第7話 準備
朝を知らせる鐘の音が遠くから響いている。
昨日、酒場から出てルクスリア教会の宿舎へとアメリアと一緒に帰った。
そして今朝、門の前でアメリアと待ち合わせをしている。
今日の予定は、ひとまず俺の旅支度を整えるためにアメリアがよく知っているお店へと案内してくれることになった。
何も持たずに行くのはさすがにダメだと言うことで……
さすがに俺もそう思うけど、年下の女の子に身の回りをちゃんとしてもらうって……
「本当に情けねえ……」
呟き消える言葉が白んだ空にそびえる教会へと視線を届ける。
しっかりと異世界なんだと思わせる景色に俺は今更ながら思い知った。
するとぼーっとしていたせいか教会の入口からアメリアが来るのが見える。
白を基調とした赤色の入ったいつもの修道服。
片手には錫杖。
普段の格好に加えて、これから旅に出るぞと言わんばかりのリュックを重そうに背負っていた。
「おはようございます! おまたせしてすみません」
「おはよう。俺も今来たところだから大丈夫だよ」
「それでは行きましょう。案内しますのでついてきてくださいね?」
「わかった。すまないけど今日はよろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
それから俺達はアメリアがおすすめする目的のお店へと歩みを進めるのだった。
まだ、こんな明け方だというのに人通りが多く活気づいている。
いつもの朝でいつもの空気感なのかもしれない。
けど……俺にとっては昨日のアメリアとのやり取りのせいで違って見えるようになっていた。
その誰もが今日を生きていくんだという強い顔をしているように見えたんだ。
あんなことがあってまだ間もないっていうのに……
この町の人たちは皆強い。
自然と拳に力が入った。
「それで、その……アメリア様?」
「え? あ、はい。どうしました?」
俺の呼びかけに対してどこか違和感を覚えるようにアメリアは首を傾げる。
そう身構えられては言い出しずらい……けどさすがに聞いておく必要があるだろう。
「護衛と言うと……その、どんなことをすればいいので?」
「ん……?」
アメリアは固まってしまった。
わかるよ?
こう言った結果『こいつまじか?』と語るような表情に見える。
名ざしで指名されても俺は、こういう事に関しては素人なんだからしょうがないだろ? なんて言いたい……
そんな言い訳したって仕方ないんだけど……
しかし、動揺しつつもアメリはしっかりと返事をくれた。
「そうですね……基本的には私の身の安全を確保してくださる事と魔物の対処でしょうか?」
「魔物の対処とアメリア様を守る……わかった」
まあ、しっかりちゃんとできるか不安だけれども……
するとアメリアは、そんな空気を察したのか先ほどまでの表情とうって変わり笑顔になった。
「ま、まずは準備です! 何事も下準備が大事ですからね」
「そ、そうだね」
どこか空元気を出しているように見えるけど……
こんなことを護衛を担当する方が言ったんだから不安になってるのはアメリアの方だろうに……
すると前を歩くアメリアが急にこっちへと振り向いた。
「あと私のことはリィナと呼んでくださって構いません。これからパーティを組むのですから呼びやすい方がいいでしょう?」
パーティ?
依頼主と請負人みたいな立ち位置じゃないのかな。
ここの常識なのだろうかと言う疑問を他所にその申し出に応える。
「気をつかってくれてありがとうね。俺のことも適当に呼んもらって大丈夫だよ」
「はい! わかりましたソラさん!」
なんだか年端もいかないような、あどけなさがあるのにちゃんと考えてるのは偉いよな。
リィナとの人としての圧倒的な差を痛感しつつ道をそのままに歩いて古いお店が立ち並ぶ一角に辿り着く。
そして、どうやら目的の場所についたらしくジルバード商店という名前の店の前に立ち止まった。
「着きました!」
「ここで旅の道具を調達すると?」
「はい。昔馴染みのお店です!」
「昔馴染みの……でも」
そう言いかけたところでリィナは容赦なくドアに手をかける。
ドアにはクローズドの文字。
しかし、気にせず中へと入って行ってしまったリィナ。
チリンチリンとドアにかけられた鈴が鳴る。
すると奥よりのっそりと髭をわっさわっさと触りながら老齢の背の低い老人が姿を見せた。
「まったく、誰だい? こちとら復興の品の手配で忙しいってのに、まだお店は開いて────」
そう言いかけた途端にリィナを見て表情を変える。
「これはこれはいらっしゃいませリィナ様!! お元気そうで!」
というか今このおっさん、アメリア様じゃなくてリィナ様と言う老人。
「時間外に押しかけてしまい申し訳ございません」
俺は頭を普通に下げるリィナを見て、そう言えば貴族なんだよな……と違和感を覚える。
貴族というと、どこか横暴で権威と威厳を重んじる何かだっていうのを想像していたからリィナって変わった貴族なんだろうか。
勝手な偏見なんだけどさ。
現れたじいさんはそのリィナの態度にちゃんと畏まる。
「いえいえ、とんでもございません。アメリア家には代々お世話になっております。少しでもお役に立てるのならこんなにうれしいことはございませんですわい」
「ありがとうございます! よかった……タルじいちゃんが無事で本当に……」
「あれごときでくたばる玉ではありませんぞ?」
「本当によかったです……あの日、みんな……」
「リィナ様……辛い思いをされたのですね?」
「ごめんなさい。ちょっと涙が……」
