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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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18/58

第18話 白河レナは最初ではなかった

 天城セイジは、慌てていなかった。


 少なくとも、画面上では。


 黒いスーツ。

 整った照明。

 落ち着いた声。


 彼は、いつものように深く頭を下げた。


「このたび、白河レナ氏の死亡確認手続きに関し、一部資料の確認過程に不備があったことが判明しました」


 コメント欄は、最初から荒れていた。


 一部?

 不備?

 署名偽造だぞ

 遺体別人だぞ

 言葉軽すぎ

 手続きミスで済むの?


 天城は続けた。


「事故直後の混乱、複数機関との連携、深層帰還事故特有のデータ破損により、確認資料の取り扱いに誤りが生じた可能性があります」


 久我は、文面をメモした。


 混乱。

 連携。

 データ破損。

 誤り。

 可能性。


 責任の位置が、どこにもない。


「瀬戸内ハルカ氏の署名に関するご指摘についても、現在確認中です。瀬戸内氏には、改めて正式な再確認のご協力をお願いする予定です」


 ハルカが、低く笑った。


 笑いではなかった。


「署名を偽造された人間を、手続きに戻す気か」


 ナツが顔をしかめる。


「嫌な強さ」


 天城はさらに続けた。


「また、羽村サキ氏のお名前が一部で取り上げられていることについて、ご遺族への配慮を強くお願いいたします。未確認情報によって、別のご家族を傷つけることは、決してあってはなりません」


 ナツが声を低くした。


「先に配慮ポーズ取った」


 久我は記録した。


 羽村家に会ったのはこちらが先だ。

 許可も得た。


 だが、画面上では違う。


 天城は、遺族への配慮という言葉で、証拠の拡散を止めに来ている。


「しかしながら」


 天城は顔を上げた。


「白河レナ氏の死亡という事実は変わりません」


 コメント欄が爆発した。


 変わるだろ

 死の根拠が崩れてるんだが?

 遺体違うのに死亡は変わらないって何?

 どの遺体で確認したんですか?

 瀬戸内ハルカの署名偽造は?

 羽村サキさんのデータは?

 手続きミスで他人の遺体使うな


 天城は、怒らなかった。


「一部資料に不備があったことと、白河レナ氏が帰還事故により命を落としたことは、分けて考える必要があります」


 久我は、その言葉を保存した。


 根拠を分ける。

 資料を分ける。

 遺体を分ける。

 そして結論だけを残す。


「現在、第三者を交えた再確認を進めています。ご遺族、関係者、ファンの皆様にはご心配をおかけしました。白河レナの名誉を守るためにも、憶測による情報拡散はお控えください」


 白河レナの名誉。


 久我は、画面を見た。


 名誉を守る。

 死んだことにしたまま。

 他人の遺体データを使ったまま。

 本人の声を消したまま。


 天城は、最後にもう一度頭を下げた。


「白河レナは、最後まで探索者でした。その事実を、私たちは守り続けます」


 配信は終わった。


 掲示板では、反応が割れた。


 手続きミスなら再確認待ちでよくない?

 いや遺体別人はミスじゃないだろ

 瀬戸内ハルカを再確認に呼ぶの、完全に取り込みに来てる

 羽村家への配慮を盾にするの上手すぎて嫌

 白河レナ死亡は変わらないって、根拠どこ?


 完全な勝利ではない。


 死亡確認書は崩れた。

 遺体データも崩れた。


 それでも天城は、白河レナ死亡という結論だけを残した。


 ナツが椅子の背にもたれた。


「ここまでやって、まだ死んだことにするんだ」


「はい」


「腹立つね」


「はい」


 久我は、保存ファイル名を入力した。


 天城会見_遺体資料不備認める。


 そこまで打って、指が止まった。


 違う。


 不備ではない。


 久我は文字を消した。


 天城会見_遺体偽装を手続きミスとして処理。


 保存。


 マウスを持つ指に、少しだけ力が入っていた。


 怒りはあった。


 だが、今はまだ保存する。


 会見映像。

 発言全文。

 コメント欄。

 時刻。


 すべて記録する。


 白河レナを帰すには、まだ足りない。


 羽村サキの名前も、まだ戻っていない。


     *


その夜、羽村サキの古い探索ログが見つかった。


 見つけたのは、掲示板の検証班だった。


 三年前の事故スレに貼られていた動画リンクは、もう切れていた。

 ただ、当時それをミラー保存していた小さなアカウントがいた。


 そのユーザーが、古い外部ストレージから動画を掘り出して再投稿した。


 動画タイトルは、地味だった。


 中層下部・帰還前確認。


 再生数は、三年前の時点で二百三十一。


 コメントは六件。


 そのうち二件は、スパムだった。


 久我は、その動画を開いた。


 画質は悪い。

 音も小さい。

 画面は揺れている。


 羽村サキが映っていた。


 証明写真より、ずっと普通の人だった。


 ヘルメットの位置を直しながら、小さく笑っている。


『帰ったら、コンビニでプリン買います』


 誰かが画面外で笑った。


『またプリン?』


『安くて甘いので』


 サキは少し考えてから、付け足した。


『一個は帰り道で食べます。もう一個は、家で食べる用です』


 短い会話。


 何でもない探索ログ。


 有名でもない。

 神回でもない。

 誰も泣かない。

 誰も切り抜かない。


 ただ、そこに人がいた。


 動画の終盤、ノイズが入った。


 帰還前の確認画面。

 ゲートの白い光。

 羽村サキが、少しだけ首を傾げる。


『あれ』


 画面端に、帰還ゲート番号が一瞬映る。


 久我は再生を止めた。


 拡大する。

 ノイズを切る。

 白飛びした数字を補正する。


 番号の全体は読めない。


 だが、末尾の三桁だけが残っていた。


 白河レナ事故の下層ログに一瞬出た、未登録番号。


 その末尾と同じだった。


 久我は、息を止めた。


 さらに、画面下部に小さな設定表示があった。


 帰還補助設定:外部モジュールあり


 表示は一瞬だけだった。

 メーカー名は読めない。

 型番も潰れている。


 だが、白河レナ事故のログにも、同じ項目があった。


 外部モジュール。


 帰還ゲート本体ではない。

 二つの事故で、同じ後付け部品が動いていた。


 久我は、別ファイルを開いた。


 白河レナ事故直前の下層ログ。


 帰還補助設定:外部モジュールあり


 同じだった。


 久我はファイル名を付けた。


 証拠七。

 外部モジュール一致。


 保存。


 再生を戻す。


 羽村サキの声が、ノイズの中で震れていた。


『この番号、違……』


 白い光が画面を潰す。


 音が割れる。


 久我は、音声だけを抽出した。


 ノイズを切る。

 声の帯域を残す。

 波形を拡大する。


 三年前の音声は、かすれていた。


 だが、最後の一言は残っていた。


『私、まだ帰れてない』


 久我は、画面を見つめた。


 白河レナの声ではない。


 羽村サキの声だった。


 同じ言葉。


 同じ未帰還。


 同じ、登録番号の違う帰り道。


 そして、同じ外部モジュール。


 白河レナは、最初ではなかった。


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