第18話 白河レナは最初ではなかった
天城セイジは、慌てていなかった。
少なくとも、画面上では。
黒いスーツ。
整った照明。
落ち着いた声。
彼は、いつものように深く頭を下げた。
「このたび、白河レナ氏の死亡確認手続きに関し、一部資料の確認過程に不備があったことが判明しました」
コメント欄は、最初から荒れていた。
一部?
不備?
署名偽造だぞ
遺体別人だぞ
言葉軽すぎ
手続きミスで済むの?
天城は続けた。
「事故直後の混乱、複数機関との連携、深層帰還事故特有のデータ破損により、確認資料の取り扱いに誤りが生じた可能性があります」
久我は、文面をメモした。
混乱。
連携。
データ破損。
誤り。
可能性。
責任の位置が、どこにもない。
「瀬戸内ハルカ氏の署名に関するご指摘についても、現在確認中です。瀬戸内氏には、改めて正式な再確認のご協力をお願いする予定です」
ハルカが、低く笑った。
笑いではなかった。
「署名を偽造された人間を、手続きに戻す気か」
ナツが顔をしかめる。
「嫌な強さ」
天城はさらに続けた。
「また、羽村サキ氏のお名前が一部で取り上げられていることについて、ご遺族への配慮を強くお願いいたします。未確認情報によって、別のご家族を傷つけることは、決してあってはなりません」
ナツが声を低くした。
「先に配慮ポーズ取った」
久我は記録した。
羽村家に会ったのはこちらが先だ。
許可も得た。
だが、画面上では違う。
天城は、遺族への配慮という言葉で、証拠の拡散を止めに来ている。
「しかしながら」
天城は顔を上げた。
「白河レナ氏の死亡という事実は変わりません」
コメント欄が爆発した。
変わるだろ
死の根拠が崩れてるんだが?
遺体違うのに死亡は変わらないって何?
どの遺体で確認したんですか?
瀬戸内ハルカの署名偽造は?
羽村サキさんのデータは?
手続きミスで他人の遺体使うな
天城は、怒らなかった。
「一部資料に不備があったことと、白河レナ氏が帰還事故により命を落としたことは、分けて考える必要があります」
久我は、その言葉を保存した。
根拠を分ける。
資料を分ける。
遺体を分ける。
そして結論だけを残す。
「現在、第三者を交えた再確認を進めています。ご遺族、関係者、ファンの皆様にはご心配をおかけしました。白河レナの名誉を守るためにも、憶測による情報拡散はお控えください」
白河レナの名誉。
久我は、画面を見た。
名誉を守る。
死んだことにしたまま。
他人の遺体データを使ったまま。
本人の声を消したまま。
天城は、最後にもう一度頭を下げた。
「白河レナは、最後まで探索者でした。その事実を、私たちは守り続けます」
配信は終わった。
掲示板では、反応が割れた。
手続きミスなら再確認待ちでよくない?
いや遺体別人はミスじゃないだろ
瀬戸内ハルカを再確認に呼ぶの、完全に取り込みに来てる
羽村家への配慮を盾にするの上手すぎて嫌
白河レナ死亡は変わらないって、根拠どこ?
完全な勝利ではない。
死亡確認書は崩れた。
遺体データも崩れた。
それでも天城は、白河レナ死亡という結論だけを残した。
ナツが椅子の背にもたれた。
「ここまでやって、まだ死んだことにするんだ」
「はい」
「腹立つね」
「はい」
久我は、保存ファイル名を入力した。
天城会見_遺体資料不備認める。
そこまで打って、指が止まった。
違う。
不備ではない。
久我は文字を消した。
天城会見_遺体偽装を手続きミスとして処理。
保存。
マウスを持つ指に、少しだけ力が入っていた。
怒りはあった。
だが、今はまだ保存する。
会見映像。
発言全文。
コメント欄。
時刻。
すべて記録する。
白河レナを帰すには、まだ足りない。
羽村サキの名前も、まだ戻っていない。
*
その夜、羽村サキの古い探索ログが見つかった。
見つけたのは、掲示板の検証班だった。
三年前の事故スレに貼られていた動画リンクは、もう切れていた。
ただ、当時それをミラー保存していた小さなアカウントがいた。
そのユーザーが、古い外部ストレージから動画を掘り出して再投稿した。
動画タイトルは、地味だった。
中層下部・帰還前確認。
再生数は、三年前の時点で二百三十一。
コメントは六件。
そのうち二件は、スパムだった。
久我は、その動画を開いた。
画質は悪い。
音も小さい。
画面は揺れている。
羽村サキが映っていた。
証明写真より、ずっと普通の人だった。
ヘルメットの位置を直しながら、小さく笑っている。
『帰ったら、コンビニでプリン買います』
誰かが画面外で笑った。
『またプリン?』
『安くて甘いので』
サキは少し考えてから、付け足した。
『一個は帰り道で食べます。もう一個は、家で食べる用です』
短い会話。
何でもない探索ログ。
有名でもない。
神回でもない。
誰も泣かない。
誰も切り抜かない。
ただ、そこに人がいた。
動画の終盤、ノイズが入った。
帰還前の確認画面。
ゲートの白い光。
羽村サキが、少しだけ首を傾げる。
『あれ』
画面端に、帰還ゲート番号が一瞬映る。
久我は再生を止めた。
拡大する。
ノイズを切る。
白飛びした数字を補正する。
番号の全体は読めない。
だが、末尾の三桁だけが残っていた。
白河レナ事故の下層ログに一瞬出た、未登録番号。
その末尾と同じだった。
久我は、息を止めた。
さらに、画面下部に小さな設定表示があった。
帰還補助設定:外部モジュールあり
表示は一瞬だけだった。
メーカー名は読めない。
型番も潰れている。
だが、白河レナ事故のログにも、同じ項目があった。
外部モジュール。
帰還ゲート本体ではない。
二つの事故で、同じ後付け部品が動いていた。
久我は、別ファイルを開いた。
白河レナ事故直前の下層ログ。
帰還補助設定:外部モジュールあり
同じだった。
久我はファイル名を付けた。
証拠七。
外部モジュール一致。
保存。
再生を戻す。
羽村サキの声が、ノイズの中で震れていた。
『この番号、違……』
白い光が画面を潰す。
音が割れる。
久我は、音声だけを抽出した。
ノイズを切る。
声の帯域を残す。
波形を拡大する。
三年前の音声は、かすれていた。
だが、最後の一言は残っていた。
『私、まだ帰れてない』
久我は、画面を見つめた。
白河レナの声ではない。
羽村サキの声だった。
同じ言葉。
同じ未帰還。
同じ、登録番号の違う帰り道。
そして、同じ外部モジュール。
白河レナは、最初ではなかった。




