第4話 私、まだ帰れてない
ログは荒れていた。
破損ファイル。
欠損した時刻。
ノイズ混じりの音声。
重複した認証番号。
途中で切れた生体値。
久我は順番に並べた。
事故発生前。
事故発生時。
配信停止。
ゲート消失。
生体反応。
転送先。
公式ログと違う。
公式ログでは、白河レナの状態はこうなっていた。
[画面]白河レナ:死亡確認
削除前ログでは、違った。
――ログ――
白河レナ:未帰還
生体反応:微弱継続
転送先:第零階層外縁
久我は画面を見つめた。
第零階層外縁。
聞いたことのない座標名だった。
正式な階層番号ではない。
少なくとも、公社の公開マップには存在しない。
だが、ログはそこを指している。
死亡ではない。
未帰還。
久我は次に音声ファイルを開いた。
破損がひどい。
配信停止直前から、ノイズが重なっている。
波形を拡大する。
ノイズを切る。
声の帯域だけを残す。
復元率は低い。
それでも、何かがあった。
久我は再生した。
ざざ、という音。
金属を引きずるような響き。
遠くで、誰かが息を吸う。
そして、声。
『……久我さん』
久我の手が止まった。
再生バーだけが進む。
ノイズの向こうで、白河レナの声が続いた。
『私、まだ帰れてない』
部屋の空気が薄くなった。
久我は息を吸った。
浅かった。
もう一度、吸った。
画面の文字が、一瞬読めなくなった。
――ログ――
白河レナ:未帰還
生体反応:微弱継続
転送先:第零階層外縁
何度も見た文字だった。
だが声が入ると、文字ではなくなった。
人間になった。
『久我さん。私、まだ帰れてない』
久我は再生を止めた。
部屋は静かだった。
スマホの通知は切っている。
外は夜。
冷蔵庫の音。
換気扇の小さな唸り。
久我は、自分の指が震えていることに気づいた。
泣いてはいなかった。
叫んでもいなかった。
ただ、キーボードに置いた手が、次のキーを押せなかった。
白河レナは死んでいない。
少なくとも、死亡確認はできていない。
そして誰かが、それを死亡確認に変えた。
久我は音声ファイルを複製した。
ログも複製した。
外部ドライブをもう一本取り出し、暗号化して保存した。
それから、匿名掲示板を開いた。
スレッドはまだ燃えていた。
――掲示板――
【人殺し】白河レナを殺した安全管理担当、久我蓮 ★186
久我はしばらく画面を見た。
自分の名前が、火のついた棒のように振り回されている。
そこへ、削除前ログの一部を投下した。
全文ではない。
音声も出さない。
まだ出せない。
改ざんされる前の状態を、外に置く必要があった。
久我は短く書き込んだ。
――ログ――
事故直後の削除前ログ。
公式死亡確認と一致しない。
時刻と状態だけ見るべき。
添付。
投稿。




