第9話 遭遇
王都を出て最初の夜。
俺とリィナは互いに夜の番をしつつ交互に馬車の中で眠りにつくことにした。
ルロダンまでの道のりはだいたい3日から4日ほどかかるのだからなかなかに遠い。
ここまでの道のりは魔物もいなければ人っ子一人もいない静かな物だったけどこんなに落ち着いているのなら俺って必要だったのかな。
本来であれば乗り合いの馬車なんかが出ているらしいんだけど、あの襲撃があった日にかなり壊されてしまい今は減便されているのだそうだ。
こういう馬車があるのだから補填としてあてがえばいいのでは?
なんて思ったけど人の輸送、物資の輸送とそれぞれに使う馬車の作りが違うからそういうわけにはいかないらしい。
いろいろあるんだなぁ……
乗り合いの馬車かぁ。
そんなのあれば俺なんかを雇ったりしないよな。
ゆらゆらと炎が揺れる焚火はどこか心を落ち着けてくれる。
これで俺に心のゆとりでもあれば金髪美少女と二人で馬車の旅……なんてアホみたいなことを考えていただろうか。
「はぁ」
ため息交じりに薪をくべる。
『四刻で交代しましょ』ってリィナは言ってたけど時計なんてないよな。
腕時計……なんてものもないし街中も時計塔のようなものや壁掛けの時計もない。
朝の時刻を知らせる鐘の音が響くくらいで時間と言うものを表すものが何もない。
四刻……って言ってたけど刻って一時間くらいとかそんな感じかな。
そんなこんなと周囲をとりあえず警戒しながら時間を潰しているとしばらくして馬車からリィナが降りてくる。
「交代の時間ですね。外はどうですか?」
この時間についてすっごい聞きたい。
でも当たり前に言ってるってことは常識なんだろうなぁ。
「とくに変わりなかったよ」
そう答えると眠そうにしながら焚火近くの丸太に腰をかける。
「そうでしたか。見張り……ありがとうございます」
「いや、大したことないよ。それよりも見張りかわってもらっていいのか?」
すると首を傾げるリィナ。
「かわらないと……ソラさんが眠れないじゃないですか?」
「あー……そうだな」
再び夜空を見る。
俺はいったい何に気を使っているのだろうか……
「何を……見てるんですか?」
「ん? あぁ、星だよ」
「星……綺麗ですよね?」
「ああ……本当に綺麗だ」
「めずらしい……ですか?」
「ん? ああ、こんなきれいな星空を見るなんてなかなかできなかったからさ。ずっと見てられる」
「ふーん……私は星座についてはあまり詳しくはないんですけど、あの大きく光る白色の星は光の涙って呼ばれてるのですよ?」
「へぇ、なんでそう呼ばれてるの?」
「そうですね。ルクサーラ様の光が届かない夜。届かなかった者達に向けられたせめてもの闇夜の光と教えられました」
「なんだか……そうだな。深そうな話だね?」
「はい。ルクサーラ様を信じる者は光の下で守られる。けど守られなかった信徒もいます。そんな方々を救うためのものだと……私は解釈してます」
信じても守られないという負の側面がありながらも崇拝するっていうのは奇跡というメリットがあってのものなのなのかな。
ただわかるのは思ってる以上に現実は厳しいんだろうなということだ。
その厳しさに心が敗けないように救ってくれるのは、ある意味信じるって心の在り方や宗教がとても大切なものだとわかる気がする。
「よし! 俺も寝てくるよ」
「はい。ゆっくりおやすみくださいね?」
「いろいろ教えてくれてありがとね」
「え? あ、いえ……はい。どういたしまして……」
「おやすみ」
なぜか戸惑うリィナを横目に馬車へ入る。
それから俺は思いの外ぐっすり寝てしまった。
「ソラさん! 朝ですよ。行きますよ」
「ん? んー。あと5分」
「5分? 何を言ってるんですか?」
その言葉を聞いて俺は即座に体を起こした。
やらかした。
出勤しなくちゃいけないのに寝過ごした気分だ。
「きゃ!!」
なぜか横で驚くリィナ。
「ごめん。寝過ごした」
「い、いえ。お疲れのところすみません」
「いや、疲れてるのはお互い同じだよ。夜番ありがとね」
「え、えと……はい」
それはいいとして……
「どのくらい……寝てた?」
「いえ、気にされるほどではありませんよ?」
ほっと溜息をもらす。
「ソラ……さん?」
俺は伸びをしてから刀を腰に差す。
「いや気にしないで、さて……今日も進むとしようか」
「はい。おねがいしますね!」
「まかせとけ」
それからは朝食を軽めに済ませて火を消し馬車を走らせた。
馬の体力を考えて時折、俺も降りたりして歩く。
本当にのどかだ。
魔物が出るかもしれないって話だから俺がいるわけだけど……仕事が来ない。
いや、来ない方がずとましなんだけどさ。
昨日からずっと平和っていうのも違和感がある。
もしかしたら何か……俺の知りもしない事とかあったりするのだろうか。
「リィナ、少しいい?」
「はい」
「昨日から魔物の姿とかまったく見ないけどこの道って……これが普通なの?」
「んー……そうですね。スケイルハウンドやガジャネズミがいてもおかしくないのですが……全くいないのは確かに不自然ですね……」
なんだその魔物達は……。
魔物達って言うのかな。
それとも動物?
