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第8話 反旗の種火

 トルンドの焼肉はとてもおいしかった。


 ここから北方にあるウィシュター高原というところに生息している動物らしい。


 そこで自生している実や草を主食としており肉質も柔らかくハーブのような香りのする油が特徴なのだとか。


 それと元の世界ではパンと呼んでいたものとそっくりの食べ物がある。


 それをクロカというのだがそう呼ぶのにいまだに慣れない。


 加えて製法により名前が変わるらしい。


 酒屑の脳では処理が追い付かない。


 お昼時を終え静かになった店内。


 皿と皿が重なり合う音。


 水で洗い流しているような音はただひたすらに聞こえてくる。


 俯いていたリィナは意を決した表情でメリラに問う。


「メリラおばさん。今お屋敷で何が起きているのかわかりますか?」


「……」


 しかしメリラは答えなかった。


「なにかあったのですね……」


 するとメリラは先ほどまでの大声と変わって小声で話す。


「本当に立派になったねぇ」


「え?」


 リィナは聞き逃してしまったようだ。


 そこからは普通のトーンでメリラは続けた。


「どっちみち今日は帰れないならアルザの宿に泊まっていきな」


「そうですね。少し調べたいことも────」


「それは……長旅だったのだから今日は早く休んだ方がいいよ」


 遮るようにメリラ。


「……はい」


 うなずくリィナは何かを察したようにメリラの目をじっと見つめた。


 するとメリラはリィナの足元にお盆を落としてしまう。


 拾おうとするリィナを制してメリラ。


「そのままで大丈夫だよ。あらあらやだね。私としたことが歳かな?」


 かがんでリィナの耳元に近づき小声でささやいた。


「アルザの宿で話すわ」


 微かではあるが隣に座っていた俺にも聞こえた。


 そしてリィナ様にお代をお支払いいただくのだった。


 タニンノオカネデクウニクハサイコウダなどとはとても言えない雰囲気。


 それにリィナは仲間だ。


 その後、お店を出てリィナは迷いのない足取りでアルザの宿へと向かった。

 

