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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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第40話 事故七秒前に離れた男

 翌朝、政府会見が行われた。


 内閣ダンジョン管理室


 会見場の背景には、青いパネル。


 探索者の命を守る

 安全なダンジョン社会へ


 見出しは、どこまでも正しかった。


 発表された法案名。


 ダンジョン安全保障法


 表向きの目的は、探索者事故の防止だった。


 帰還ゲートの安全基準強化

 事故ログの一元管理

 配信事故時の情報統制

 未確認情報による社会混乱の防止

 探索者ライセンスの適正管理


 会見に立った大臣は、穏やかな声で言った。


「未確認情報による混乱が、救助活動を妨げる事例も確認されています。探索者の命を守るため、事故ログの適切な管理が必要です」


 ナツが、久我の部屋でその配信を見ていた。


「未確認情報って、久我さんの配信のこと?」


「含まれます」


「救助したのに?」


「混乱も発生しました」


「そこだけ使うんだ」


 会見は続く。


「配信と帰還装置の統一基準を整備し、事故発生時には政府が必要な情報管理を行える体制を作ります」


 ハルカが低く言った。


「情報管理。便利な言葉」


 久我は法案概要を開いた。


 作成履歴も重ねる。

 最初の草案は、白河レナ事故より前の日付だった。


 一晩で作られた法案ではない。

 事故後に作られたのではなく、事故によって表に出す時期が早まった。


 事故ログ一元管理。

 未承認ログ公開の禁止

 配信停止命令


 ナツが画面を指した。


「これ、独自検証を潰しに来てない?」


「はい」


「安全って言葉、こんなに便利に人の口を塞げるんだ」


 その時、ナツの端末に通知が出た。


 公式アーカイブ保存版に関する警告。


 送信元は、ダンジョン配信プラットフォームの管理部だった。


 新法成立後、同種の未承認事故ログ公開は違反となる可能性があります。

 現在公開中の動画についても、プラットフォーム規約改定に伴い、審査・制限対象となる場合があります。


 ナツの顔から血の気が引いた。


「これ、私の動画?」


「はい」


「レナの最後の声を残した動画が、消されるかもしれないってこと?」


「はい。少なくとも、制限対象にはなります」


 ハルカが、久我の画面を見た。


「私の署名偽造の解析も、事故ログの未承認公開に入る可能性がある」


「あります」


「つまり、これが通ったら」


 ナツが言った。


「今までの反撃、ほとんどできなくなる」


 久我の端末にも、自動判定が出た。


 未承認事故ログ公開:審査対象

 外部保存アーカイブ:制限対象

 医療記録照合結果:確認待ち

 配信ミラー:停止命令対象


 安全のため、という見出しの下で、帰すための道具が一つずつ赤くなっていく。


 久我は、白河レナ事故の報道推移を開いた。


 事故直後

 久我叩き。

 追悼配信

 公式改ざん疑惑。

 第二事故

 久我配信による救助

 死亡後収益予測流出

 社会不安拡大


 そこに、政府資料の文言を重ねる。


 白河レナ事故を契機に、事故ログ管理体制の強化が必要。


 白河レナの名前が、法案説明資料に入っていた。


 死後収益だけではない。


 制度にも使われている。


 ナツは、画面を見たまま言った。


「レナ、どれだけ使われるの」


 誰も答えなかった。


     *


 その夜までに、久我は事故前後の配信記録をもう一度並べていた。


 白河レナの隣には、何度も同じ男が映っている。

 攻略前の確認。

 帰還ゲート前の立ち位置。

 雑談配信の端。


 鷹宮リョウ。


 コメント欄では、相棒と呼ばれていた。

 レナが前へ出る時、彼は少し後ろにいた。

 レナが新人を下げる時、彼は横を固めていた。


 だが、事故当日の記録だけ違う。


 事故七秒前。

 鷹宮リョウ、帰還ゲート前から離脱。


 事故後の切り抜きでは、彼は久我を責めていた。


『お前が止めていれば、レナは帰れた』


 その声も、久我は保存していた。


 鷹宮リョウから連絡が来たのは、その夜だった。


 文章は短い。


 話がある

 一人で来てくれ


 場所は、閉鎖された訓練場だった。


 白河レナが所属していたオーロラゲートの旧施設。

 今は使われていない。

 入口の看板だけが残っている。


 久我は一人で行かなかった。


 ナツには位置情報を渡した。

