第35話 未帰還者帰還計画
久我の端末に届いたログは、ひどく壊れていた。
画面の半分が黒い。
音声はノイズに埋もれている。
時刻は現在より七分前と、三年前と、事故当日を行き来している。
それでも、久我は再生した。
最初に、白い探索スーツが映った。
血で汚れている。
顔は半分しか見えない。
背後には、暗い広場。
壁に埋まった無数の配信画面。
コメントの声が、音割れしている。
死ね。
神回。
帰ってきて。
もっと見せろ。
伝説になった。
生きてたら台無し。
お願い。
レナ様。
その奥から、白河レナの声が聞こえた。
『久我さん』
久我は、指を止めた。
ナツが息をのむ。
ノイズが走る。
『私は、い――てます』
映像が乱れる。
横に、別の人影が映った。
女性。
古い探索スーツ。
疲れた顔。
久我は、その顔を拡大した。
羽村サキ。
照合するまでもなかった。
彼女は、写真より痩せていた。
探索ログの笑顔より、ずっと遠くにいた。
だが、そこにいた。
生きているか。
死んでいるか。
その言葉では足りない。
少なくとも、処理済みではなかった。
レナの声が続く。
『でも、私だけ、帰――ません』
ノイズ。
画面が白く割れる。
『ここには』
音が途切れる。
画面の下に、三本の波形が重なった。
赤いノイズが削られ、白河レナの声だけが細い線で残る。
久我は停止したフレームを拡大し、欠けた口の形に字幕を合わせた。
白河レナの声が、もう一度浮いた。
『死んだことに――人たちがいます』
コメント音声の底に、細い信号が一本だけ残っていた。
人の声ではない。
帰還ビーコンに少し似ている。
座標には使えない。
だが、無視する理由もなかった。
久我は、その波形を別ファイルに切り出した。
微弱信号_ビーコン類似。
保存。
久我は、欠けた部分を補った。
私は、生きています。
でも、私だけ帰るわけにはいきません。
ここには、死んだことにされた人たちがいます。
映像の最後に、レナがこちらを見た。
カメラがどこにあるのか分からない。
それでも、彼女は久我を見ていた。
『久我さん』
一瞬だけ、笑ったように見えた。
『帰還対象を、間違えないでください』
ログはそこで切れた。
部屋は静かだった。
ナツは、画面を見たまま動かなかった。
いつもなら、すぐに何か言う。
冷蔵庫。
軍用冷凍庫。
ログを出せ高校。
何も出てこなかった。
ナツは、自分の作業画面に手を伸ばした。
だが、マウスを動かさない。
画面の中の羽村サキを見ている。
「サキさん、いたね」
それだけ言って、黙った。
久我は、保存した。
元ログ。
音声分離。
羽村サキ照合用静止画。
保存ボタンを押す前に、久我の指が止まった。
レナの声が、まだ耳に残っている。
『帰還対象を、間違えないでください』
久我は、その部分を再生しなかった。
再生すれば、作業が遅れる。
彼は知っていた。
だから、一度だけ目を閉じた。
一秒。
それだけだった。
目を開ける。
保存。
ファイル名を入力する。
白河レナ生存ログ。
違う。
久我は、その文字を消した。
新しいファイル名をつける。
白河レナ生存および未帰還者存在ログ。
保存。
ナツが、小さく言った。
「なら、こっちが間違えたら終わりじゃん」
「はい」
久我は、新しい作業フォルダを作った。
タイトルを入力する。
白河レナ救出。
そこで止まる。
消す。
もう一度、入力する。
未帰還者帰還計画。
対象者欄には、白河レナの下に、羽村サキと、氏名不明の未帰還者複数が並んだ。
久我は保存ボタンを押した。
だが、対象者欄は閉じなかった。
白河レナ一人を帰す仕事ではなくなった。
死んだことにされた人間を、帰す仕事になった。