 いかにも民宿というべきな趣深い木造建築で二階建ての大きな家だった。


 正面入り口の上の看板にはアルザの宿という文字。


 立て看板にはゆっくりしていってねと書いてある。


 なんだかほっこりする。


 宿屋へと入り主人のドードルドさんや奥さんのクロナさんからも先ほどのお店ほどではないにしろ熱く歓迎された。


 2部屋とり夕食はメリラから渡されたお弁当を食べる。


 細長いクロカ(パン)に野菜と酢漬けにした木の実のスライス。そして何かのお肉が挟み込まれておりとてもうまそうな見た目をしている。


 うまくないわけがない。


 しかし酒がないのがとても惜しい。


 食事中も何かを考えているのかずっと黙り込んでしまうリィナ。


「とりあえずいったん俺は部屋で荷物を整理してくる」


「はい……」


 こういう時にどう話しかければいいのかわからない。


 落ち込んでいるのか。悲しんでいるのか。


 何を考えているのかわからない。


 リィナの泊まる部屋を出て自身の部屋へと向かう。


 すこし歩いたところで突然すれ違いざまに男から声をかけられた。


「おい、そこのあんた」


「ん?」


 右と左を見る。


「おまえだよ! おまえ!!」


「あぁ、俺か」


「お前以外にいるか?! まあいい。いいこと教えてやるからちょっとこい」


 どんなやましいことを教えてくれるのか内心わくわくしながら一緒についていくことにする。


 何より腰に下げたお酒に目が逝ってしまっている。


 常軌を逸しているのはわかっているがやめられないとまらない。


 誰かの飲みかけであろうとそれは異世界のお酒という名の宝石の原石。


「おうけい」


 もしかしたらこれは「一緒に飲もうぜ?!」というサインかもしれない。


 さあさあ、どんな遊びに誘ってくれるか。


 はたまたカツアゲか。


 一通りを想像しながら宿を出て中庭へとついていく。


 そして人気のない路地裏へ通された。


 いよいよ嫌な予感しかしなくなってきた。


 気が付いたら目の前の男だけでなく複数人に取り囲まれていた。


 姿こそ見せないものの6人くらいだろうか。


「あんたあのお嬢さんと一緒にいた騎士だろ?」


「騎士じゃないぞ?」


「じゃあなんだ? その剣とコートは」


「おいはがれてしまったのでリィナからもらったんだ」


 すると男と周囲の人間は笑った。


 そして周囲からは金属同士のこすれる音が聞こえてくる。


 どうやら気が緩んでいるらしい。


「まじかよ。追いはがれて聖女様の騎士のコートをもらうってお前傑作だな。騎士だと思って少し警戒しちまったがおまえなら大丈夫そうだな」


「酒なら強いぞ?」


「まあ、そうだな。気に入ったぜ? なあお前、俺たちの仲間にならねえか?」


 まさかのパーティ勧誘。


「やぶさかではないな。仕事はなんだ?」


「仕事……仕事か。俺たちのすることはそんな日銭を稼ぐようなことじゃない」


「無給はごめんだぞ? サビ残は魂を削るんだ。お前たちも苦しんでるんだなぁ」


「さび……ざん? 何を言ってんだ? 大義ある仕事だ」


「やりがい搾取までされてるなんて……」


「なぁ……話を進めていいか?」


「涙出ちゃった。どうぞ」


「知っての通り、このアーグレン国は貴族と王が政治を執り行う。加えて人間主義だ。俺ら平民やそのほかの種族は虐げられ上納する作物、税金を搾取され挙句奴隷にされるやつまでいる。人であるのに人としてすら扱われねぇ。そして飼われていたぶられる。腐った社会構造だ」


「ケモミミの子らを虐げるなど万死に値するな」


「ケモ?……だろう? 俺たちはそんな社会構造をひっくり返す」


 一瞬ハテナ面するのはやめていただきたい。


 こちとら大真面目である。


「まるでクーデターだな」


「ああ、反旗を翻すんだ。そして俺たちは貴族や王だけの政治を廃止して人やその他の民族が平等に生きていける国家を目指すんだ」


「民主主義とは御大層な」


「みんしゅしゅしゅ?……」


「あぁ……いやこっちの話だ。しかし権力を背に抵抗できない人たちを一方的に虐げるのはなんとかしないとな」


「わかってくれるか?」


「ああ、わかった。だが反旗を翻すなら力が必要だ。お前たちは強いのか?」


「さすがに騎士にはかなわねえ。だが俺達にはナヴァルタスの亡霊が付いている」


 まった。


 幽霊が出てくるのは聞いてない。


「ナヴァルタスの亡霊……? それはなんだ? もしや幽霊?」


「あんた知らないのか? 西方の魔の帝国。メールヴァレイとの最前線の地。ナヴァルタスで大要塞が落とされ敗走する数万の兵士を濁流のごとく押し寄せる敵兵を川の橋の上で一人。単騎で足止めし多数の敵の死体を築き上げ味方を救ったってお方だ」


「なんだ幽霊じゃないのか。まじかよ。すんごい逸話だな」


「しらないのかよお前。こりゃ今だいぶ語られてる英雄譚だぞ?」


「あはは……旅人なもんで」


「そうか。そのナヴァルタスの亡霊とその5人の私兵部隊がとてつもなく強いんだ。きっとアーグレンのサーヴェリス聖騎士長と残り5人の聖騎士長を超えてその刃は王にすら届くだろう」


「なるほどな。もしかしたら勝てるかもしれないな」


「だろ? 入ってくれるか?!」


「まあ入ったとして、俺はまず何をするんだ?」


「まずは貴族アメリア家の娘。リィナ・ルナレ・アメリアを拉致する。仲間だと思い込んでいるお前なら簡単だろう?」


 話にはのってみたものの。


 飲み会の帰りに終電を逃したような切ない気持になった。


「リィナ・ルナレ・アメリアを拉致……か」


「ただの聖女が一人。抵抗されたとしても奴ら弱っちい攻撃や防御の奇跡しか使えねえ。簡単だ」


「確かに簡単だな。だが……俺はまだリィナとの契約があってな。そういうことで他をあたってくれ」


 静寂があたりを包む。


 すると後ろより近づく音と声が聞こえた。


「やはりな。こいつ話し方が気持ち悪いんだよ! やっちまいな!!」


 ひどい一言。


 後ろより振り下ろされる剣。


 しかし音丸出しで不意を付くには下手すぎる。


 剣が空を斬る音を頼りに避けつまづかせる。


 それがいけなかった。


 話していた男の腰に下がっている酒瓶の縄に後ろから襲いかかって来た男の剣が当たってしまい切れてしまう。


 落ちる。


 俊足の歩法とでもいうべき速さで体が動いてしまう。


 しかし重力に任せた速さで動いた体はそのまま謎の穴へと真っ逆さまに酒瓶を抱いて落ちてしまうのだった。


 真っ逆さまに落ちたらほどなく地面にぶつかると思いきや底がない。


 落ちる時の空気が擦れる轟音。


 受ける風はまっすぐで勢いよく落下しているのを感じる。


 辞世の句。


「いたわしや さけにかたむく じんせいか」


 最期に手にしたのが人の酒なんてやだ。


 内心未知の酒に心が躍ってる自分がいるのがとても情けない。


 けれど贅沢を言うならスコッチを抱いて死にたかった。


 アー〇ベッグが飲みたい。


 くだらないことを考えながら盛大に地面へと激突するのであった。

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