32 番外編6 ※ミハイル視点
今夜は夫婦の寝室に向かう時に、酒とグラス、ちょっとしたつまめるものを持って行く。酒は、度数低めの甘くて飲みやすい果実酒だ。キラキラとした琥珀色の、エリーの好きな酒である。
エリーが酒を好み、でも弱くて、飲むといつもとある状態になり、その事をあまり覚えていない。
「殿下はその状態のエリシアをあまり見ない方が良いのでは」と治療師達が気を使って言い淀むところを、無理矢理話を聞き出した。
エリーの全てを知っておきたい。
エリーの全てをフォローして、幸せにしたい。
そして、これは俺の。贖罪と、誓いの時間でもある。
「……!! おいし……!!」
エリーがちびちびと琥珀色の果実酒を飲み始める。会えなかった8年間は、生きる最低限の食事もできなかったと聞いているから、これからは好きなものを好きなように、食べたり、飲んだりしてほしい。
手元の琥珀色を口に含むと、甘酸っぱい味が口内に広がり、後からふわりとほのかなアルコールを感じた。
「ミーシャはお酒、強そうだよね」
「うん、足元に来たり具合悪くなった事はないかな」
「うらやましい」と言いながらちびちび果実酒を舐めるエリーは、もう酔いが回って来たようだ。
エリーが、俺の腕に両腕を絡めて頭を寄せる。
甘えてきたら、そろそろ始まりの時間だ。
「私ね、今、本当に幸せで……」
「うん」
「ミーシャが触れられるくらい近くにいて」
「うん」
「ずっと伏せってたミーシャが、強くて大きい大人になれて」
「……うん」
「少ししか食べられなかったのに、今はもりもり食べられて……」
エリーは本当に、ひとのことばかり。
もっと自分のわがままも言ってくれればいいのに。
そのサラサラの白銀色の髪をなでる。
「やっぱり、こんな幸せなのは、夢だよね……」
「そんな事ないよ」と言って、エリーの頭をなで続ける。
「きっと、私の都合のいい夢なんだよね……。だって、私の幸せは、お父さまやお母さま、ミーシャと一緒に、ケイフォードに置いてきたもん」
「俺は、ちゃんと生きているよ。ほら、温かいし心臓も動いているだろ?」
エリーの手を、俺の左胸に添える。
この鼓動を感じてもらえるだろうか。
「再現度の高い夢だね……そういう夢も、よく見るもんね。ミーシャが刺される夢なんて、しょっちゅうだもんね……」
「あの時は、俺も弱くて。いつも心配ばかりかけて、ごめん」
エリーの顔に手を添えて、親指で頬をなでる。
「ミーシャは悪くないよ。悪いのはミーシャに痛いことした悪いヤツ。でも、ミーシャは、私の全てだもんね。ミーシャと一緒に私も死んで、結局残ったのは私の抜け殻だけだった」
エリーの手を握り、もう一度「俺は生きて、ここにいるよ」とエリーに囁きかける。
「義父も、抜け殻の人形を殴って何が面白いのかね。毎日毎日飽きもせずに。結局、クリスにも手を挙げるし。私が治すけど」
エリーの背中を優しくなでる。これからは、俺が守って癒すから。理不尽な目にあわないように、ずっと側にいて守るから。
エリーがふと、俺と目を合わせてへにゃりと笑い、俺の頬に手を伸ばす。
「ここにいるミーシャが、夢でなければいいのに」
エリーはお酒を飲むと、ロルカトルの最下層にいた頃に気持ちが戻ってしまうらしい。当時は余程の生活をしていたのか、今言葉を尽くしても幸せなことは夢だからとしか受け取ってもらえない。
恐らく当時はこれが彼女の日常で、どれだけの絶望の中を生きてきたのかを、自分の弱さが招いた罪が彼女をどれだけ傷つけたのかを、目の当たりにする瞬間だ。
俺が背負うべき、贖罪。
エリーのこれからを、幸せにするという、誓い。
お酒を飲んでも、ロルカトルに戻らずに済むように。
彼女の身体に心に染みついた、あの生活を思い出さずに済むように。
これは誰にも譲れない。
俺だけの、贖罪と誓いの時間なのだ。
このお話で完結となります。頑張ってきたミーシャとエリーのお話に、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。




