第58話 死亡確認根拠、不成立
玄関の外で、鍵の開く音がした。
ドアの向こうで職員の声がする。
「緊急保全命令です。配信設備を停止します」
ナツが舌打ちした。
「出た。安全のためってやつ」
久我は画面から目を離さなかった。
「安全なら、帰還確認まで待てます」
「強制停止に移行します」
ナツが叫んだ。
「あと三分、もたせる。ミラー、切られても続ける」
黒峰もすぐに言った。
「こちらでも同一画面を保持します。切られても、検証ログは残します」
久我は、返事をしなかった。
死亡処理システムへ接続する。
管理者権限はない。
だが、公開ログがある。
複製がある。
ミラーがある。
同じ画面を、政府も公社も企業も見ている。
死亡処理システムの端に、新しい表示が出た。
公開ログ競合
久我は、その赤い文字の上に次の証拠を重ねた。
白河レナ
死亡確認済み
解除要求
理由:本人証言あり/生体反応継続/帰還座標復元中/死亡確認根拠不成立
システムが警告を出す。
権限不足
公社承認待ち
法務確認待ち
政府緊急停止命令
ハルカが割り込んだ。
「死亡確認根拠、不成立」
彼女は、死亡確認書の偽造証明を重ねる。
「死亡確認が成立しないなら、帰還対象外判定は維持できません」
画面に、新しいエラーが出た。
死亡確認根拠:不成立
帰還対象外判定:維持不能
帰還路候補安定率:四十二パーセント
帰還可能座標安定限界
残り:八分三十六秒
久我が入力する。
状態変更
死亡済み→未帰還
帰還対象へ
羽村サキ
死亡推定
遺体回収不能
調査終了
解除要求
理由:身体情報データ不正保管/生体反応断片あり/家族確認あり/帰還座標断片復元
状態変更
未帰還
帰還対象
低ランク探索者
配信者。
裏方スタッフ。
支援員。
すべてが成功するわけではない。
赤い表示も出る。
生体反応断片なし。
帰還座標不足。
身体復元不能。
帰還不可
久我は、それも消さなかった。
戻れない人がいる。
それを、もう隠してはいけない。
ハルカが言った。
「帰れない人も、死亡処理で終わらせない。未帰還。記録回復。死因再調査」
「了解しました」
久我は処理を走らせた。
死亡確認。
死亡推定
調査終了
追悼固定
帰還対象外
それらの赤いラベルが、画面上で一つずつ剥がれていく。
未帰還
帰還対象
記録復元。
家族通知。
死因再調査
死亡処理システムが、悲鳴のようにエラーを吐く。
権限不足
公開ログ競合
状態不整合。
死亡確認根拠不成立。
帰還対象再登録
ナツが叫んだ。
「死亡固定記録、遮断。追悼アーカイブから帰還観測用に切り替えます」
黒峰が続ける。
「誤情報タグを停止。死亡済みではなく、未帰還。帰還対象として表示してください」
ドアが開く音がした。
公社職員の靴音が、部屋の入口で止まる。
久我は振り返らなかった。
配信画面に、保存完了の表示が重なる。
全ログ公開検証
ミラー保存済
改ざん検知用ハッシュ公開済
未帰還者リスト:外部保存済
職員が何かを言いかける。
その前に、死者たちの階層で黒い街が割れた。
*
上からではない。
下から光が差した。
レナは、崩れる路面の上で未帰還者たちを見た。
全員は無理だ。
それは、見ただけで分かった。
輪郭が戻った者。
名前が濃くなった者。
足元に白い線が立った者。
その一方で、まだ声だけの者がいる。
名前だけが戻った者がいる。
体の形を持てない者がいる。
サキが、震える手を握った。
「私、帰れるの」
レナは、久我の画面から流れてくる座標を見た。
「帰還対象です」
「久我さんみたいな言い方」
「今は、それが一番強いです」
最初の帰還路が開いた。
白い光ではない。
細い線だった。
たくさんの画面から伸びた線が、一本の道になっている。
家族の声。
古い動画。
保存されたスクショ。
訂正された誤情報。
死亡ではなく未帰還という表示。
それらが、帰り道になった。
一人目が踏み出す。
低ランク探索者の男。
ほとんど誰も覚えていなかった。
だが、兄が古いスマホに残していた動画を出した。
光の中に消える。
久我の画面に表示。
帰還確認
コメント欄が爆発しかける。
ナツが叫ぶ。
「騒ぎすぎない。次がある。帰還ログ見て」
二人目。
裏方スタッフ。
カメラケーブルを持ったまま、足元が薄い。
救助隊側の映像に、倒れ込む姿が映る。
帰還確認
三人目。
羽村サキ
サキは、レナを見た。
「先に行く」
「はい」
「あんたも来るよね」
「行きます」
「今の言い方、信じるから」
サキは、白い線へ足を乗せた。
その瞬間、羽村家の画面で、赤いマグカップが小さく揺れた。
誰も触れていない。
母親が、息を止める。
父親が、名前を呼ぶ。
「サキ」
救助拠点の簡易ゲートに、細い光が落ちた。
人が倒れ込む。
痩せている。
髪は乱れている。
すぐに話せる状態ではない。
だが、指が動いた。
ハルカが確認する。
「羽村サキ。生体反応あり。帰還確認」
羽村家の母親が、口を押さえた。
泣き声は配信に乗らなかった。
ナツが音量を落としていた。
見せ物にしないために。
掲示板には、短い言葉だけが流れた。
サキ帰還
羽村サキ帰還確認
赤いマグカップの人
よかった
でもまだいる
泣くな、次
帰せ
次々に、帰還者が出る。
全員ではない。
途中で、赤い表示が出た。
帰還不可
名前は戻った。
事故記録も戻った。
だが、身体が戻らない。
その未帰還者の家族が、配信越しに言った。
「それでも、名前を戻してください」
ハルカが、静かに答える。
「戻します。死亡処理では終わらせません」
久我は、その人の記録を保存した。
未帰還
帰還不可
死亡処理解除
死因再調査
家族通知済
苦かった。
だが、嘘ではない。
そして最後に、白河レナの帰還路が立った。




