第9話 出発の時
夜明け頃に起きるのはいつぶりだろうか。
綺麗だった星々はもう見えない。
澄んだ空気を吸い込み一呼吸置いて身支度を整えてから教会の正門前へと行く。
そこには白と赤を基調とした修道服姿のアメリアがすでにいた。
左手には銀色の錫杖。
大きな斜めがけのかばんを持っている。
顔を合わせると笑顔を見せてくれたが少し疲れているかのような印象を受ける。
「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」
「変わりはないな。アメリア様はどうだ?」
「はい……私はあまり眠れはせんでした。ですが今日からよろしくおねがいします!」
「ああ、よろしくな」
それからは街中を歩いた。
早朝だというのに人通りは多い。
静かな住宅街から段々と賑わいのある露店や出店が立ち並ぶところへとくる。
ところどころまだクローズドの看板。
脳内で翻訳がされているのかどうかはわからないが実際には“クローズド”と書いてあるわけではない。
訳されてはいるのもののニュアンスが少し違ったりしている。
なんとなく理解できてるだけのような感覚に近い。
「ここは王都の旧商業区画なんです。本当はこういう事は商業区画でお買い物をするのですがボロボロになってしまっていて……なので今は旧商業区画で大半の商いが行われてますね」
普段見慣れない光景。
店主だか従業員だかわからない人達が大きな箱を一生懸命に運んでいる。
そして店員らしき人が商品を並べて行く光景。
仕入れてきたのか荷台いっぱいの木箱や樽。
それからアメリアと二人で並びながらアーグレン国のことを教えてくれた。
王都は中央のアーグレンを中心に6つの区域に分かれているのだそうだ。
北のローゲン、北東のカエリル、東のドルダン、南のレラデラン、西のオルドベラリス、北西のノグラン。
その中でも南は物資の流通、交易の要となっているのだそうだ。
理由は北東は山のふもととなっており流通の便が悪いのだとか。
商業区画自体はそれぞれの区域にもあるのだけれど中でも、ここレラデランでは多くの露店と出店が立ち並んでいるんだそうだ。
道行く人達と挨拶を交わしているアメリア。
アメリアを知っていそうな人もいれば無関心な人もいる。
これだけ人がいれば知ってる人とか知らない人がいてもおかしくはないとは思うものの貴族への対応ってこんなものなのだろうか。
そして目的地へと到着した。
「よかった……ここは知っているお店なんです」
アメリアは、ほっとした表情で肩を落とす。
訪れたのは少しボロい店構えの場所だった。
看板になんて書いてあるのかわからないはずなのになぜか読めてしまう異世界召喚特典効果。
「ジルバード商店……でも今は店をやってるのか?」
「やってますよ! ここは良いお値段で良いものがそろっているんですよ?」
「クローズって────」
「さあ入りますよ!」
言い切る前に手を引かれお店の中へと入ってしまった。
ドアに取り付けられたスズがチリンチリンと鳴る。
奥よりのっそりのっそりと背の低い太っており蓄えられた髭としわが威厳を保たせる風貌の老齢っぽい男が歩いてきた。
「なんだいなんだい。こちとら復興の品の手配で忙しいってのに、まだお店は開いて────」
そう言い切ろうとするもこちらを一目見て一瞬で柔らかい物腰の優しそうなおじいさんに変わった。
「────ます。これはこれはいらっしゃいませリィナ様。本日はどのようなご用件で?」
「時間外に押しかけてしまい申し訳ございません。タルじいちゃんもお元気そうで何よりです!」
「いえいえ、とんでもございません。アメリア家には代々お世話になっております。少しでもお役に立てるのなら幸いです。あれごときでくたばる玉ではありませんぞ?」
「ありがとうございます! 早速なのですがこの人の旅支度を整えたくてきました」
「ほほう……見慣れないな。あんたここらの人かい?」
「いや、遠い東の国から来た」
「東か……そういえば前にも東の国から来たとかいう訳の分からないのがいたな。そのコートを見るに……あんたリィナ様の騎士かい?」
髭をさすりながら俺をじっくり見るタルじいの間にリィナが割って入る。
「違うの。この人追いはぎにあったみたいで何も来てなくて武器しか持ってなかったの。その中で私を魔物から助けてくれたお礼にあげたのです」
「左様でございましたか。真っ裸で魔物を?! ですがのう……一応言うておくがリィナ様に手を出したらあんた。この国で生きていけると思うなよ?」
その男のぎろりとにらむ眼光はその身長差を超えるほどの威圧を放つ。
「は……はい」
「タルじいちゃん大丈夫ですよ!」
「ですが得体のしれないやつを信用することはできませぬぞ?」
