第49話 今日は人類でいて
政府と公社の緊急会見は、午前七時十九分に始まった。
画面中央には、内閣危機管理室の担当官。
横に、ダンジョン公社の理事。
さらに後方に、首都ダンジョン管理局の制服組。
天城セイジは、そこにはいなかった。
だが、会見文の言葉の選び方に、久我は彼の指を見た。
「本日未明より発生している首都ダンジョン外縁部の地上干渉について、政府およびダンジョン公社は、未承認観測行為との関連を調査しています」
担当官は、落ち着いた声で言った。
「現時点で、久我蓮氏による違法ログ公開、ならびに未承認の配信観測計画が、首都ダンジョンの不安定化を招いた可能性があります」
ナツが低い声を出した。
「来た」
会見は続いた。
「白河レナ氏は、現在、首都ダンジョンの安定に関わる重要観測点である可能性があります。無秩序な観測行為は、都市部への干渉を拡大させる恐れがあります」
ハルカの表情が変わった。
「人間を、観測点と呼んだ」
久我は、その一文を保存した。
「市民の皆様には、公的機関が発表する情報のみを確認し、久我蓮氏および関連アカウントによる配信、リンク、未確認映像の視聴および拡散を控えていただくようお願いいたします」
画面下に速報見出しが並ぶ。
【速報】首都ダンジョン流出、政府が緊急会見
【発表】久我蓮氏の違法ログ公開が原因か
【警戒】未承認配信の視聴・拡散を控えるよう要請
【安全保障法】政府、ダンジョン関連配信の一時制限を検討
【方針】久我蓮氏の身柄確保も視野
久我は、そのすべてを保存した。
反論はしない。
今、反論に帯域を使う時間ではない。
首都ダンジョン管理局の地図で、新宿地下の黒い線が二本に増えた。
同時刻、別の警告も上がった。
渋谷地下街の案内板に、一秒だけ「帰還失敗」と表示。
東京駅地下のコンビニ端末に、氏名不明の未帰還者名が一瞬だけ表示。
池袋駅の防犯カメラに、コメント欄の文字列がノイズとして混入。
どれも、まだ人を飲み込むほどではない。
だが、都内地下施設マップの上では、黒い点が一つ、また一つと増えていた。
新宿だけで終わる兆候ではなかった。
ハルカが言った。
「久我さん」
「はい」
「政府発表は保存でいい。人の方を見て」
「見ています」
画面の別窓に、現地映像が出ている。
東改札の人流が詰まり始めていた。
存在しない階段を避けようとして、流れが左右へ割れている。
その先の案内板が乱れ、丸ノ内線方面が一瞬だけ「帰還失敗」と表示された。
それを見た人が戻る。
戻った人に、後ろから来た人がぶつかる。
まだ大事故ではない。
だが、このままなら事故になる。
久我はマイクを入れた。
「新宿地下にいる人へ。東改札の黒い階段には入らないでください。階段は駅構造物ではありません。丸ノ内線方面の案内板表示は不安定です。現在確認できる避難路は、西口地下旧通路、B八出口、B九出口方面です」
ナツが、すぐに字幕へ変えた。
東改札の黒階段、入るな。
西口旧通路、B八、B九へ。
人の顔を映さない。
足元と案内板を映して。
久我は一瞬だけナツを見た。
「助かります」
「冷蔵庫語は人類に届きにくいからね」
ハルカが短く言った。
「笑わせるなら、生きてる人を逃がしてから」
「分かってる」
ナツの声は、すぐに固くなった。
「コメント欄、遊ぶな。今日は人類でいて」
*
掲示板は割れていた。
【速報】久我蓮、首都ダンジョン流出の原因か
【新宿地下】存在しない階段、現地映像あり
【議論】久我を止めるべきか、久我に任せるべきか
【重要】死亡シーン再生禁止、帰還ルート優先
【荒れ】都市を守るか、未帰還者を帰すか
書き込みは、怒鳴り合いでは終わらなかった。
久我を止めろ。
いや、久我しか止められない。
レナを見捨てるのか。
都市を危険にさらすな。
死んだことにされた人間を、また見捨てるのか。
でも駅にいる人たちはどうする。
正義で死人を増やすな。
人柱で駅を守るな。
