第30話 白河レナ:生体反応あり
会見映像は、三秒で拡散された。
片瀬ユイの声だけが、何度も切り抜かれていた。
『白河レナさんを見ました』
『帰れなかった探索者たちが集まる場所で』
久我蓮は、その音声を保存した。
元映像。
音声分離版。
字幕付き切り抜き。
会見打ち切り直前の全フレーム。
いつもの手順だった。
ただ、ファイル名を入力する前に、指が一度だけ止まった。
帰れなかった探索者たちが集まる場所。
証言というより、まだ名前のない座標のように見えた。
久我は新しいフォルダを作った。
白河レナ所在証言。
そこに、片瀬ユイの証言を入れる。
ファイル名をつける。
白河レナ所在証言_未帰還者集積地点。
保存。
その瞬間、久我の端末が一度だけ震えた。
通知ではない。
ログの欠片だった。
発信元、不明。
通信経路、破損。
送信時刻、現在時刻と一致しない。
久我が開く前に、画面が黒くなった。
そこに、一瞬だけ白い文字が浮いた。
白河レナ:生体反応あり。
*
白河レナは、冷たい床の上で目を覚ました。
最初に確認したのは、痛みだった。
左腕。
動く。
ただし、肘から先が重い。
右脚。
動く。
膝の外側に裂傷。
出血は止まりかけている。
脇腹。
鈍い痛み。
肋骨にひびが入っている可能性。
頭。
軽いめまい。
視界はある。
意識もある。
次に、装備。
白い探索スーツは泥と血で汚れていた。
肩のオーロラゲートのロゴは半分剥がれている。
腰の短剣は残っている。
予備ナイフも一本。
回復パッチは二枚。
帰還ビーコンは赤点滅。
レナは膝の裂傷に、回復パッチを一枚貼った。
熱が走る。
皮膚が引き寄せられるような感覚がして、出血だけは止まった。
残り一枚。
肋骨には効きが薄い。
使いどころを間違えられない。
通信端末。
圏外。
いや、圏外ではなかった。
表示が壊れている。
圏外。
接続中。
未登録。
観測中。
圏外。
死亡確認済み。
接続中。
死亡確認済み。
レナは、その表示を一秒だけ見た。
それから、端末を叩いた。
消えない。
「縁起でもない表示ですね」
声は出た。
少しかすれている。
喉が乾いている。
生きている。
それだけ確認して、レナは上体を起こした。
周囲を見る。
暗い。
だが、真っ暗ではない。
道路のようなものが前後に伸びている。
左右には、ビルのような黒い影が並んでいた。
窓はない。
看板もない。
ただ、壁面に小さな光が無数に埋まっている。
空はなかった。
見上げると、黒い天井のようなものが頭上を覆っていた。
高い。
けれど、空ではない。
星もない。
雲もない。
黒い天井のあちこちに、四角い画面が埋まっている。
配信画面に似ていた。
ここは、映像で切り取れる場所ではなかった。
カメラで拾えるのは、せいぜい壁の一部だけだ。
コメントは、画面の中だけに流れていなかった。
小さな白い文字が、埃のように空中を漂い、息を吸うたび喉に貼りつく。
追悼配信の黒枠は、ビルの柱になっていた。
誰かの最期は、画面の中で終わらず、道路の奥で何度も反響していた。
レナは立ち上がった。
膝が一度だけ揺れる。
すぐに壁へ手をついた。
壁は冷たかった。
石ではない。
金属でもない。
透明な板の奥に、停止した映像の膜が何層も重なっている。
指を置くと、古い配信画面のノイズが、皮膚の下で一瞬だけ走った。
画面のひとつが、レナの手元で明るくなる。
そこには、探索者が映っていた。
知らない男だった。
中年。
D級か、C級。
装備は古い。
ヘルメットのライトが揺れている。
『戻れ、戻れって!』
画面の中で、誰かが叫ぶ。
次の瞬間、映像が白く潰れた。
音が途切れる。
数秒後、同じ映像が最初から再生された。
『戻れ、戻れって!』
また、白く潰れる。
隣の画面も同じだった。
別の探索者。
別の事故。
別の最期。
繰り返されている。
何度も。
何度も。
レナは、息を浅くした。
ここは普通の階層ではない。
帰還ゲートの残滓。
事故時の転送先。
未定義座標。
仮説は立てられる。
ただし、今は仮説より退路。
敵性存在。
生存者。
通信路。
帰還ゲートの痕跡。
レナは歩き出した。
足音が、暗い道路に吸われる。
足元に白い線が走っていた。
道路の縁石かと思った。
違う。
切り抜き動画の再生バーだった。
レナが一歩進むたび、丸い再生位置が少しだけ動く。
その時、声がした。
最初は風の音だと思った。
違った。
声だった。
壁から来る。
天井から来る。
足元からも来る。
文字が流れていた。
コメント欄の文字だった。




