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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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31/60

第31話 今日も、ちゃんと帰れましたね

 死ね。

 神回。

 泣いた。

 もっと見せろ。

 逃げるな。

 ざまあ。

 レナ様。

 帰ってきて。

 伝説になった。

 最後まで見届ける。

 生きてたら台無し。

 かわいそう。

 でも見たい。

 今の表情切り抜きたい。


 文字が、声になる。


 ひとつひとつは軽い。


 スマホの画面に流れる程度の重さしかない。


 けれど、それが何千、何万と重なると、空気そのものになる。


 レナの耳に、舌に、まぶたの裏に、入り込んでくる。


 死ね。


 声が伸びた。


 黒い文字が壁から剥がれる。


 ほどけた線が、腕になる。


 罵倒が重なり、黒い人型になった。


 黒い腕が伸びる。


 レナは身をひねった。


 左肩をかすめる。


 皮膚は切れていない。


 代わりに、視界の左端が一瞬だけ黒く欠けた。

 さっきまで聞こえていた自分の呼吸音が、二秒分だけ飛んだ。


 影の表面に、細い編集ラインが走った。


 レナの口元だけが四角く切り取られ、別の配信の笑顔と貼り合わされる。

 胸の中央には、動画編集ソフトのタイムラインのような線が走っていた。


 影は、レナの声で言った。


『ボスを倒すことより、全員で帰ることの方が偉いんです』


 レナの足が一瞬止まった。


 コメントの切れ端が、過去の配信音声に混じる。


『全員で帰ることの方が偉いんです』

『帰すのが俺の仕事です』

『白河レナ、帰還事故により死亡』

『生きてたら台無し』

『死ね』


 自分の言葉が、勝手に繋ぎ合わされている。


 そこにいたのは、魔物ではなかった。


 切り抜きだった。


 悪意だけで作られた、人型の切り抜き。


 影の胸に、赤い枠が浮いた。


 大きな白文字。


《白河レナ、最後の発言がヤバすぎる》


 その下に、小さな字幕が走る。


《全員で帰ると言った直後に死亡》

《伏線回収が美しすぎる》

《伝説のラスト》


 レナの視界に、勝手にサムネイルが貼られていく。


 自分の顔。

 血のついた頬。

 怯えた目元。

 それに、煽り文字。


《この表情、泣ける》


「泣くところじゃありません」


 レナは短く吐き捨てた。


 踏み込む。


 腕ではなく、影の胸に浮かぶ自分の口元を斬った。


 音声が割れる。


 文字が散る。


 けれど、消えない。


 倒す敵ではない。


 見られている限り、増える。


 レナは後退し、右の路地へ走った。


 壁の画面が、進むほど増えていく。


 探索者の最期。

 帰還失敗。

 配信停止。

 追悼サムネイル。

 事故検証動画。

 切り抜き。


 その中に、自分の顔があった。


 白河レナ追悼配信。


 画面の中の天城セイジが、黒いスーツで頭を下げている。


『彼女は、最後まで探索者でした』


 別の画面では、白河レナの戦闘シーンが流れていた。


 笑っている。

 剣を振っている。

 新人探索者に手を差し出している。

 帰還ゲートの前で、振り返っている。


 その映像の下に、コメントが流れる。


 レナ様最強。

 全員生還率一〇〇パーセントの女。

 最後まで美しかった。

 伝説になった。

 ここで死ぬの美しすぎる。

 生きてたら台無し。


 その隣に、別の文字列が流れていた。


 白河レナを殺した男。

 久我蓮、説明責任。

 安全管理者の過失か。

 なぜ彼だけが生きている。

 レナ様を返せ。


 久我の名前が、罵倒の中に埋もれていた。


 レナは足を止めた。


 あの人は、まだ叩かれている。


 私が、死んだことにされたせいで。


 黒い影が背後で立ち上がる。


 レナは奥歯を噛み、また走った。


 止めたら、見てしまう。


 画面の中の自分は、いつも整っていた。


 傷も、涙も、恐怖も、意味がある形に編集されている。


 現実の自分は、足を引きずり、脇腹を押さえ、喉の奥に血の味を感じている。


 画面の白河レナの方が、白河レナらしかった。


 それが、気持ち悪かった。


 次の角を曲がった瞬間、足が重くなった。


 影ではない。


 黒くない。


 白い文字だった。


 レナ様最強。


 その声が、足首に巻きつく。


 レナ様なら大丈夫。

 レナ様は帰ってくる。

 レナ様は負けない。


 期待の声が、鎖になる。


 レナは短剣を下げた。


 斬れない。


 斬ろうとすると、声が変わる。


 ありがとう。

 助けられました。

 あなたのおかげで探索者を続けられました。

 帰ってきて。

 お願い。

 まだ死なないで。


 白い文字が、腕に絡む。


 黒い影より重い。


 悪意は斬れる。

 罵倒は避けられる。

 死ね、は敵として認識できる。


 けれど、帰ってきて、は斬りにくい。


 ありがとう、は重すぎる。


 白い声の奥に、細い音が混じっていた。


 声ではない。


 帰還ビーコンに少し似た、かすかな発振。


 だが、今のレナにそれを拾う余裕はなかった。


 レナは膝をついた。


 壁の画面が、一斉に明るくなる。


 AI音声メモリアル。


 自分の声が、知らない抑揚で流れた。


『今日も、ちゃんと帰れましたね』


 レナは奥歯を噛んだ。


「帰れてないです」


 声は、画面に届かない。


 AIの白河レナは、優しく笑い続ける。


『白河レナは、最後まで探索者でした』


 本人の声より、大きく響く。


 自分ではない自分が、自分より先に答える。


 自分ではない自分が、全部きれいに終わらせる。


 レナは右手で床を掴んだ。


 爪の下に、黒い砂のようなものが入る。


 砂ではない。


 細かく砕けたコメントだった。


「私は」


 レナは息を吸った。


「まだ、終わってません」


 レナは短剣を逆手に持った。


 足首に絡んだ白い文字ごと、床へ突き刺す。


 文字が悲鳴のように震え、床に貼りついた。


 その隙に、腕を引き抜く。


 白い文字がほどける。


 レナは立ち上がった。


 背後から、やさしい声が追ってくる。


 帰ってきて。

 ありがとう。

 泣いた。

 伝説になった。

 最後まで見届ける。


 レナは走った。


 息が痛い。


 脇腹が焼ける。


 でも、止まらなかった。


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