どっちも地獄。
政府発表、また公式ログだけ見ろって言ってる。
でも未承認観測が危ないのも本当だろ。
久我を信じるな。
公式だけにも任せるな。
全員疑え。
でも今は逃げ道出してるやつを見ろ。
新宿駅にいる人間にとって、白河レナは画面の向こうの探索者ではない。
自分の足元に、黒い階段が開いている。
久我は、新しい配信枠を立てた。
タイトルを入力する。
首都ダンジョン流出・避難誘導と未帰還者生存観測。
ナツが即座に言った。
「長い。怖い。人間が逃げる」
「正確です」
「正確だけど逃げる。分ける」
ナツは横からタイトル案を書き換えた。
新宿地下の避難情報/白河レナを生存者として見る配信。
「これで」
「未帰還者が抜けています」
「概要欄に入れる。入口は避難情報を優先」
久我は少しだけ考えた。
「採用します」
ハルカが短く言った。
「手を動かして」
「はい」
ナツは真顔に戻った。
久我は配信を開始した。
同接は、最初から一万を超えた。
罵倒も流れた。
人殺し。
テロリスト。
駅を壊すな。
レナを利用するな。
でも避難情報出して。
現地にいる。
どこへ逃げればいい。
公式発表遅い。
久我、答えろ。
久我はカメラを出さなかった。
画面に出したのは、地図だった。
新宿駅地下。
危険区域。
通行可能区域。
未確認区域。
久我は言った。
「最初に避難情報です」
コメント欄が一瞬だけ止まる。
「東口改札前の黒い階段には近づかないでください。そこは階段ではありません。帰還座標が不安定です」
ナツが横で即座に字幕を作る。
黒い階段に入るな。
東口改札前から離れて。
丸ノ内線側へ進むな。
B十、B十一出口は現在安全確認中。
B十二出口は位置がずれています。使わないで。
久我は続けた。
「現地映像を送る人は、人の顔を映さないでください。階段、案内板、床、壁、音だけで構いません」
ナツが言う。
「コメント欄、遊ぶな。現地民の情報を流すな。確認できたものだけ拾う」
ハルカが付け加える。
「負傷者情報を数字だけで扱わないで。救護が必要なら、場所と人数、意識の有無だけ。名前は出さない」
久我は、画面を三つに分けた。
都市避難班。
生存観測班。
誤情報排除班。
「避難情報、生存観測、誤情報排除を分けます。混ぜると人が迷います」
コメント欄がざわつく。
作業?
この状況で?
冷たい。
いや必要。
役割分け助かる。
現地だけど何すればいい。
久我は地図を更新した。
「現地の人は安全な出口だけを映してください。白河レナさんの死亡扱い映像は拡散しない。死に方ではなく、帰還ルートを見てください。政府発表も、俺の発表も、確認不能なものは流さないでください」
ナツがすぐに言い換える。
「レナ様ありがとう、は今だけ止めて。白河レナ帰ってこい、で統一。追悼タグは外して。過去形にしないで」
黒峰ユウマが配信に入った。
大手配信者の画面が、別枠で開く。
黒峰の顔色は悪い。
だが、逃げてはいなかった。
「僕のチャンネルでは、久我さんの指示のうち、検証済みと未確定を分けて表示します」
コメントが荒れる。
黒峰きた。
お前最初に久我叩いた側だろ。
だからこそ訂正しろ。
逃げるな。
今回は断定するなよ。
お前が最初に殺した側じゃないのか。
黒峰の口元が、一瞬だけ止まった。
音声が、半秒だけ途切れる。
返す言葉は、なかった。
「その通りです」
黒峰は、喉を鳴らしてから続けた。
「だから、僕は断罪しません。検証済みと未確定を分けます。僕を信じなくていい。表示を確認してください」
黒峰の画面が切り替わった。
青は検証済み。
灰色は未確定。
赤は避難に使える情報。
「過去に、僕は公式提供ログだけで久我さんを断定的に責めました。その配信は消しません。訂正リンクを固定しています。今回は、検証して使える情報だけ流します」
ナツが小さく言った。
「よし。今回は人類」
久我は、黒峰の配信をミラーに組み込んだ。




