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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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53/60

第53話 私は、死んでいません

 その瞬間、全国の画面が一度だけ止まった。


 新宿駅前の大型ビジョン。


 駅構内の案内モニター。


 個人配信者のスマホ。


 黒峰ユウマの配信画面。


 猫田ナツの切り抜き整理画面。


 料理配信者の店内カメラ。


 低ランク探索者のヘルメットカメラ。


 掲示板の埋め込み動画。


 企業の追悼ページ。


 AI音声メモリアルの販売ページ。


 テレビ局の緊急ニュース画面。


 家庭のタブレット。


 羽村家の古いノートPC。


 すべての画面に、一瞬だけ白河レナが映った。


 宣材写真ではなかった。


 追悼映像の中の、きれいな過去形ではなかった。


 白い探索スーツは汚れている。

 頬に血がついている。

 髪は乱れている。

 肩で息をしている。


 それでも、彼女は立っていた。


 白河レナは、画面の向こうで顔を上げた。


 コメント欄が止まった。


 日本中の指が、一瞬だけ止まった。


 レナは言った。


『私は、死んでいません』


 音は小さかった。


 だが、すべての画面から同じ声が出た。


『まだ、帰れていません』


 新宿駅地下で、駅員が立ち止まった。

 黒峰が言葉を失った。

 ナツが口元を押さえた。

 羽村家の母親が、古いノートPCの前で息をのんだ。

 誰かのスマホが、手の中で震えた。


 レナは続けた。


『でも、帰ります』


 その瞬間、画面が戻った。


 大型ビジョンは避難地図へ。

 スマホは配信画面へ。

 企業ページは追悼ページへ。

 AI音声メモリアルは販売ページへ。

 テレビは緊急ニュースへ。


 だが、もう遅かった。


 見た。


 全国が見た。


 現在形の白河レナを。


 掲示板が爆発した。


【速報】白河レナ、生存映像

【死亡確認とは】

【全国同時】今の見たやついる?

【悲報】公式死亡確認、全国の画面に殺される

【朗報】久我、またログ通りだった

【注意】まだ帰還してない。浮かれるな

【重要】死んでない。でも帰れてない

【緊急】帰すぞ

【未帰還】白河レナは死亡確認済みではない

【訂正】白河レナ、未帰還


 久我は、コメント欄を見なかった。


 見るべきものはログだった。


 白河レナ:死亡確認。


 その行が、複数の公的ミラーで赤く乱れる。


 死亡確認済み。

 死亡確認済み。

 死亡確認済み。


 上書きされる。


 未帰還。

 生体反応、微弱継続。

 帰還対象。


 ニュースサイトの見出しも変わり始めた。


【速報】白河レナ死亡確認済み。


 その文字が、削除される。


【速報】白河レナ死亡確認に疑義。


 さらに書き換わる。


【速報】白河レナ未帰還映像を全国同時確認。


 企業の追悼ページでは、「白河レナ氏の勇気を忘れません」という文章の下に、赤い注記が出ていた。


 現在、白河レナ氏の生存映像について確認中です。


 追悼特設ページの販売ボタンは、読み込み中のまま止まった。

 AI音声メモリアルの試聴欄には、「本人確認中」と表示された。

 公社の死亡者一覧では、白河レナの行だけが灰色に点滅していた。


 もう誰も、白河レナを単純に死亡確認済みとは言えない。


 だが、久我は浮かれなかった。


 帰還状態を見る。


 白河レナ:未帰還。

 座標固定:急上昇。

 帰還路候補:形成中。

 第零階層外縁:不安定化。


 次の警告が赤く光った。


 死者たちの階層。

 構造崩壊、開始。


     *


 死者たちの階層で、サキが割れかけた壁を見上げていた。


「次は、私たちも」


 言い終える前に、足元の石が欠けた。


 壁の配信画面が一斉に割れた。


 白い光が走る。

 黒い文字が剥がれる。

 地面に亀裂が入る。


 レナの輪郭は、これまでで一番濃かった。


 羽村サキも、他の未帰還者たちも、名前を取り戻し始めている。


 だが、足元が崩れていた。


「レナ!」


 サキが叫ぶ。


 レナは、割れた壁の向こうを見た。


 新宿地下の黒い階段が、さらに伸びている。

 現実側の地図に、第零階層外縁の線が地上側へ食い込んでいる。


 久我の画面に、新しい表示が出た。


 算出元:首都地下漏出座標

 参照先:第零階層外縁

 観測密度:急上昇

 帰還路安定率:低下中


 帰還可能時間


 残り:二十八分


 次の瞬間、数字が乱れた。


 再計算


 残り:二十四分


 もう一度、赤く点滅する。


 再計算


 残り:十九分


 ナツが声を失う。


 ハルカが言った。


「時間がない」


 黒峰の配信でも、同じカウントが映った。


 掲示板の勢いが、歓喜から緊張へ変わる。


 まだ帰ってない。

 生きてる。でも帰れてない。

 浮かれるな。

 ここからだ。

 帰還路を作れ。

 名前を呼べ。

 死亡シーンを見るな。

 帰すぞ。


 通信の向こうで、レナが顔を上げた。


『久我さん』


「はい」


『急いでください』


「はい」


 久我は、十九分の数字から目を離さず、帰還路候補のログを開いた。


 白河レナは生きている。


 だが、帰すための道は、まだ一本も確定していなかった。


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