼女の声で再生されれば、泣く人間は多いだろう。
だが久我の手元には、別の声がある。
『私、まだ帰れてない』
彼女の本当の声は、まだ暗号化されたフォルダの中にある。
画面の中では、AI音声メモリアルが告知されている。
白河レナの声を未来に残す。
美しい言葉だった。
美しすぎて、吐き気がした。




