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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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33/60

第33話 あなたは見てもらえた

 サキに案内され、レナはさらに奥へ進んだ。


 道は街に似ている。

 けれど、街ではない。


 交差点には信号の代わりに配信終了画面がぶら下がっている。

 路地の奥には、再生ボタンの形をした扉がある。

 マンホールの蓋には、コメント欄のアイコンが刻まれている。


 たまに、遠くで誰かの最期が再生される。


『戻れ!』

『ゲートが開かない!』

『誰か見てるか!』

『お母さん、ごめ――』


 そこで音が切れる。


 また、最初から。


 レナはそのたびに足を止めそうになった。


 サキは止まらない。


「全部に反応してたら、歩けないよ」


「でも」


「分かる。私も最初は全部見た」


 サキは前を向いたまま言う。


「助けられると思った。声をかければ、映像の中の人が振り返るかもしれないと思った。でも、あれはもう終わった配信。何度見ても、同じところで切れる」


「なら、今ここにいる人は」


「終わったことにされた人」


 その時、レナの足首に白い文字が絡んだ。


 帰ってきて。


 まただった。


 レナは短剣を抜こうとしたが、腕まで白い声に取られる。


 ありがとう。

 あなたに救われました。

 レナ様なら大丈夫。

 生きて。


 サキは前を歩いていた。


 気づいている。


 振り返りかけて、止まった。


 レナはそれを見た。


 サキの背中が、一瞬だけ遠くなる。


 助けないつもりだ。


 責める気にはならなかった。


 サキには、助ける義務がない。


 レナは歯を食いしばり、床に膝をついた。


 白い声が、優しく首に絡む。


 帰ってきて。

 帰ってきて。

 帰ってきて。


 息が浅くなる。


 その時、サキが戻ってきた。


「くそ」


 小さく吐き捨てるような声だった。


 サキはレナの腕に絡んだ文字をナイフの背で押さえつけた。


「こいつら、斬ると増える。押さえて、ずらす」


「助けたわけじゃないのでは」


「今のは、ここがうるさくなるから」


「二回目です」


「うるさい」


 サキは白い文字を床へ押しつけた。


 レナは腕を引き抜く。


 息を吸う。


「ありがとうございます」


「礼は要らない」


「でも、助かりました」


「だから、要らないって言ってる」


 サキは立ち上がった。


 その顔は、怒っていた。


 レナにではない。


 自分に怒っているように見えた。


「さっさと行くよ。有名人を連れてると、こっちまで目立つ」


 レナは何も言わず、頷いた。


 狭い通路を抜けると、広い空間に出た。


 地下街の広場に似ていた。


 柱が何本も立っている。

 天井は低い。

 壁には画面が埋め込まれているが、大通りほど明るくない。


 そこに、人がいた。


 十人ほど。


 座っている者。

 立っている者。

 壁に寄りかかっている者。

 顔を上げない者。

 ナイフを持っている者。

 何も持っていない者。


 全員、探索者だった。


 ただし、装備はばらばらだった。


 低ランク用の安いスーツ。

 古いヘルメット。

 事務所ロゴが消えかけたジャケット。

 個人配信者らしい派手な肩パッド。

 公社貸与の簡易装備。


 白河レナのようなS級探索者は、いない。


 彼らの視線が、レナに集まった。


 声より重いものが来た。


「白河レナ」


 誰かが言った。


 名前を呼ばれた。


 その瞬間、周囲の画面が反応する。


 白河レナ。

 白河レナ。

 レナ様。

 レナ様生きてる?