リィナが呼ぶタルじいはそっとリィナの肩に手をおいた。
ふと……俺は思った。
異世界へきて……自分のことばかりだったと。
自分だけ、なんで異世界に召喚されて辛い思いをしなくちゃならないんだろって思ってた。
違う。
みんな……みんな辛いんだ。
そう思った。
そして、それと同時にとても自分が情けなく恥ずかしくなった。
しばらくリィナが落ち着くのを待ってからタルじい。
「リィナ様は相も変わらずお優しいですな? して本日はどのようなご用件で?」
「早急にルロダンに向かいたいので早速で悪いのですが護衛をお願いをした、この方の旅支度を整えたくてきました!」
「旅支度をですかのう?」
タルじいはのっそりのっそりと俺に近づいてきた。
「見慣れないな? あんたここらの人じゃない。どこの者じゃ?」
先ほどまでの優しい顔つきから一変して鋭い眼光が俺に突き刺さる。
わかる。
わかりますとも。
こんなに可愛らしい御令嬢を心配せずにはいられないでしょう。
その御令嬢の横に見ず知らずの護衛が一人だなんて素性が気にならないはずがない。
けれど本当の事を言ったところで信じてもらえるはずもないと思うので少しベタではあるけれど、これで言い逃れることにした。
「はい、遠い東の国から来ました」
「東の国? 国の名はなんじゃ?」
これは言って良いのどうかはわからないけど仕方ない。
下手にランダムネーム国家を爆誕させるよりましだろう。
「日本です」
「ニホン? そんな国……聞いたことないわい」
「け、結構遠いですからね? 旅支度と言うと何を用意したらいいんですか?」
「あんた。大丈夫かの?」
「大丈夫……?」
「遠い東のニホンとやらからきておるのに旅に必要な物もわからないのかの?」
「え、ええっと……」
やはり取り繕えない。
いったいどうしたものかと考えていると俺の様子をみかねてかタルじいは深い溜息をついてリィナと目を合わせた。
「タルじい……」とリィナの一言。
「わかりましたわい。それにリィナ様の選んだ奴じゃ。その目にくるいはないのじゃろうが……まあいいわい。ただしあんた!」
「はい!」
「リィナ様に手を出したらどうなるかわかっちょれよ?」
「き、肝に銘じておきます」
「うむ」
タルじいはそう言ってから店の中を駆けずり回り商品を次々とピックアップしてくれた。
「すみません。タルじいは心配性で……」
「いや……心配なのは当然だよ」
「え?」
本来、こんな状況でなければ俺のような人間が貴族の護衛なんてすることはない。
それにリィナはかなり美人だ。
なおのこと心配にもなるのはわかる。
それから一通りの品々を机の上に並べるタルじい。
「ほれ、確認しておくれ」
何をぼさっとしているんだと言わんばかりにタルじいから背中を押される。
「わ、わかった」
リュックにナイフ、ランプに防寒具や調理器具、簡易テントまで……。
数が多いけど大丈夫だろうか。
昨日の時点で俺の懐事情を察しているだろうからリィナが払うことになるんだけれども……
なんだか罪悪感も相俟って胸が痛む。
しかし、払ってもらわないことには何も買えない。
なんと情けないことか……。
その検品に一緒にリィナも見てくれて一言。
「とても良いです。さすがはタルじいですね?」
「ほっほっほっほ! リィナ様の頼みとあらばこのくらい朝飯前でございますぞ?」
「ありがとうございますね!」
そして二つ返事で用意してくれたものをお買い上げくださったリィナ様。
こういう恩に俺は弱い……
リィナからすれば俺なんて道端で出会った変態も同然だ。
それなのにも拘わらずここまでよくしてくれる理由がみあたらない。
でも、理由を探す以上に、この申し訳なさに俺はちゃんと応えなくてはならないのだろう。
「まいどありがとうございますわい。リィナ様の旅の無事を祈っておりますぞ!」
「はい! タルじいも元気でね!」
タルじいと別れ俺達は互いにリュックを揺らしながら歩いた。
「あのリィナさん……いやリィナ様?」
「え? あ、はい?」
「こんなに……いやまずは、ありがとう」
「いえ、私が無理言ってお願いしているのですから当然です」
「でもな……こんなたくさん買ってくれて良かったのか?」
「大丈夫ですよ。気にしないでください。もし気になられるのでしたら、この依頼にかかる経費だと思ってください」
「だとしたら必要最小限のものだけでいいと思うんだけど……」
そうだ。
なにも調理器具やらそのほかの備品丸々買う必要なんてない。
「んー。ソラさんは追いはぎにあっていたのですよね?」
「え? そ、そうだったぁ……です」
俺の反応に首を傾げるリィナ。
「ということは、いろいろと必要じゃありませんか? ここでお会いしたのもルクサーラ神様の光のお導きあってのことです。困った時は助け合うのが大切です」
「リィナ様……本当にいい人だ」
「えへへ。いきなりなんですか? さっきみたいに様はいいですよ?」
いい娘だ。
澄んだ青い瞳は心まで青く澄んでいるような……
本当に今まで自分の事しか考えられてなかったのが恥ずかしい。
この護衛の依頼……
リィナは絶対に守り抜かなくてはならないと俺の心に火が付いた。
「なので、お金については気にしないでください。とは言っても私もあまり持ち合わせてないので贅沢はできませんが……」
「え? なら猶更」
「いえ、大丈夫です! この話はもうおしまいです! 今度は馬と馬車を借りに行きますからね」
この依頼でまさかのリュックなんか買う必要性がなかったことに驚かされる。
なおの事、リィナのやさしさを感じる一件だった。




