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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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第3話 白河レナ、死亡確認

「ゲート停止!」


 久我は叫んだ。


 叫ぶと同時に、手は緊急停止を叩いていた。


 停止信号、送信。

 応答なし。


「白河さん、入るな!」


 白い光が、レナの足元から跳ね上がった。


 彼女は後ろへ飛ぼうとした。

 だが、ゲートの光が床ごと彼女をつかんだ。


 レナの顔が、一瞬だけカメラを向く。


 恐怖ではなかった。


 まだ判断している顔だった。


 逃げる道を探し、通信をつなぎ、最後まで帰還方法を探している顔だった。


 その口が動いた。


「久我さん、みんなは――」


 画面が白く潰れた。


 音が割れた。


 誰かの悲鳴。

 風を吸い込むような音。

 硬いものが砕ける音。


 コメント欄の流れが、一瞬だけ止まったように見えた。


 次に表示されたのは、黒い画面だった。


 [画面]配信停止。


 安全管理室のモニターに、赤い警告が並んだ。


 ――ログ――

 白河レナ:帰還失敗

 生体反応:微弱継続

 転送先:未定義

 帰還状態:未帰還


 久我は立ち上がった。


「死亡確認を出すな。まだ未帰還だ」


 誰も返事をしなかった。


 久我はもう一度言った。


「死亡確認を出すな。生体反応が残っている。帰還失敗だ。未帰還で処理しろ」


 オペレーターが震える声で言った。


「転送先が、見えません」


「見えないなら未帰還だ」


「でも、配信が落ちています」


「配信状態で人間の生死を判断するな」


 久我は復旧ログを走らせた。


 ゲート応答なし。

 深層側座標、消失。

 白河レナの生体反応、微弱。

 ノイズ混入。

 音声断片、破損。


 未帰還。


 死亡ではない。


 死亡ではない。


 その処理だけは、間違えてはいけなかった。


     *


 二十七分後。


 所属事務所オーロラゲートは、公式発表を出した。


 [画面]白河レナ、帰還事故により死亡。


 久我はその文面を、安全管理室のモニターで見た。


 文章は短かった。


 深層攻略配信中に発生した帰還事故。

 懸命な救助作業。

 死亡確認。

 関係者への謝罪。

 今後の再発防止。


 ありふれた単語が並んでいた。


 ありふれていることが、異常だった。


「死亡確認?」


 久我は声に出した。


 隣の席のオペレーターは、泣いていた。


「誰が確認した」


 誰も答えない。


「遺体再構成は終わっていない。帰還座標も取れていない。生体反応は微弱継続だった。誰が、何を、どう確認した」


 画面は答えない。


 その代わり、コメント欄が答えた。


 ――コメント欄――

 《嘘だろ》

 《レナ様?》

 《帰ってくるんじゃないの》

 《全員生還率100%じゃなかったの》

 《いやいやいや》

 《公式早すぎない?》

 《安全管理何してた》

 《久我って誰だよ》

 《止めろよ》

 《帰すのが仕事じゃなかったのかよ》


 久我の端末に、社内通達が届いた。


 事故原因調査のため、安全管理担当者の権限を一時停止。

 対象、久我蓮。


 画面右下の管理者アイコンが消えた。


 ログ閲覧権限。

 削除。

 復旧システム接続権限。

 削除。

 配信アーカイブ参照権限。

 削除。


 久我は、権限が消える直前にローカル保存を走らせていた。


 癖だった。


 事故発生時の一次ログは、必ずローカルに落とす。

 改ざん対策ではない。

 通信障害対策だ。


 安全管理の仕事に、信用という言葉はない。


 あるのは、記録と復元性だけだ。


 保存完了。


 画面が暗くなった。


     *


 翌日、天城セイジは記者会見を開いた。


 黒いスーツ。

 抑えた声。

 赤くなった目元。

 深く下げる頭。


 完璧な会見だった。


「白河レナは、最後まで探索者でした」


 天城はそう言った。


「彼女は仲間を帰し、最後に自ら帰還しようとしました。その勇気と責任感を、私たちは忘れません」


 画面の下には、白河レナの笑顔の写真が出ていた。


 配信前に撮られたものだ。

 控室で、新人探索者に笑いかけていた時の写真。


 久我は、それを自宅のノートPCで見ていた。


 会社からは、昨夜のうちに解雇通知が届いた。

 形式上は契約解除。

 理由は重大な安全管理上の過失。


 会見で、天城は続けた。


「事故当時、帰還ゲートには警告ログが出ていました。しかし担当者は、その警告を確認済みとして処理していました」


 画面にログが表示された。


 ――ログ――

 警告コード。

 帰還ゲート認証不一致。

 確認者、久我蓮。

 状態、確認済み。


 久我は、まばたきを忘れた。


 そのログは知らない。


 少なくとも、その形では見ていない。


 自分が出したのは、中止申請だった。

 確認済みではない。

 続行承認でもない。


 記者が質問する。


「つまり、白河さんの死亡は安全管理担当者の確認漏れが原因ということですか」


 天城はすぐには答えなかった。


 絶妙な沈黙だった。


「現時点で断定は避けます。ただ、適切な対応が取られていれば、事故を防げた可能性はあります」


 怒鳴らない。

 名指しで断罪もしない。

 だが、十分だった。


 ネットは答えを欲しがっていた。


 白河レナが死んだ理由。

 怒りを向ける相手。

 短く、分かりやすく、殴っていい名前。


 久我蓮は、それになった。


 掲示板にはスレッドが立った。


 ――掲示板――

 【人殺し】白河レナを殺した安全管理担当、久我蓮

 【許すな】こいつが止めていればレナは死ななかった

 【地獄】レナ様、最後まで帰ることを大事にしてたのに

 【悲報】裏方のミスでS級探索者死亡

 【特定】久我蓮、自宅どこ?

 【検証不要】ログ見れば黒だろ

 【冷蔵庫男】レナ様のブレーキ係、ブレーキ壊れていた


 久我はスクロールした。


 見ない方がいい。


 それは分かっていた。


 だが、見ないと何が起きているのか分からない。


 分からないまま殴られるのは、安全管理として正しくない。


 いや、安全管理は関係ない。


 関係ないが、久我はそう考えないと画面を見ていられなかった。


 《こいつが殺した》

 《帰すのが仕事とか言ってたらしいぞ》

 《きつい》

 《レナ様がかわいそう》

 《最後まで新人帰してたのに》

 《自分は仕事しなかったのか》

 《安全管理って椅子に座ってるだけ?》

 《椅子に座って人殺せるのコスパいいな》

 《レナを二度と語るな》

 《こいつだけは許せない》


 久我のスマホが鳴った。


 非通知。


 出なかった。


 また鳴った。


 出なかった。


 メッセージアプリには、知らないアカウントからの通知が積もっていく。


 ――通知――

 《人殺し。》

 《出てこい。》

 《謝れ。》

 《死ね。》

 《レナ様を返せ。》


 久我は通知を切った。


 静かになった部屋で、冷蔵庫の音だけが聞こえた。


 冷蔵庫みたいな男。


 コメント欄の誰かがそう呼んだ。


 うまいことを言う。


 久我は笑わなかった。


 ノートPCの横に、事故当夜のローカルログを保存した外部ドライブがあった。


 会社端末の権限を失う直前に抜き出したものだ。


 開けば、何かが分かるかもしれない。


 開いても、何も変わらないかもしれない。


 久我は、ドライブを挿した。


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