第6話 依頼
「え?……頼み事?」
突然の申し出に俺は息を飲んだ。
「はい」
「……え? 俺に?」
「……はい」
何かあるとは思ってたけど……
何で俺なんだ?
俺が葉っぱ一枚で出会って早々に急所をド突いた美女がなぜ……
あぁ……気絶した時の記憶がよみがえる。
あれは繰り返してはならない事案だ。
まあ……それはおいといて今のアメリアからの俺への印象というは最悪のはず。
急に現れた葉っぱ一枚の変態剣士。
そんな奴にこうして頼みごとをすると言うことは相当切羽詰まっているのではないだろうかということも……
下手をすれば足元を見られるような状況だろう。
そんな事態に陥ってるってことは十中八九めんどくさいし関わり合いになりたくない案件に違いない。
俺は恐る恐るこの内容に一歩踏み出してみる事にした。
「どうして……俺なんかに?」
「それは……」
何故か言い淀んでしまうアメリア。
ますます怪しい。
「アメリア様は見るからにいいところの人でしょう? なら他に頼む伝手はあるんじゃないのか?」
「それができないから……あの日を生き残ったあなたにお願いしに来ているのもあります……」
「けどさ。俺は追いはがれて間抜けにも生き残っただけの人間だ。なにかできるわけじゃない。そうだよ……俺はただの間抜けなやつだ。死んでた方がよっぽどましだったんじゃないかな」
そういう体にしている。
勇者なんて言われた事とか召喚された事とか。
あの日におっきな牛を倒してよくわからない四大従魔とか名乗る化け物と対峙して生き残った事。
正直、全てが悪い夢だと思いたい。
あんな修羅場にいながら俺は、俺の手で刀を振るって殺して、叩いて潰して回って大虐殺をした。
楽しみながら……
向かってくる敵意ある奴らを全て叩き斬って叩き斬って叩き斬って叩き斬った。
もうやだよ。
あの化け物達が俺を見た時さ。
まるで化け物を見るような目をしていたんだ。
もうこれ以上自分を失いたくない。
この刀も捨てたい。
もう何も壊したくない。
でも、そんなことをしたら生きる術を失くしちゃうにちがいない。
何もわからない異世界でただ一人酒場で酒をあおる。
情けないと自分でも思うよ。
いざという時にどうしたらいいかわからなくなっちゃうんだから、この刀ですら捨てられない。
普通、異世界召喚物の勇者ってさ。
神様からチートな贈り物だかスキルだかを貰ってなんだかんだで無双するってのがセオリーなんじゃないのか?
何で俺は血にまみれて生き物を潰す感触に悩まされたり自分が自分でなくなる感覚に心を壊されかけなきゃならないんだよ。
はぁ……。
心の中でため息をつくとアメリアは言う。
「そんな事……言わないでください」
「……え?」
「あなたは間抜けなんかじゃありません……あの日、生きたくても生きることのできなかった人はたくさんいます」
俺は何も言えなかった。
「ここにいる方も皆、明日生きるために頑張っている方です。どんなに悲しくても前に進むしかないんです。だから……『死んでた方がよっぽどましだった』なんて命を粗末にするようなことを言うのはやめてください」
なんなんだろうな。
アメリアの真剣な表情はしっかりと俺を捉えていた。
その言葉を聞いて思った。
年端も行かなそうな少女に諭されて、いい歳した奴が自分かわいさにずっといじけてる。
そう思えてしょうがなかった。
意気地もない、甲斐性もない、度胸もない。
とんでもない三拍子で踊り狂えそうだよ。
あるのはただ目の前に呆然とした恐怖に甘えてる自分。
俺はまた酒をあおった。
「……すまないな」
俺がそう言うとアメリアは俯く。
「いえ……私も出過ぎたことを言いました。すみません」
再びの沈黙。
ここまで言われた。
そして、謝らせてしまった。
ひとまず、せっかくここまで足を運んでもらっているのだから要件をきいても罰は当たらないだろう。
「まぁ……そのさ。俺に頼みって、もう正気の沙汰には思えないけどどうしたんだ?」
「正気の沙汰……ですか。聞いてくれますか?」
「まだ……聞くだけだ」
「ありがとうございます。先ずはそうですね……私には妹がいるんです」
「妹?」
「はい。5歳離れてるんですけどね?」
アメリアは見た目からしてだいたい10代くらいだと思う。
5歳下って言うと中学生か下手したら小学生くらいの年齢じゃないか?