魔物と動物の境界線がわからない。
でも、ここでそれらが一体なんなのか聞いてしまえば、いよいよもって不安にさせてしまうかもしれない。
くぅ、こういう時どうしたらいいのだろうか。
……わからん。
「こういうことって結構あったりするの?」
「いえ、私の知る限りでは初めてです……何が起きてるのか私にも、すみませんがわかりません。もしかしたらまだ王都へと侵攻した魔族達の影響が残っているのかもしれません」
「魔族達の影響?」
「はい。こういった魔物を食料にしたりするんです」
「へぇ、魔物をね」
「時間は経っているのであまり考えずらいですがもしかしたら……」
「そうか、ありがとう」
「い、いえ。大したことを言ったつもりはありませんよ」
「まあ、俺もなんだか胸騒ぎがする。ちょっと慎重に周りを警戒するね」
「はい。お願いします」
胸騒ぎとは裏腹に晴れた空、雲一つない美しい景色がどこまでも広がっている。
昨日まで見えていたアーグレンの街並みはもう見えず優しい日差しが俺達へと仄かに降り注ぐ。
それからしばらくして俺も馬車に乗って揺られていたその時だった。
太陽を横切る一筋の影。
「ん?」
「どうしました?」
「空になにかが……?!」
俺は息をのんだ。
大きさはわからない。
けれど、そいつはゆったりと空を弧を描くように飛んでいる。
「リィナ、あれが何かわかるか?」
手綱を持っているリィナの横へと行き同じ方向を見れるよう抱き寄せ飛んでいる何かを指す。
「な?!……」
この距離感にリィナが驚くのがわかる。
無意識にやってしまった。
しかし、それよりも俺はあの謎の何かについての意見が即座に欲しかった。
「あれだ」
「え?! グリフォン……グリフォンです!!」
とても驚いたようにリィナは、その魔物の名を二度繰り返した。
「グリフォン?!」
あの半分鷲で半分ライオンのやつだろうか。
そしてグリフォンと思われる魔物は太陽をまた横切りできた影が俺達の馬車を一瞬だけ包み込む。
そして目を付けられたのが分かった。
なぜそう思ったのかはわからない。
わからないけど、さっきまでと飛び方がまったく違う。
「まずい……かもしれない。もっと速く走れるか?」
「やってみます!」
馬車の揺れが凄まじい。
空に浮かぶ黒い影が徐々に大きくなる。
尋常じゃない速度で飛んでいるんだ。
だめだ追い付かれる。
どうしたらいいんだ。
俺が何とかおとりになれないだろうか。
鷲って確か目がいいはずだ。
幸い今日は晴れている。
「合図を出したら道から横に逸れて!!」
「はい!」
俺は刀を抜いた。
磨き上げられてる刀を太陽の光に当てて反射をさせて……
「今!!!」
俺は馬車から飛び降りた。
この囮行動が的外れで馬車が壊れるような事態になったら俺はとんだ間抜け野郎だ。
グリフォンの生態なんて知らない。
でも、あのままじゃ馬車ごと潰されてるかもしれない。
結果。
グリフォンは俺めがけ地面に激突した。
大きく舞う土埃。
気が付くと奴の爪が真横をかすめていたのがわかるほどに俺の隣の地面がえぐれていた。
自然と足が震える。
目立って正解だったってわけだ。
そして次第に土埃が、はれて奴の姿があらわとなった。
鋭い前足の爪、獅子の下半身に鷲の上半身。
ゲームでも有名な魔物とまさか……生身で対峙することになるなんて思いもよらなかった。
何度倒したかもわからないデータ上での出来事が……現実で起きる感覚はひたすらに心臓を突き動かした。
そして始りを告げるのはグリフォンの甲高い鳴き声。
瞬間、奴は前足を振り上げた。
「うお?!」
俺は咄嗟に転がりすれすれで鋭い爪を避ける。
「ソラさん!!」
「逃げろ!!」
なぜかリィナは杖を手に取ろうと躊躇している。
そんな場合じゃない。
「馬車で安全な場所にいけ!!」
「で、でも!!」
「俺は大丈夫だ。行け!!」
「わかりました!……ごめんなさい」
何故かまた振り返ろうとするリィナ。
けれどちゃんと馬車を走らせてくのが見える。
これでいい。
さてさて……。
正直、勝てる自信がまったくない。
けど、逃げられるほど甘い魔物じゃないのは、あの速度を見れば一目瞭然だ。
ここは……誰かがこいつをなんとかしないといけない。
なんとかできなきゃいけない。
刀を握りしめろ。
勝てないと決まったわけじゃない。
覚悟を決めろ。
グリフォンの一挙手一投足に全神経を注ぐんだ。
勝てないまでも……あの優しい娘が逃げる時間だけは稼げるだろ。
「さぁ……勝負だ」




