第8話 ルロダンへ
借りた馬車は後ろが荷台になっている帆馬車。
そして茶色い馬一頭が一生懸命に馬車を引いている。
もちろん俺は御者などできるはずもなく……リィナ様が御車をされていらっしゃる。
今のところ依頼主にたかり苦労をかける事しかしてない気がするのは気のせいだろうか。
ここ王都アーグレン、南側の町レラデラン。
商業区画というのもあって大通りは荷馬車が多く行き交っている。
「荷物よし! 非常用の食料良し! それではソラさん。出発しますね!」
「おう!」
ゆっくりとガラガラと回り出す馬車の車輪が勢い付いていく。
いよいよ、見たこともないほどに大きなレラデラン大門を潜り抜けて、いざ王都の外へと俺達は出た。
馬車に乗るのなんて初めてだから、とても心が躍る。
先の不透明な不安がちっぽけに見えるくらい。
世界は綺麗だったことに思い知らされた。
見る物すべてが新鮮。
だからか、あれは何なのか? これは何なのか? と気になってしょうがない。
それに……この揺れだ。
この馬車は一見して西洋にありそうな見た目をしている。
もっとがたがた揺れて尻がもたないなんて話を聞いていたからひどいんじゃないかと想像していた。
けれど、これは良い意味で予想を裏切っている。
よくわからないけれど、きっとサスペンションの類があるようで揺れがとても少ないんだ。
精巧なガラスの窓だったりとか、それなりに高い建物や綺麗な彫刻だったりいろいろあるし巨大な風車のようなものもある。
建築技術もそうだけれど、いろいろと文明事態は高いんだろうな。
それからは一面自然が広がっていた。
吹き抜ける風がそのの香りを届けてくれて、どこまでも広がる草原と黄金の田畑が世界の広さを物語っていた。
あの戦いで荒らされていないのが不思議なほどに綺麗な景色だ。
そこらで農作業をしている人が歩いている。
それにあの遠くに見える浮島はいったいなんなのだろう。
あと、遠くに見える薄い皮膜もなんだろう……興味が尽きない。
するとリィナがクスリと笑った。
「ん? 何か可笑しかった?」
「いえ、すみません。ずっと物珍しくあたりをソラさんが見ていたのでつい」
「あ、ああ。いやほんと綺麗な景色だなぁ……って思ってさ」
「はい。この時期の田畑は本当に綺麗ですよね? でも……まるで全てが物珍しいって顔をされてましたよ?」
「そ、そうかな?」
「そうですよ。専ら戦争をしてる国に遠い東の国から来るなんて変わってる人だと思ってましたが……やっぱり変わってますよね?」
「変わってる……本当にそうだね」
危ない危ない。
召喚の件やら勇者とか言われた件については話してないから不自然だったよな。
こんな感じの……リィナだから話しても問題ないような気はするけど無用なトラブルが発生するのも怖い。
実際のところ勇者だの、この世界の事だの、アーグレンの事や信仰されてるルクサーラ神の事とか知らないことだらけだ。
こうして黙っているのも、そんな知らない事だらけで話していいかどうかも判断できないって理由が正しいんだけどさ。
知らなくちゃな……
もしかしたら日本に帰れるかもしれないんだし。
なんのためにここへきて何をして生きるのか答えがないままに終わるわけにはいかないか。
目的地はリィナの故郷であるアメリア領のルロダン。
ゆっくりと過ぎていく景色の道中、リィナはいろいろと話してくれた。
「私の家。アメリア家はアメリア領で領主をしてるんです」
「リィナって周りの反応からして偉い人だとは思ってたけどなんだかすごいな?」
「いえ、お恥ずかしながら辺境伯とはいえ、お金もあんまりない貧乏貴族です」
「でも領主をしてるんでしょ? それは立派な役目だよ」
「本当に……そうですね。お父様も立派にアメリア領を治められてます」
「それでさ。何で王都で神官? 僧侶? って言うのかな? リィナは聖職者をしてるんだ?」
「うーん。そうですね……きっかけは妹の事です」
「石化病……か」
「はい。近いうちにその治療の手段を探すために旅に出ようって思ってます」