「ヒナって名前です」
どこか日本人に近い親近感のある名前に感じる。
「ヒナさん……ね」
「昔はよく一緒にやんちゃして両親に叱られるなんて結構ありました。貴族の娘として、はしたないなんてよく言われました」
貴族か。
平安時代でも中世のヨーロッパなんかでもよく聞く貴族という身分。
ここでは確かに様なんてつけられるくらいには偉いのはわかるけど実際のところどういう身分なのかはわからない。
「その……ヒナは石化病にかかっているんです」
「……石化病?」
「石化病を知らないのですか?」
「え? あ、ああ……聞き馴染みはないな」
「そうですか……石化病は体が徐々に石になって最期には石像のようになってしまう病気です」
なんだ? その呪いみたいな病気は……
「それは……悲しいな」
「はい……それで先日、ヒナの容態が急変したと知らせがあって……故郷のアメリア領に帰りたいんです」
「そうか。加えて先日のあのメールヴァレイ侵攻の一件か」
「はい。頼めそうな……私の信頼する方は全員、死んでしまいました」
アメリアの肩が震えるのが目の端でわかる。
「つらいな……」
「……はい」
悲しそうに俯く彼女にかける言葉もない。
まさか身近で、こういうことが起きるなんて思わないだろうし、その感覚は理解の範疇を超えている。
俺はただ前を向いている事しかできなかった。
「そこで、腕もたちそうなあなたにお願いをしに来たのです」
腕もたちそう?
あのでっかい骸骨はやっぱり強いやつだったりしたのかな?
けど、そんな疑問を押しのけて迷った。
正直に言うと今は自分のことで手一杯だ。
仮にこの頼みを聞いたとしよう。
俺は……この娘を守り切れるのか?
護衛なんてできるのか?
それにあの日に戦えはしたけれど……これから戦える保証なんて微塵もない。
帰るってことはここから距離があってその道中にでたりするだろう魔物やらなにやらから守って下さいって依頼だろ?
でも……
こんな事を聞かされて俺は放っておけるのか……
俺にまだ人の心はあるのか?
もし、どこかで野垂れ死ぬのなら……
「マスター。氷入れて一杯!!」
「おいおい、大丈夫かよあんちゃん」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
俺もずっと飲んだくれているわけにはいかないだろう。
「アメリア様」
「はい」
「報酬は……あるのか?」
するとアメリアは言いずらそうに答える。
「今は少ないですが……帰ればお父様にお願いをしたらなんとか」
「わかった。護衛の依頼だよね? 受けるよ」
「本当……ですか?!」
「ああ、ただ……その故郷に良いお酒って置いてあるか?」
「良い……お酒ですか?」
「ああ」
「ええっと……特産品のヴァティス酒ならあります」
特産品とはこれまた……良い報酬になりそうだ。
こんな安い格安の酒をバーっと飲んで鬱って潰れてるだけが人生じゃないだろう。
前の世界にあったような酒を探して回るのもいいかもしれない。
「へぇ、無事送り届けたら飲ませてくれる?」
「はい!! もちろんです!」
「決まりだな。報酬はそれだ」
「え?!」
「俺は酒好きでさ。美味しいのがあるなら飲まないわけにはいかないな」
「本当に……それで、いいのですか?」
「ああ、かまわない」
「……ありがとうございます」
どこかホッとしたのか肩を下ろすようにお礼を言うアメリア。
けど俺はボソッとつぶやいた。
「礼を言うのは俺の方だよ」
「え?」
「美味しい奴期待しているよ?」
「はい! 任せてください。とびっきり美味しいというものが、お屋敷にあります。約束は必ず果たします!」
こうして俺の旅がここに始まりを告げた。
これから、どのような試練が待っているのか。
この依頼の末に何が待ち受けているのか今は知る由もない。
ただ今は異世界に召喚されて悲嘆に暮れていた日々に終止符を打って前へと歩みを進める。
そんな葉っぱ一枚で召喚された勇者と聖女の異世界召喚冒険譚が幕を開けた。
その後、お会計の時に俺はお金が足りないことに気づきアメリア様に泣きつくことになった。
本当に格好がつかない。
そんな俺にアメリア様は曇り一つない笑顔でお支払いをしてくださった。
アメリアが聖女と呼ばれてる理由はわからない。
この国の聖女が一体何なのかはわからない。
けれど心まで聖女な彼女に俺は誠実さを欠いてはならないと心に強く誓った夜だった。




