第50話 戦闘は無理。でも道なら分かる
都市は、目を増やした。
戦闘配信者が、東口地下へ走った。
「戦わない。今日は倒す配信じゃない。帰す配信だ」
彼は剣を抜かなかった。
かわりに、光る誘導棒を持った。
「そっちの階段に入るな。駅員さん、ここ閉めて。人を西側へ流す」
低ランク探索者たちが、駅構内図にない古い通路を映した。
「ここ、昔の連絡通路。今は閉鎖扱いだけど、シャッター横から非常口に抜けられる」
「戦闘は無理。でも道なら分かる」
「D級でも、新宿地下は何百回も歩いてる」
同接二十人のD級探索者が、震える手で旧通路の扉を映していた。
「いつもは誰も見てないんですけど、ここ、退避訓練で使ったことあります。駅員さん、鍵は赤いケースの中です」
コメントが一気に流れる。
赤いケースあった。
駅員さん開けてる。
D級、今めちゃくちゃ役に立ってる。
戦闘力じゃなくて道を知ってるのが強い。
そこから出られる。子ども連れ優先。
料理配信者が、店の前にカメラを置いた。
フライパンの音は止まっている。
店の照明が、避難路を照らしていた。
「いつもは盛り付けを映してるんですけど、今日は通路を映します。顔は映しません。ベビーカー、ここ通れます。店の椅子、どかします」
店員たちが、テーブルを壁際へ寄せる。
カメラは、料理ではなく、床の幅を映している。
人が一列で通れる幅。
ベビーカーが曲がれる角。
黒い壁がまだ届いていない通路。
コメント欄が動く。
料理配信者だけど何映せばいい?
店前の避難路。人の顔は映すな。
低ランク探索者、駅地下の旧通路わかる。
映して。久我地図に重ねてる。
切り抜き作る。死に方じゃなくて道だけ切る。
タグは?
#新宿地下帰還路
#白河レナ帰還対象
#未帰還者生存観測
追悼タグ使うな。
死亡シーン再生するな。
白河レナは死亡ではなく未帰還。
ナツは、複数の画面を仕分けていた。
「死亡扱いサムネ、止めて。レナ様追悼まとめ、今は出さない。泣かせる編集禁止。切り抜き師、今日は道案内を作れ」
手が止まらない。
「羽村サキの名前、漢字間違ってる。羽村。羽に村。サキはカタカナ。家族許可の記録だけ使って。赤いマグカップの写真は許可版だけ。勝手に家族アカウント掘るな」
ハルカが横から言う。
「死亡者名簿じゃない。未帰還者リスト」
ナツはすぐに修正した。
「未帰還者リスト。死亡扱いしない。名前を呼ぶなら間違えない」
ハルカが、別画面の波形を指で止めた。
「その名前はまだ確定じゃない。声紋とタグが一致していない。呼べば別人の座標を引く。伏せて」
「伏せます。氏名照合中で処理」
「それでいい」
新宿地下では、駅案内板が乱れ始めた。
出口。
乗換。
第零階層外縁。
帰還失敗。
未帰還。
B十二出口。
存在しない階段。
久我は、配信者の映像と案内板の乱れを重ねた。
「B十二出口は使わないでください」
すぐに現地から声が返る。
「B十二、今、壁になってる!」
「B十は?」
「通れる。人が多い」
「B十へ流すな。詰まります。B八、B九へ分散」
黒峰が大手向けに繰り返す。
「現在、B十二出口は危険。B十は混雑。B八、B九へ分散してください。これは久我配信、現地映像三件、駅員証言一件で一致しています」
政府の警告が入る。
未承認配信の視聴を中止してください。
公的避難案内に従ってください。
だが、公的避難案内は三分遅れていた。
その三分で、黒い階段は二メートル伸びていた。
B十二出口へ向かった三人が、黒く変わった壁の前で立ち止まった。
会社員。
ベビーカーを押す母親。
その横で、小さな子どもが泣き出す。
壁はタイルではなかった。
黒い石だった。
表面に、コメントが浮かぶ。
戻れ。
見るな。
帰れない。
観測済み。
母親がベビーカーを引こうとした。
車輪が、床に沈んだ。
「動かない!」
その声を拾ったのは、さっきのD級探索者のカメラだった。
「B十二前、ベビーカーが引っかかってる!」
コメント欄が一斉に動く。
映すな、顔映すな。
足元だけ。
車輪、黒い床に沈んでる。
引っ張るな、横に倒せ。
黄色い線の外へ。
D級、行けるか?
D級探索者は、息を呑んだ。
「戦闘は無理です」
それでも走った。
「でも、通路なら分かる!」
彼はカメラを床へ向けたまま、母親の前に膝をついた。
「車輪、持ち上げます。引かないで。横へずらして。駅員さん、子どもを先に」
戦闘配信者が駆け寄り、ベビーカーごと持ち上げた。
料理配信者の店から、スタッフが椅子を担いで走る。
「こっち! 店の通路、空けました!」
母親と子どもが、黒い壁から離れる。
母親は、震える声で言った。
「こんなの、誰でもいいから止めてよ」
それから、配信者のカメラではなく、駅員の誘導棒を見た。
「でも、今はこれがないと、どこへ逃げればいいか分からない」
その直後、B十二出口の案内板が完全に黒く染まった。
久我の画面に、赤い表示が出る。
B十二出口、使用不能。
その表示を見た久我の指が、一度だけ止まった。
危険判定を出すのが、遅れた。
ハルカが低く言った。
「間に合った」
久我は答えた。
「はい。三十秒遅ければ、未帰還者が増えていました」
コメント欄が一瞬だけ静まった。
配信は遊びではない。
そのことを、全員が見た。




