表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/60

第57話 私は、帰されなかっただけです

 その時、画面全体に白いノイズが走った。


 天城の枠も、政府会見の枠も、久我のログ画面も、一瞬だけ薄くなる。


 死者たちの階層の映像が、中央に割り込んだ。


 黒い街

 崩れた壁

 空のない天井


 白河レナが立っている。


 白い探索スーツは汚れていた。

 肩には裂け目。

 頬には血の跡。

 髪は乱れ、呼吸は浅い。


 追悼映像のレナではない。


 宣材写真のレナではない。


 帰ろうとしている探索者だった。


 背後には、羽村サキ。

 さらにその後ろに、顔の薄い未帰還者たち。


 レナは、カメラを見た。


 全国の画面が、その目を見た。


「私は死んでいません」


 コメント欄が止まった。


 完全に止まったわけではない。

 ただ、誰も軽口を書けなかった。


 レナは続けた。


「久我さんは、私を殺していません」


 久我の指が、一瞬だけ止まった。


 キーボードの上で。


 それでも、手を下ろさなかった。


 レナの声は、震えていなかった。


「私は、帰されなかっただけです」


 その三文が、全国の画面に残った。


 次の瞬間、コメント欄が爆発した。


 本人だ

 これ本人だろ

 レナだ

 久我さんは殺してません、来た

 公式死亡確認、完全に終わった

 泣くな。まだ帰ってない

 帰せ

 帰せ

 帰せ

 白河レナ未帰還

 白河レナ帰還対象


 黒峰が、深く頭を下げた。


「私は、白河レナを殺した男という表現を撤回します」


 画面に、かつての断罪配信タイトルが映る。


 白河レナ事故、久我蓮の責任を考える


 黒峰は続けた。


「この配信で確認された事実は逆です。久我蓮氏は、白河レナを帰すためにログを残し続けた人間です。そして、今も帰そうとしている」


 コメント欄に、同じ言葉が広がる。


 殺した男じゃない

 帰すために残した男

 帰した男にしろ

 まだ帰ってない

 帰還確認まで行け


 レナは、崩れる足場の上で振り返った。


「サキさん。番号、見えますか」


 羽村サキは、自分の腕を見た。


 薄かった輪郭が、少し濃くなっている。


「見える。少しだけ」


「消えかけている人から前へ。歩ける人は支えてください。私は最後に――」


「だめ」


 サキが言った。


「その顔で最後って言うな。あんた、また残る気でしょ」


 レナは少しだけ笑った。


「全員で帰るためです」


「全員で帰るって、自分を抜く意味じゃない」


 レナは言葉に詰まった。


 その声が、久我の画面にも届いていた。


 久我は、マイクを入れた。


「白河さん」


「はい」


「帰すのが俺の仕事です」


 レナの目が揺れた。


 事故前の控室で聞いた言葉だった。


 ただし、今度は控室ではない。

 帰還前の縁起担ぎでもない。


 死者たちの階層の崩壊点で、全国が見ている。


 久我は続けた。


「まだ、終わっていません」


 レナは、短く息を吸った。


「久我さん。帰還確認、お願いします」


「はい」


 久我は、未帰還者データを開いた。


     *


 未帰還者リスト


 死亡者名簿ではない


 ハルカが最初にそう言った。


「死亡者名簿じゃない。未帰還者リスト。名前を呼ぶなら、間違えないで」


 久我は、公開許可のある記録、家族許可のある記録、事故ログ上の帰還座標断片が残っている記録を順番に出した。


 羽村サキ

 D級探索者

 三年前:中層下部未帰還

 死亡推定処理済

 生体反応断片:微弱

 帰還座標断片:あり


 次。


 無名に近い低ランク探索者。

 古い事故スレにだけ名前が残っていた男。

 帰還前に、母親へ土産を買うと話していた映像。


 次。


 帰ってこなかった配信者。

 再生数は少ない。

 だが、毎月一件だけコメントがあった。


 まだ待っています


 次。


 事故死扱いされた裏方スタッフ。

 配信者ではない。

 カメラ調整のために深層へ入っていた。

 名前は、エンドロールの端にしかない。


 次。


 名前すら公式記録に残らなかった支援員。

 装備番号と声だけがある。

 家族確認中。


 ナツは、作業画面で叫ぶように言った。


「切り抜き師、今日は名場面じゃなくて帰還点を切れ。死に様じゃない。帰る前の顔。名前。登録番号。最後に食べたいって言ってたもの。家族が許可した記録だけ」


 黒峰は大手配信の画面で、誤情報を止める。


「未確認の名前を流さないでください。公開許可のあるリストだけを見てください。久我氏を信じろではありません。全証拠を同じ画面で見てください」


 掲示板が動いた。


【募集】古い事故配信・ミラー動画・スクショ

【注意】名前を間違えるな

【整理】死亡ではなく未帰還

【確認】死に方じゃなくて帰還前の映像

【重要】家族許可なしの個人情報を貼るな

【羽村サキ】赤いマグカップの人

【裏方】エンドロール端の名前、拾った

【低ランク】D級だからって消されていいわけない

【帰還対象】生体反応断片あり


 羽村家の古いノートPCが映った。


 母親の手が、キーボードに置かれている。


 食卓には、赤いマグカップ。


 父親が、ゆっくり名前を読んだ。


「羽村サキ」


 母親も続けた。


「羽村サキ。死亡ではなく、未帰還」


 その声が、配信に乗る。


 死者たちの階層で、サキの足元に白い線が走った。


 サキが息を止める。


「今、家の声がした」


 レナがうなずく。


「来ています」


 別の画面では、第二事故で救われた探索者が言った。


「俺たちも読みます。助けられた側だから」


 また別の画面では、黒峰のコメント欄が、未帰還者の名前を一つずつ訂正している。


 漢字が違う。

 登録番号違う。

 その人は死亡確認済みじゃない。死亡推定。

 未帰還者リストに戻せ。

 帰還対象


 ナツの保存フォルダが、次々に開く。


 昔の小さな配信。

 画質の悪いミラー。

 誰かが保存していたスクリーンショット。

 事故スレの古いレス。

 家族が毎年誕生日に残したコメント。


 それらが、久我の画面で座標に変わっていく。


 強い杭ではない。


 細い糸だった。


 だが、糸が何本も束になる。


 死者たちの階層で、足場が光った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