第54話 彼女を殺した男の公開裁判
【速報】白河レナ生存映像、全国同時表示
【政府】未承認観測行為の即時停止を要請
【公社】首都地下異常、拡大中
【警察】久我蓮氏の身柄確保へ
【注意】白河レナはまだ帰還していない
【崩壊】死者たちの階層、座標不安定化
白河レナは、全国の画面に映った。
白い探索スーツは破れ、血と煤で汚れていた。
髪は乱れ、頬には傷がある。
それでも、彼女は立っていた。
死んでいなかった。
その事実だけで、日本中が一度だけ息を止めた。
だが、久我蓮のモニターでは、別の数字が赤く点滅していた。
帰還可能座標安定限界
残り:十八分四十二秒
首都地下の異常範囲は、まだ広がっている。
新宿駅地下通路から、隣接商業ビルの避難階段へ、存在しない黒い段差が伸びていた。
改札横の壁には、もう存在しない探索者たちの配信画面が映っている。
駅員の誘導音声に、知らないコメント欄の声が混じる。
白河レナの生存は、可視化された。
だが、彼女はまだ帰っていない。
死者たちの階層の映像は、不安定になっていた。
黒い街の壁に埋まっていた配信画面が割れている。
床に亀裂が走る。
羽村サキが、崩れかけた足場を押さえ、薄い輪郭の探索者たちを奥へ下がらせている。
レナは、まだ帰る側ではなく、帰す側の顔をしていた。
『久我さん』
「はい」
『こちら、崩れています』
「確認しています」
『帰還路は』
「まだ確定していません」
『分かりました』
レナは、ほんの少しだけ笑った。
『じゃあ、作ってください』
「はい」
久我の端末に通知が重なる。
政府危機対策室
未承認観測行為の即時停止命令
公社安全管理局
配信遮断要請
首都ダンジョン管理局
違法ログ拡散停止要請
警察庁
任意同行要請
オーロラゲート法務部
機密情報漏洩に関する警告
文章は違った。
意味は同じだった。
止めろ。
玄関のインターホンが鳴った。
ナツが、通話画面の向こうで言った。
「久我さん、来てる。ミラー先にも削除申請。黒峰さんの枠にも行ってる」
「ミラーは」
「百七十二。まだ増やしてる」
「足りません」
「知ってる」
黒峰ユウマの配信画面も立ち上がっていた。
彼はいつもの配信部屋にいなかった。
背景は白い壁。
照明も暗い。
それでも、カメラの前から逃げていなかった。
「僕のチャンネルも使ってください。全部、同じ画面で流します」
「いいんですか」
「今さらです」
黒峰は、画面の向こうで息を吸った。
「僕は以前、公式資料だけで久我さんを断罪しました。その配信も残っています。今日は、それも使います」
瀬戸内ハルカは、別画面で未帰還者リストを確認していた。
「名前を出す時は、確認してから。死亡者名簿じゃない。未帰還者リスト」
「はい」
「家族許可がないものは、番号と公開記録だけ。人を座標扱いしたら、天城と同じになる」
「了解しました」
久我は、最後の配信枠を開いた。
タイトル欄に、指を置く。
白河レナ死亡事故・全ログ公開検証
入力。
配信説明欄。
公式発表、第三者保存データ、監察医証言、事故ログ、救助記録、未帰還者記録を同時検証する。
保存。
ナツが画面を見た。
「そのタイトルで行くの?」
「はい」
「死亡事故って入れると、また固定される」
「だから、検証します」
久我は配信開始ボタンの上に指を置いた。
「死亡のまま終わらせません」
クリック。
配信が始まった。
*
画面は、黒から始まった。
中央に、三つの窓が並ぶ。
左。
公式発表
中央。
久我の事故ログ
右。
第三者保存データ
久我の顔は、隅の小さな枠に置いた。
大きく映す必要はない。
この配信の主役は、久我ではない。
「久我蓮です」
自分の声が、少し遅れて戻ってくる。
玄関のインターホンが、また鳴った。
久我は無視した。
「俺は、白河レナを殺した男と呼ばれました」
コメント欄が一瞬だけ速くなる。
久我は続けた。
「俺が白河レナを殺したのか」
画面中央に、白河レナ事故の時刻表を出した。
「今から全ログで検証します」
映像は、長く再生されなかった。
止まった画面。
音声波形。
時刻。
ログ番号。
久我は、必要な一秒だけを抜き出して重ねた。
十八分では足りない。
だから、証拠だけを見せる。
黒峰の配信画面が、自動で同期した。
「これは、久我蓮を信じる配信ではありません」
黒峰は、いつもの解説者の声より低い声で言った。
「公式資料、久我氏のログ、第三者保存データ、全てを同じ画面で検証します」
黒峰の断罪配信のサムネイルが表示される。
白河レナ事故、久我蓮の責任を考える
その横に、謝罪配信。
白河レナ事故に関する発言についてのお詫び
「私は以前、公式資料だけで断定しました。その失敗ごと、ここに残します」
ナツが言った。
「今日は泣かせに行かない。帰す」
彼女の画面で、フォルダが二つに分かれた。
死亡固定記録
生存・未帰還記録
「追悼タグ、最後まで使わないで。白河レナ死亡事故じゃない。白河レナ未帰還事故。まだタイトルは死亡事故のまま使う。壊すために」
ハルカが短く言う。
「死亡確認とは、配信が切れたことではありません」
久我は、最初の証拠を出した。