 ハルカには録音データの自動送信先を指定した。


 それから、一人で入った。


 訓練場の中は暗かった。


 床には古い打撃痕。

 壁には魔力衝撃を吸収するパネル。

 天井の照明は半分しかついていない。


 奥に、鷹宮リョウが立っていた。


 白河レナの相棒。

 何度も隣で戦ってきた探索者。

 だが、あの日は別ルートの支援班にいた男。

 事故後に久我を責めた男。


 彼の顔は、以前より痩せて見えた。


「録音してるか」


「しています」


「だと思った」


 リョウは笑わなかった。


「切れとは言わない。残せ」


 久我は録音状態を確認した。


「話してください」


 リョウは、しばらく床を見ていた。


 それから言った。


「事故の前、俺はゲートから離れた」


「ログで確認しています」


「偶然じゃない」


「はい」


 リョウの喉が動いた。


「あの日、天城に言われた。帰還ゲートに異常が出る可能性がある。だが、正しく処理すればレナだけは戻せるって」


 久我は何も言わなかった。


「お前には言うなと言われた。安全管理に止められると、救出手順が使えなくなるって。レナを戻したいなら、現場側で余計な動きをするなって」


「救出手順とは」


「分からなかった」


 リョウの声が少し荒れた。


「分からなかったけど、信じた。信じたかった。レナなら帰ってくる。天城は、レナの価値を一番分かってる人間だと思ってた」


「だからゲートから離れた」


「ああ」


「白河さんには」


「言ってない」


 リョウは目を閉じた。


「言えば、レナは配信を止めた。新人を帰した。自分も戻った。そういう女だ。だから言えなかった」


 久我は、淡々と聞いた。


 淡々と聞くしかなかった。


 リョウは続けた。


「事故後、天城に言われた。黙っていれば、レナを戻す方法を教えるって。世論が荒れている間は出せない。久我を責めろ。全部を安全管理のミスに寄せれば、裏の回収手順を動かせるって」


「それを信じた」


「信じた」


 リョウは吐き捨てるように言った。


「信じたかったんだよ」


 訓練場の照明が、低く唸った。


「俺は、お前を責めた。現場で戦ってたのは俺たちだって。お前が止めていればって。そう言いながら、俺は知ってた。自分が黙ってたことを」


 久我は聞いた。


「その結果、何が起きた」


 リョウの顔が歪んだ。


「レナは、さらに深く閉じ込められた」


「あとから送られてきた断片に、座標の再沈降って言葉があった。意味は分からなかった。でも、今なら分かる。あれは、レナを戻したんじゃない。もっと深く押し込んだんだ」


 久我は、初めて目を細めた。


「根拠は」


 リョウは端末を取り出した。


 差し出す手が震えていた。


「天城から来た。回収手順の一部だって言われた」


「一部だけですか」


「ああ。全部は渡されてない。見せられただけだ。これを持っていれば、いつかレナを戻せるって」


 久我は端末を受け取らなかった。


「送信してください」


「直接渡した方が早いだろ」


「証拠経路を残します」


 リョウは、わずかに笑いかけて、失敗した。


「本当に冷蔵庫だな」


「送信を」


 リョウは送った。


 久我の端末に、ファイルが届く。


 レナ単独帰還手順

 座標強制引上げ

 対象:白河レナ


 ただし、中身は完全な手順書ではなかった。


 現場側確認鍵

 座標補正の一部

 黒塗りだらけの操作メモ


 久我は保存した。


 元ファイル

 複製

 送信者

 受信時刻


 リョウは、その場で膝をついた。


 土下座というより、立っていられなくなったように見えた。


「俺は、レナを売った」


 久我は何も言わなかった。


 リョウの声は低かった。


「助けるつもりだった。戻すつもりだった。でも、俺が黙ったから、レナは商品になった。伝説になった。死んだことにされた」


 床に、リョウの拳がついた。


「俺は、レナを売った」


 久我は録音状態を確認した。


 証言としては、重要だった。


 感情としては、許せなかった。


 どちらも同時に存在した。


「鷹宮さん」


 久我は言った。


「あなたを許すとは言いません」


「ああ」


「今、断罪もしません」


「……なんでだよ」


「必要な証言と、必要な資料があります」


 リョウは顔を上げた。


 久我は続けた。


「白河レナを帰すために、あなたの証言を使います」


 リョウは笑った。


 今度は、少しだけ笑えた。


「使えよ」


 その声は、壊れていた。


「俺のことは、あとでどうにでもしろ」


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