第19話 帰り道を間違える装置
白河レナ事故ログと羽村サキ事故ログの型番断片を、誰かが掲示板に投げた。
ML-RAS-47*
その文字列に最初に反応したのは、検証班ではなかった。
現役探索者だった。
俺の帰還補助装置にも、それ入ってるんだけど。
うちの新人講習、メイズリンク推奨だったぞ。
RASって、あのRAS?
低ランク探索者ほど使ってるやつじゃん。
明日潜る予定なんだけど、これ外していいやつ?
帰るための装置が、帰り道を間違えるってこと?
久我蓮は、その反応を見てから、二つの事故ログを並べた。
左に、白河レナ事故。
右に、羽村サキ事故。
白河レナ事故ログ。
帰還補助設定:外部モジュールあり
外部モジュール型番:ML-RAS-47*
転送先:未定義
状態:未帰還
羽村サキ事故ログ。
帰還補助設定:外部モジュールあり
外部モジュール型番:ML-RAS-47*
転送先:未定義
状態:未帰還
完全一致ではない。
白河レナのログは下二桁が欠損している。
羽村サキの映像は白飛びしていて、型番の末尾が読めない。
それでも、偶然で片づけるには形が揃いすぎていた。
猫田ナツは画面を見て、顔をしかめた。
「これ、偶然って言ったら人類が雑すぎる」
瀬戸内ハルカは、久我の後ろから画面を見ていた。
「偶然で片づけるには、死者が多すぎる」
「ハルカ先生、短い一言の温度が低い」
「高い温度で死因は読めない」
ナツは黙った。
久我は、二つの型番の前半だけを抽出した。
ML-RAS。
検索する。
一般向け資料には出ない。
探索者装備の広告ページにも、製品名としては載っていない。
だが、スポンサー向け仕様書の片隅にあった。
メイズリンク社製・帰還補助装置。
Return Assist System。
RASシリーズ。
探索者の帰還座標を補正し、ゲート認証を安定させる外付けモジュール。
久我は資料を開いた。
白いパンフレット。
青い企業ロゴ。
笑顔の探索者。
コピーは分かりやすかった。
命を、帰還まで支える。
ナツが鼻で笑った。
「すごいね。命を支える装置で、命が迷子になってる」
「まだ断定はできません」
「分かってる。でも、言いたくなる」
メイズリンク社は大手だった。
帰還補助装置、探索者用生体ビーコン、ゲート同期ユニット。
低ランク探索者からS級探索者まで、広く使われている。
久我が動画検索をかけると、新人探索者講習の教材が出た。
講師の背後に、メイズリンクの青いロゴ。
机の上に、同じ形の帰還補助装置。
『帰還ゲートへ入る前に、補助装置の同期を確認しましょう』
画面内の講師は、白い手袋で装置の側面を指した。
『あなたの帰還を支える、メイズリンク』
新人探索者は、それを最初に教わる。
帰還補助装置を外して潜るな。
ビーコンを切るな。
メイズリンクの同期表示が赤なら、帰還するな。
それは注意事項ではなく、探索者の常識に近かった。
低ランク探索者ほど、装備に頼る。
高ランク探索者ほど、装備を冗長化する。
白河レナほどのS級探索者ですら、メイズリンクの装置を外さなかった。
実際、多くの探索者がメイズリンクの装置で帰ってきている。
だからこそ、問題は大きい。
安全を支える会社が、帰還先をずらしたのだとしたら。
久我は、白河レナの配信前装備チェック資料を開いた。
スポンサー装備欄。
帰還補助装置:メイズリンク ML-RAS-47X
提供:メイズリンク株式会社
画面端に、小さくロゴが出ていた。
白河レナの大型深層攻略配信。
スポンサー一覧の一社。
メイズリンク。
久我は保存した。
証拠八。
メイズリンク製外部モジュール一致。
掲示板では、もう装備スレが動いていた。
【現役探索者】明日RAS外して潜るべき?
【低ランク】高い装備買えないからRAS頼みだった
【家族】子供が探索者講習でメイズリンク勧められてた
【装備店】問い合わせ電話が鳴り始めた。やめて。いや、やめないで確認して。
【不安】帰還補助装置が事故原因だったら、明日から何信じて帰ればいいの?
ナツがそれを見て、静かに言った。
「社会問題になり始めた」
「まだ疑惑です」
「疑惑の時点で怖いんだよ。これ、みんなの帰り道だから」
久我は画面を閉じなかった。
帰り道。
白河レナも、羽村サキも、そこを間違えられた。
その時、端末に通知が届いた。
送信者は、天城セイジだった。
本文は短い。
会おう。
君は、そろそろ人間の方を見るべきだ。




