第10話 グリフォン
足に力を入れて体勢を立て直す。
リィナの逃げた方向とは反対側へ俺は地面を蹴った。
追い付かんとするグリフォンは鼻息を荒げながら近づいてくる。
後ろ足で地面を蹴り俺にとびかかる。
来た。
予想通り前足の二連撃を含めた突進の一手。
目の前を通り過ぎる鋭い爪を見送り俺は脇へと飛び込み難を逃れた。
ここで隙ができたと思いきや身を翻す速度が異常だった。
その勢いを押し殺すことなく俺へとまた飛びかかる。
どっちの息が切れるか勝負といったところだろうか。
絶え間なく続く前足の猛攻。
しかし、それは長く続かない。
単調であった前足の攻撃に加えくちばしでもつつこうとしてきたのだ。
何度も迫りくる連撃。
避けきれないものについては刀でいなす。
もちろん受けきってしまえば力負けしてしまう。
だからのしかかる力を逸らす。
瞬間、今までの行動は無意味と判断するやいなや後ろへと羽ばたいて着地した。
とんでもない風圧が俺を地面に押し付ける。
それからなんと小賢しいことに右に行ったり左によろけてから軌道を悟らせないように前足を振り上げてきたのだ。
こんな『ちゃんと考えてますよ』みたいな行動をするのかよ。
そして奴は左前足を振り下ろすと見せかけ横から右前足を俺に向けてくるのだった。
即座にかがむ。
しかし、直後にとんでもない動きに出る。
その俺が見送った前足を起点に後ろ足でも蹴り込んできたのだ。
避けられない。
俺は刀でそれを受ける。
まずかった。
一瞬、記憶がなくなるほどの衝撃が走る。
後方へと飛ばされ何度か地面に弾かれ俺は転がり込んでしまった。
腕がしびれてる。
無くなったわけじゃないよな? と確かめながら刀を握りなおす。
大丈夫。
まだだ。
まだやれる。
せめて、せめて……リィナが逃げる時間だけでも作らなくちゃいけない。
とても時間が過ぎ去ったような感覚に陥ってるだけだ。
まだ時間は全然経ってないはずだ。
訳もわからず異世界に来て、いきなり勇者だとか言われて散々、ひどい光景を見せられて命も狙われて……。
本当にひどい目にあってると思うよ。
でも……俺以上にもっとひどい目にあってる人たちがいる。
あの日から瓦礫やら資材の運搬の手伝いをしながら日銭を稼いで、ずっと酒場でくだを巻いている俺とは違う。
みんな今日を生きて明日を生きるんだって希望に満ちながら仕事をしていることに今更気づかされた。
リィナだってそうだ。
教会の中を通りかかった時にチラッと見かけたことがある。
みんな一生懸命に怪我人の治療や手伝いをしていたりしていた。
せめて……こんな情けない人間でも。
意地ってものがある。
『思い出して』
あの声だ。
一瞬……刀が震えた。
グリフォンの追撃。
寸でのところで迫りくる前足を横目に流す。
そして俺はグリフォンの脇めがけ刀を振り上げた。
熱い何かが飛び散ったと同時に悲鳴をあげるグリフォン。
体勢を整えるべく俺は下がった。
腕が熱い。
返り血が熱く右手が火に包まれているようだった。
『積み重ねてきた軌跡を繋いで……』
刀の声がまた聞こえた。
瞬間、目前に過ぎ去っただろう過去の光景が広がった。
あの日も……こんな晴天だった。
遠い記憶だ。
「母さん死んじゃいやだ。俺が……俺が絶対になんとかできるようになるから! それまで生きて!!」
世の中にはろくでもない親がいる。
そんな親の元で育った人に親孝行は大事なんて言えたものではないのかもしれない。
けれど……俺の母はとても優しかった。
一緒に買い物に出かけた帰り道。
夕焼けを見ながら手をつなぎアイスを買ってくれたりした思い出。
自分のことでいっぱいいっぱいだろうに一生懸命育ててくれた。
それにこたえようと努力した。
だが、母は病に倒れてしまった。
自身の無能さと無力感を呪った。
大切な家族すら守れない。
なにもできない。
守るという選択肢すらもてない。
努力しようとも抗えない死に立ち向かう母に向ける言葉はなかった。
しかし否が応でも時は過ぎていく。
その日が来た時に俺は泣き崩れていただけだった。
最期が迫る中できっと自分が何を言っていることもわからない状態だったはずの母。
俺も支離滅裂な会話と思い出話をする母を見てもう駄目なのかと覚悟を決めた時。
最期に交わした言葉は「ありがとう」だった。
────走馬灯……と言うには夢のような現実味を帯びていた。
ずいぶんと昔ではあるものの実際に……俺の記憶に焼き付いている出来事だ。
これも刀の影響なのか。
わからない……
だから俺は……リィナの妹に対する思い……家族に対する助けたいって思いを考えてしまうのだろうか。
グリフォンは再び迫る。
またも巧みに翼を羽ばたかせ俺に風圧を与えて動きを封じようとする。
しかし、こんどは先ほどと違い風圧のコントロールがすごい。
そんな摩訶不思議な力技をしつつ飛び込んでくるグリフォン。
辛うじて縦、横からの前足の二連撃を避ける。
くるりと回転し後ろ足が通り過ぎる。
本当に巨体に似合わず身軽ですばしっこい。
次の瞬間だった。
次に迫りくる前足の攻撃が外れるのと同時羽ばたき、後ろ足の蹴り上げが追撃として迫った。
避けることはできた。
できたが……よろけてしまった。
それを奴が待っていたといわんばかりに一回転した後、俺と目が合った途端にくちばしを突き出してきた。
しまった。
刀で受けても力で押し切られる俺に……突き刺さる。
この左右から固定されるような風圧が残る中じゃ思うように動けない。
「ここまでか……」
本当にろくな異世界じゃなかったな。
ろくでもないのは俺なんだろうけどさ。
瞬間、「ルミニ・マルス!!」と詠唱のような物が聞こえた。
くちばしの先に小規模の光の壁が展開されグリフォンが弾かれる。
勢いあまり仰け反るグリフォン。
そこに響く声。
「今です!!」
その時だった。
俺の頭の中に不思議と浮かび上がる物があった。
それをやりたいがままに、したいがままに体を流れに預ける。
そしてつぶやいた。
「紫電華撃」
それは天へと跳躍でもって始まる。
滝つぼへと流れる水がごとく飛び込み乱雑に振るわれし刀は正に華。
円に乗せ弧を描き軌道にある一切の敵を一掃する剣技。
しかし、真の技として完遂するには未熟だったようで俺はまっすぐに一本の線で流れて行った。
気が付くと目の前にグリフォンはいなかった。
どうやら通り過ぎてしまっていたようだった。
そして振り向くと同時にグリフォンの頭と羽がぼとりと落ちるのが見えた。