「近いうち?」
「はい。ようやく聖女にもなれましたのでね?」
教会の宿舎を使わせてもらうことになった日。
リィナと同じ格好をした人達が緑色の魔法陣を浮かべて怪我人を次々と治療しているところを見た。
きっとそう言うことができる宗教集団なのだろう。
ただ一つ気になった。
聖女って称号とか称えられて言われる物じゃないのかな。
おもむろにその疑問を口にする。
「聖女?」
「はい。ソラさんはご存じないですか?」
「まぁ……」
「そうでしたか。ルクサーラ神様の教えでは広く愛の元で平等に加護を受けられます」
それからリィナはルクサーラ神の事を教えてくれた。
愛と守護の女神であること。
その下では階級という階級もないのだけれど扱える奇跡で信徒の呼び名が変わるのだそうだ。
「聖女ともなればもう一人前です……光の壁の奇跡も治癒の奇跡、一通り扱うこともできますよ?」
奇跡……と言うのが魔術やら魔法と違う不思議な力なのかは分かんないけどきっとすごいのだろう。
「それはすごいな。なるほど……」
「なのでこの旅での私の役割は雇い主ではありますがソラさんのサポートです。このパーティの考えは冒険者としての考えが大きいんですけれどね」
そこで俺は今まで気になっていた疑問を口にしてしまう。
まぁ、あんとなく察しはつくのだけれども。
「そういえばさ。冒険者ってなんなんだ?」
すると驚きを隠せない様子でリィナ。
「……?! 冒険者を、ご存じないのですか?!」
「あ、ああ、何か……おかしいか?」
「それはもう……だからギルド名簿にもあなたの登録がなかったのですね?」
「ほ、ほう。そんなことまでお調べになられて……」
「仕事の依頼ですからね。先ずはギルドを通します」
「でさ。もう恥を忍んで聞くけど……ギルドって何?」
リィナは少しの沈黙の後に手綱を下ろしてから自身の頬をパンっと両手で葛を入れるように叩いたのだった。
すっごい不安にさせちゃったと思う。
でも、俺は恐る恐るリィナに尋ねることにした。
「ど、どうした……の?」
「いえ! 気にしないでください。それにしてもソラさんって不思議な方ですね?」
「え? えぇ……そうかな?」
「いえ、もうまったく……不思議ですよ? ギルドといえばこの国だけじゃなく全世界の至る所にありますからね?」
「ほう……」
「その起源は遥か昔の十二勇者様の一人である蒼天の勇者様がおつくりになられた仕事の斡旋所です」
それからギルドについても教えてくれた。
ただ教えてくれればくれるほどに俺が知らないという異質感もよくわかった。
全世界の至る所で、その土地の仕事を斡旋し魔物の討伐から住民の困りごとなどを冒険者として登録された人が依頼や仕事を請け負うのだそうで……
それでいて各地の政事にも左右されず常に中立を貫くという絶対の組織なのだとか。
「なので各地の貧困の是正や人手不足を補っているすごい組織なんです」
「へぇ。そりゃ、知らない方がおかしい……よな」
「ほんとにそのとおりです!」
「それでさ。その……」
俺はそう言いかけたところで止まった。
「なんですか?」
常識を知らない追いはがれた葉っぱ一枚の剣士。
今のところ不安材料しかないのにどうして俺を指名したのか……それを聞こうとした。
もしかしたら、あの日の出来事を知っているのではないかと考えた。
けれど知っているにしては飲み屋で頼まれた時に何で俺なのかという俺の疑問に正しく答えられていない。
きっとリィナも確証は得られてないのだろう。
わからない。
聞いていいのかどうかも。
短い間に少しだけ信頼らしきものは結べたとは思うけれど、こういう隠し事をしているってだけで余計不安をあおってる気がする。
すまないな……
俺もどうしたらいいかわからないんだ。
そんな会話を続けながら日もある程度傾いてくる。
夕日を横に風で揺れる金色の髪が美しく流れて輝いている。
小さくて頼りなさそうに見える背中がどこか頼もしく見えてしまうほど。
俺は弱いと思い知った。