「わかってます。ですが……時間がないの」
「そうですか。お嬢様が一度大丈夫と決めたんだ。その目を信じるとしましょう。このタルじい腕によりをかけて旅支度を手伝いましょう!」
「今は忙しいのにごめんなさいね」
「はっはっは。そんなこと、お嬢様がお気になさることではございませんぞ?」
「は、はい!」
「じゃあちょいと試させてもらうかの」
それから突然、タルじいは胸に下げた懐中時計のような見た目の物を握り問うのだった。
「あんた名前は?」
「カタナシ ソラだ」
「ふん。変わった名前だな。次、あんたの目的は?」
「え、目的?……特にないがとりあえずアメリア様を無事に送る事か?」
「ふーん……あんた嘘をついているな? おまえさんリィナ様に近づいて何を企んでおる?!」
「たるじい?!」
「え?! なんでそんなことがわかるんだ」
「リィナ様やはりこやつ信用に値せんぞ? 返事によってはおまえさん……このジルバード元聖騎士の剣で葬り去ってやるぞい」
元聖騎士ってなんだかやばそうなやつだな。
だが、嘘は言っていないはずだ。
故郷にアメリアを送り届けてお酒を……あ。
「もしかしたら……アメリア様を送って報酬のお酒を飲むことです」
「……」
「……」
「……ふむ、正確すぎるのもまたこの品のわるいところかの。お主正直者じゃな」
「く……ありがとうございます」
「あはは……」
苦笑いするアメリア。
「まあよい。なんかお主単純そうじゃし信じることにするかの。わしはタルデン・ジルバード。ただの雑貨屋のじじいだ。それじゃおまえさんも手伝え、旅の品を片っ端からかき集めるぞ!」
自己紹介を一通り終えて先ほどまでずんぐりむっくりと歩いていた男とは思えない機敏さで商品のごった返す店の中から素早くいろんな品をかき集めてくるのだった。
俺の手伝う余地はとりあえずなかった。
「さてさて、リュックにランタン。調理器具に……あとはナイフの類は持っておるか?」
「この刀なら」
「刀? 聞いたことないの。なんだその剣。すーぐに折れちまいそうだな。そうじゃな……これを持っていけ」
手渡されたのは変わった形をしたナイフだった。
柄の部分はやや丸みのある突起があり刃は鋭く、みねはギザギザしてのこぎりのようになっている。
鞘の一部分はすこしざらざらしている箇所があった。
「これは?」
「ロンドナイフというもんだ。だいたいの冒険者が持っているぞ? 魔力がない時でも火を起こせるし叩くもよし、切断にもよしの多用途に使えるもんじゃ。魔物の解体なんかもそれでやるんだが……おまえさんは冒険者じゃないのか?」
「え? あ、まあ……」
「リィナ様。こやつ本当に大丈夫かの?」
「あはは……腕は確かなのは間違いないと思うんです」
「そうですか。こちとらこんな手合い初めてじゃからますますあやしくなってきたわい」
「あははは……」
苦笑いから乾いた笑いをするアメリア。
それからかき集めた旅支度の商品一式がそろう。
リュック、ランタン、小瓶に詰められた燃料、寝袋、調理器具、ロンドナイフ、ロープ。
「そういえばテントとかはいいのか? 数日はかかるんだろ?」
「テントは大丈夫です! 馬車で行くつもりですから」
「なんと! 馬車旅?」
「はい。そうですがどうしましたかソラさん?」
異世界の旅と言えば馬車だ。
馬車に揺られ青空の下を旅する。
各地を巡り、野を超え山を越え谷を越えいろんな冒険をする。
まさに冒険の代名詞と醍醐味が詰まったそれが馬車だと俺は思う。
とてもテンションのあがる何かを感じた。
前やったゲームではゆっくりと牛車で移動してたな。
「いやぁ、馬車なんて乗ることはなかったし時折走ってるところは見るけど……ど、どうしまし……た?」
「馬車乗ったことないんですか?」
「はい……」
「おぬし……いままでどう生きてきたんだ?」
「馬車に乗ったことないって長距離での移動はどうしてたんですか?」
地雷を踏んだかもしれない。
「歩き……かな?」
この世界では馬車は電車やバスのような存在だったりするのだろうか。
無理矢理何得するようにアメリア。
「そう……ですか」
「ま、まあ早く支度を済ませていこう! 急いでるんだろう?」
「そうですね。私も覚悟は決めてます」
「大丈夫かのう……」
それから旅支度を済ませ装備一式をそろえるのだった。
タルじいは俺が一文無しと見るやリィナ様からお金は受け取れんとお代はなんとただにしてくれたのだった。
アメリアがなんとか説得をするも王都に戻ったら払いに来これたら来てという結果に落ち着くのだった。
アメリアとこの爺さんはどういう関係なのだろうか。
それから南西の大門近くにある貸し馬車小屋へと向かうのだった。




