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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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56/58

第56話 帰還路ではなく、落とし穴

 メイズリンク社の映像へ移る。


 左。

 メイズリンク広報


『当社の帰還補助装置に、そのような欠陥は存在しません』


 右。

 欠陥実験映像


 被験者が帰還ゲートに入る。

 白い光

 帰還先のずれ

 実験室の警告音

 画面端のメモ


 報告不要


 久我は、馬場ケンジの欠陥報告を出した。


 提出日

 大型配信イベント前

 指摘内容


 特定条件下における帰還座標逸脱

 外部モジュール経由時:登録番号不一致

 帰還先:正規ゲート外へ滑走


「馬場ケンジさんは、納品前に欠陥報告を出していました」


 ナツが画面を操作する。


 報告ステータス


 差戻し

 再提出要求

 優先度低

 イベント後確認


「大型配信イベントに間に合わせるために、欠陥は潰されました」


 黒峰が一般視聴者向けに言う。


「簡単に言うと、帰り道をまっすぐ戻すはずの装置が、横へ滑らせる状態でした。それを知っていたのに、使わせた可能性があります」


 コメント欄が再び燃える。


 メイズリンク終わりだろ

 欠陥じゃなくて機能に見えてきた

 座標退避モジュール?

 帰還対象外に落とす部品?

 馬場さん、まだ行方不明なんだよな

 報告潰されたの、ここでつながるのか


 久我は、馬場本人の行方には踏み込まなかった。


 今は、証拠の焦点をずらさない。


「馬場さんの安否は、確認できていません。ただし、彼の報告は残っています。報告は、事故前にありました」


 残ったものだけを出す。


 残っていないものを、断定しない。


 それが久我のやり方だった。


 画面端で、帰還路候補の安定率が一つ上がる。


 十七パーセント

 二十一パーセント


 欠陥実験映像が示した座標ずれの角度が、死者たちの階層側の黒い道と重なった。


 ナツが息をのむ。


「これ、ずらされた先とつながってる」


「はい」


 久我は短く答えた。


「帰還路ではなく、落とし穴として使われていたものです。逆にたどります」


     *


 次に、地方大型ダンジョンで起きた第二事故の映像が流れた。


 第二事故


 地方大型ダンジョン

 閉じ込められた風穴ランナーズ

 公社発表


『該当区域に生存者は確認されていません』


 その横で、久我の配信画面。


『そこではありません。下層の反響が違います。救助隊は、左の縦穴を開けてください』


 救助隊のカメラが映る。


 瓦礫

 白い粉じん

 開いた穴

 奥から出てくる探索者


 そのうちの一人が、今回の配信に証人として入っていた。


「俺たちは、公式発表ではいないことになっていました。久我さんの配信を見た救助隊が、別ルートを開けてくれた。そこで助かりました」


 黒峰が静かに言う。


「久我蓮は、ただの告発者ではありません。実際に帰還不能事故で人命を救っています」


 久我は何も言わなかった。


 自分で言うことではない。


 ナツが、次の音声を出した。


『そこじゃない。下にいる』


 白河レナの声。


 第二事故現場を指した声。


 画面が、死者たちの階層へ切り替わる。


 暗い街

 壁に埋まった配信画面

 コメントが影になる場所


 白河レナが立っている。


 背後に、羽村サキたちがいる。


 レナの生存ログ


『久我さん。私は生きてる』

『でも、私だけ帰るわけにはいかない』

『ここには、死んだことにされた人たちがいる』


 コメント欄が、また止まった。


 今度は、泣くためではない。


 見る方向を変えるための沈黙だった。


 久我の画面で、帰還路候補の表示が変わる。


 第二事故救助映像

 生存者発見

 帰還ルート補正成功


 安定率:二十六パーセント


 帰還可能座標安定限界

 残り:十三分五十八秒


     *


 久我は、死亡ビジネスの資料を出した。


 白河レナ死亡後三年間の収益予測


 画面左には、レナの笑顔のサムネイル。


 画面右には、売上予測グラフ。


 追悼グッズ

 限定アーカイブ

 AI音声メモリアル

 追悼ライブ

 スポンサー契約整理

 死亡保険

 ダンジョン安全保障法関連事業


 ナツが低く言った。


「事故前から、死んだ後の商品が準備されていました」


 AIボイスカード第一弾


『今日も、ちゃんと帰れましたね』


 その下に、久我が持っていた本物の音声。


『私、まだ帰れてない』


 二つの音声タイトルだけが並ぶ。


 再生はしなかった。


 久我は言った。


「AI音声メモリアルは、白河レナの声を残す企画と説明されました。しかし実際には、白河レナを死亡済みの声として日常に固定する装置でもありました」


 黒峰が補足する。


「追悼配信、アーカイブ販売、限定グッズ。全部が、彼女を過去形で見続ける仕組みになっていました」


 久我は、資料の下段を拡大した。


 RENA MEMORY PROJECT

 追悼固定記録連携

 監修:天城セイジ


 ナツが低く息を吸った。


「天城、ここにもいる」


 久我は言った。


「白河レナさんを伝説として固定する仕組みに、天城セイジ氏の監修記録があります」


 その時、別窓が開いた。


 天城セイジ


 招待していない。

 だが、彼は自分の配信枠から割り込んできた。


 画面上の姿は、崩れていない。


 黒いスーツ

 静かな顔

 整った声


「久我くん」


 コメント欄が荒れる。


 天城きた

 逃げないのか

 ここで来るのかよ

 強すぎるだろ

 最低だけど小物じゃない


 久我は、天城の枠を画面右上に置いた。


「発言を記録します」


「もちろん」


 天城は微笑した。


「君は正しい。資料は本物だ。数字も、ログも、ほぼ正しい」


 ナツが息をのむ。


 天城は続ける。


「だが、君は一つを見ない。都市だ」


 画面に、首都地下の異常映像が流れる。


 新宿駅地下

 存在しない階段

 避難する人々

 壁に映る死者たちの配信画面


「白河レナは、都市の深層を固定していた。彼女が死んだ伝説として社会に置かれていたから、首都ダンジョンは地上へ漏れずに済んでいた」


 天城の声には、怒りがない。


 それが嫌だった。


「久我くん。君は、一人の少女を帰すために都市を危険にさらした」


 コメント欄が割れる。


 それはそう

 でも人柱だろ

 都市が危ないのは事実

 レナに残れって言うのか?

 他の未帰還者は?

 天城、言い方がうますぎる

 嫌いだけど怖い


 天城は、まっすぐ久我を見た。


「死亡処理は冷酷だ。だが、社会は冷酷な処理によって保たれることがある。人々は白河レナを必要としていた。伝説として。記憶として。都市を支える物語として」


 久我は、すぐには返さなかった。


 モニター右端で、帰還可能時間が減る。


 帰還可能座標安定限界

 残り:十一分二十二秒


 久我は言った。


「都市を守るために、人を未帰還にする仕組みを作った」


 天城は黙っている。


「それを安全とは呼びません」


「では、何と呼ぶ」


「死亡処理です」


 久我は、死亡処理システムの画面を中央に出した。


 未帰還

 死亡推定

 死亡確認。

 調査終了

 追悼固定

 帰還対象外


「未帰還者を死亡済みに変換し、帰還対象から外す仕組みです」


 ハルカが言った。


「死亡処理は、帰還不能の証明ではありません」


 ナツが続ける。


「死に方じゃなくて、帰る道」


 黒峰が言った。


「ここから先は、レナさんだけではありません」


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― 新着の感想 ―
ここ、人柱なら白河レナでなく天城がなればいいと、本当にそう思う。
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