 白河レナを返せ。

 伝説の探索者。

 全員生還率一〇〇パーセントの女。


 広場の空気が揺れた。


 未帰還者たちの顔が険しくなる。


 サキが小さく舌打ちした。


「だから名前呼ぶなって言ったじゃん」


「だって本物だろ」


 若い男が立ち上がった。


 左目の上に古い傷がある。

 胸の登録タグは割れていた。


「本物の白河レナだろ」


 レナは彼を見る。


「あなたは」


「名前を聞くな」


 男は言った。


「どうせ覚えられない」


「覚えます」


「そういうところだよ」


 別の女性が、笑った。


 笑いではなく、息が漏れたような音だった。


「言えるんだよね。有名な人は」


 レナは黙った。


 広場の奥から、年配の探索者が言った。


「あなたは見てもらえた」


 その声に、ほかの視線が重なる。


「あなたは名前を呼んでもらえた」


「死んだって発表されても、違うって言ってくれる人がいた」


「追悼配信もあった」


「切り抜きもあった」


「検証班がログを掘ってくれた」


「久我蓮が探してる」


 久我の名前が出た瞬間、レナの胸が小さく動いた。


 外で、久我が探している。


 分かっていた。

 分かっていたはずなのに、その名前をここで聞くと、呼吸が変わる。


 若い男が、割れた登録タグを握った。


「俺の最後の配信、同接十四人だった」


 彼の背後の画面が、ぼんやり明るくなる。


 画質の粗い映像だった。


 若い男が、カメラに向かって笑っている。


『帰ったら、妹の誕生日プレゼント買う。配信収益、今日の分で足りるかな』


 コメント欄は、ほとんど流れていない。


 がんばれ。

 無理すんな。

 画質悪いぞ。

 妹さんおめ。


 四つ。


 それだけだった。


 画面の中の若い男は、少し照れたように笑っている。


 次の瞬間、映像が乱れる。


 ゲートの白い光。

 警告音。

 男の声。


『え、これ帰れ――』


 切れる。


 また最初から。


『帰ったら、妹の誕生日プレゼント買う』


 現在の男は、その画面を見なかった。


「俺は、誕生日プレゼントも買えなかった。妹のコメントが最後に一個だけ来たけど、こっちには届かなかった」


 別の女性が、膝を抱えたまま言った。


「私は、最後の配信で事務所を辞めるって言った」


 壁に、別の古い映像が浮かぶ。


 女の探索者が、カメラに向かって笑っていた。


 疲れた笑顔だった。


『今日で最後。帰ったら退所届出す。もう危ない案件は受けない』


 コメントは少なかった。


 おつ。

 やめるの?

 まあD級なら無理すんな。

 次なにするの?


 女は、画面の中で少し迷ってから言った。


『パン屋。朝早いやつ。あれ、ちょっと憧れてる』


 そこで映像が飛ぶ。


 帰還ゲートの白い光。

 通信障害。

 誰かの悲鳴。


 現在の女は、膝を抱えたまま笑った。


「退所届、出せなかった。パンも焼いてない」


 レナは、言葉を失った。


 若い男。

 妹の誕生日プレゼント。


 女。

 退所届。

 パン屋。


 羽村サキ。

 プリン。


 どれも、攻略の記録ではない。


 生きて帰った後の予定だった。


「家族は覚えてる。でも、社会は処理した」


「未帰還後死亡推定」


「調査終了」


「それで終わり」


 声が重なる。


 罵倒ではなかった。


 だから反論できなかった。


「あなたは、見てもらえた」


 サキが静かに言った。


 レナは彼女を見た。


 サキの顔には、怒りがあった。


 でも、それだけではなかった。


 疲れ。

 嫉妬。

 諦め。

 そして、少しだけ申し訳なさ。


 レナを責めることが完全には正しくないと、サキ自身も分かっている顔だった。


「私たちは、誰にも覚えられなかった」


 広場のどこかで、画面が明るくなる。


 羽村サキの古い探索ログだった。


『帰ったら、コンビニでプリン買います』


 若いサキが笑っている。


 再生数、二百三十一。


 コメント、六件。


 そのうち二件は、スパム。


 現在のサキは、その画面を見なかった。


 レナは見た。


 画面の中のサキは、明日も続くと思っている顔だった。


 それが、きつかった。


「私は」


 レナは口を開いた。


 謝るべきか。

 違う。

 謝って終わる話ではない。


 反論すべきか。

 違う。

 彼らの怒りは、間違っていない。


 説明すべきか。

 違う。

 説明で軽くしてはいけない。


 レナは、自分の右手を見た。


 白い探索スーツ。

 汚れた手袋。


 画面に映れば、きっと「痛々しい」「でも美しい」と言われる。


 自分の生還率一〇〇パーセント。


 それは、ずっと誇りだった。


 全員で帰る。

 誰かの帰還率が落ちたら戻る。

 ボスを倒すことより、帰ること。


 間違っていない。


 でも、自分が帰れていたのは、自分が強かったからだけではない。


 見ていた人がいた。

 記録が残っていた。

 名前を呼ぶ人がいた。


 だから、今も自分はここで「白河レナ」として形を保っている。


 では、羽村サキは。


 同接二桁。

 コメント六件。

 追悼配信なし。

 事故報告書だけ。

 遺体回収不能。

 死亡推定。

 調査終了。


 若い男は、妹の誕生日プレゼントを買えなかった。


 女は、退所届を出せなかった。


 パン屋にもなれなかった。


 その配信は、少しのコメントだけを残して切れている。


 レナは、ようやく言った。


「あなたたちの怒りは、正しいです」


 広場の空気が、少しだけ止まった。


「私が悪意で何かをしたわけではない。それでも、私だけが見つけてもらえる構造は、あります」


 若い男が歯を食いしばった。


「きれいに言うなよ」


「きれいに言ってません」


 レナは彼を見る。


「今、かなり嫌なことを認めています」


 サキが少しだけ目を細めた。


 誰かが、小さく笑った。


 本当に小さい。


 でも、広場の緊張が一瞬だけ薄くなった。


「私は帰りたいです」


 レナは続けた。


 その言葉に、何人かが顔を上げた。


「久我さんに、生きていると伝えたい。私が帰れば、あの人が私を殺していないことを証明できます。家族にも、ファンにも、仲間にも、帰りたい」


 声は震えなかった。


 震えないようにしているだけだった。


「帰れば、外で言えます。白河レナは死んでいない。久我蓮は殺していない。羽村サキさんも、処理済みではない。ここに人がいるって」


 若い男が言った。


「なら帰れよ」


 その声は、怒りではなかった。


 苦しさだった。


「戻って、外で言えよ。俺たちがいるって」


 レナは、すぐには答えなかった。


 その言葉が、正しいからだった。


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